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希少野生動物種の保存事業
(イヌワシ保護対策)
調査報告書

2001

福井県自然保護センター


刊行にあたって

1998年に環境庁が発表した絶滅のおそれのある国内の野生生物のリスト(レッドリスト)によれば、日本国内で記録されている鳥類の内、約13%にあたる90種が絶滅危惧T類とU類にリストアップされました。この内、福井県で記録されている種は、ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いとされる絶滅危惧TA類として、かつて県の鳥であったコウノトリや、重油汚染で多くの命が失われたウミスズメがリストアップされました。TA類ほどではないものの、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いとされる絶滅危惧TB類としては、イヌワシ、クマタカ、オジロワシなどの大型猛禽類が挙げられています。福井の空からコウノトリが姿を消し、県の鳥がツグミに変更されてから33年、現在、福井県で繁殖が確認されている絶滅危惧T類の種は、イヌワシとクマタカだけです。さらにイヌワシは、平成2年度から6年度にかけて実施された希少猛禽類(イヌワシ)保護管理調査事業において、県内における生息数が12羽から20羽と推定されたことから、県内で繁殖している鳥類の中で、最も絶滅の危機に瀕していることが明らかになりました。

福井県自然保護センターでは、イヌワシを絶滅から守るために、開館当初から継続して調査を実施しています。翼を広げた時の大きさが2 m近い大形猛禽類のイヌワシ、肩から後頸部を金色に輝かせながら悠然と飛翔するこの素晴らしい光景を、是非後世に残したいものです。願わくば、本報告書が、イヌワシを頂点とする山地帯の生態系の保全と、様々な人間活動との共存について考える際の基礎資料として寄与することを願ってやみません。

最後になりましたが、本調査を実施するにあたり、厳冬期の山々で雪を掻き分け、炎天下の定点で真っ黒に日焼けしながら、ひたすらイヌワシを追跡し観察してくださった調査員の方々に厚く御礼を申し上げます。


平成13年3月

福井県自然保護センター所長 松原喜憲


 

気流をつかみ上昇を始めた雄の成鳥

雌親に寄り添う巣内雛


巣立ち間近な巣内雛(撮影:小沢俊樹)

かつて「紋タカ」と呼ばれたイヌワシの幼鳥


目次


Tはじめに


1.事業の背景

ニホンイヌワシ Aquila chrysaetos japonica (以下イヌワシ)は,1965年に文化庁の「文化財保護法」により国の「天然記念物」に,1993年には環境庁の「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)」により,「国内希少野生動植物種」に指定された.また,1998年に見直されたレッドリスト(日本の絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)では,絶滅危惧IB類(絶滅の危機に瀕している種)として選定された.現在,日本国内に生息する個体数は300〜500羽と推定され,同時に繁殖率の急激な低下や生息地の消失例も報告されている(日本イヌワシ研究会・財団法人 日本自然保護協会1994,環境庁自然保護局野生生物課 1996).そのため,離島を除いた国内に生息する陸鳥の中では最も絶滅のおそれが高まっている種の代表といえる.

福井県内の分布,個体数,営巣地の特定と繁殖状況,行動圏等の状況は,日本イヌワシ研究会会員による1977年からの調査と,平成2〜6年度に実施された第I期調査の「希少猛禽類(イヌワシ)の保護・管理に関する調査事業」において,明らかになった.その結果,イヌワシの生息数は12〜20羽,繁殖成功率は26.1%などの実態が判明し,県内で最も絶滅のおそれのある鳥類であることが示された(福井県自然保護センター1995,松村・久保上1996).

この時,調査主体となった「福井県希少猛禽類調査委員会」は,福井県のイヌワシの保護・管理の指針として「福井県イヌワシ保護管理策定アクションプラン」(図I−1)を福井県に提言した.

福井県は,これを受けて,平成8〜11年度にかけて,第U期調査である「希少野生生物種の保存事業(イヌワシ保護対策)」を実施した.事業概要は,第I期調査で特定した営巣地における繁殖状況のモニタリング調査を実施することにより,繁殖状況の実態を把握することであった.これにより,福井県内の繁殖成功率の推移を明らかにするとともに,繁殖失敗の原因の特定や繁殖成功に必要な餌量の推定を試みた.さらに,繁殖成績の悪い生息地において,“繁殖失敗の主要因が餌不足にある"という仮定を検証するため,試験的に人工給餌を実施し,繁殖成績の向上を試みた.

2.事業の概要

本事業は,資料I−1の実施要綱に基づき実施した.

 
   資料T−1  希少野生生物種の保存事業(イヌワシ保護対策)実施要綱

 1.事業の目的
   本事業は、福井県内に生息するイヌワシについて生息及び繁殖の状況を把握し、
  その保護対策を検討し確立するものとする。
 
 2.事業実施者
   本事業は、福井県(以下、「県」という。)が設置する希少野生生物種の保存事
  業調査検討会(以下、「検討会」という。)で協議検討の上、県が設置する福井県
  希少猛禽類調査委員会(以下、「調査委員会」という。)が事業を実施する。
 
 3.調査検討会
   検討会は、別表のとおり、イヌワシ研究者、日本野鳥の会福井県支部の会員、行政
   関係者で構成し、検討会は福井県自然保護センター所長が招集する。
  
 4.調査委員会
    調査委員会は、別表のとおり、イヌワシ研究者、日本野鳥の会福井県支部の会員、
   自然保護センター動物系担当職員で構成し、調査員は福井県自然保護センター所長
   が依頼する。なお、委員会には、代表委員2名、企画委員1名を置くものとする。
   代表委員は、本調査の直接担当者として、企画委員と協議して調査を実施する。
   企画委員は、代表委員と協議して本事業が円滑に実施できるよう企画及び調整を行
   なうものとする。
  
 5.事業対象地域
   平成2〜6年度にかけて実施した希少猛禽類の保護管理に関する調査事業において、
   イヌワシの生息が確認された地域を対象とする。
  
 6.事業期間
   平成8年4月1日から平成13年3月31日までとする。
  
 7.実施内容
   イヌワシの繁殖状況のモニタリング、人工給餌を実施する。実施にあたっての要領
   は、別に定める。
  
 8.事業結果の提出
   本年度事業終了後、調査委員会は事業結果をまとめ、速やかに県に提出し、県は検
   討会において、その結果について協議するものとする。
  
 9.事業結果の公表
   本事業の結果は、県に帰属するものとし、公表については、自然保護センターが行
   なうものとする。
   ただし、県の公表後、調査員が学会誌等に発表する時は、自然保護センターと協議
   するものとする。
  
 10.その他
   調査員は、本事業の特殊性に照らし、密猟者や写真マニア等、本種の生息及び繁殖
   を阻害するあらゆる状況について配慮するものとする。また、本事業で確認された
   情報の取り扱いについては、慎重を期するため、調査委員会内に納めるものとする 。

3.調査検討会

本事業は,調査検討会において,調査の結果を検討するとともに,その後の調査計画についても検討を行った.また,報告書の内容についても検討した.調査検討会の構成は,資料I−2の通りである.


資料I-2調査検討会

検討委員氏名所属または職名

研究者および自然保護関係者
山田律雄日本イヌワシ研究会
柳町邦光日本野鳥の会福井県支部副支部長
久保上宗次郎日本イヌワシ研究会
真崎健日本イヌワシ研究会
須藤一成株式会杜イーグレット・オフィス代表取締役(動物写真家)
須藤明子岐阜大学農学部獣医学科家畜臨床繁殖学講座共同研究員(獣医学博士)
池田善英(故人)希少猛禽類研究センター所長(平成8年度〜10年度)

行政関係者(自然保護課)
神田修二参事(平成10年度),課長(平成11年度〜12年度)
岡島一雄課長(平成8年度〜9年度)
中村芳一自然環境保全グループリーダー(平成11年度〜12年度)
坂下力男自然環境保全グループリーダー(平成10年度)
佐々木照男課長補佐(平成8年度),自然環境保全グループリーダー(平成9年度)

事務局(自然保護センター)
松原喜憲所長(平成12年度)
木村三恵子所長(平成11年度)
矢尾正三郎所長(平成9〜10年度)
広瀬紀佐雄所長(平成8年度)
岡田正雄普及調査課長(平成11年度〜12年度)
間宮甫普及調査課長(平成9〜10年度)
山内秀一普及調査課長(平成8年度)

4.福井県希少猛禽類調査委員会

本調査は,福井県希少猛禽類調査委員会が実施した.調査の具体的な実施計画は,企画委員が代表委員と協議した上で立案し,調査員がこれを実施した.調査委員会の構成は,資料I−3の通りである.

資料I−3.福井県希少猛禽類調査委員会

調査員氏名住所備考

久保上宗次郎***************代表委員
小沢俊樹***************代表委員(平成11年度〜12年度)
池田善英(故人)***************代表委員(平成8年度〜10年度)
松村俊幸***************企画委員

朝比奈裕子***************
池田真弓***************
井上陽一***************
今森達也***************
大畑孝二***************
小川悟***************
加藤友美***************
苅田章***************
小嶋明男***************
篠田耕児***************
鈴川文夫***************
鈴木降史***************
須藤明子***************
須藤一成***************
遠間康裕***************
中村真一郎***************
平城幸子***************
堀本尚宏***************
真崎健***************
真崎直子***************
三原学***************
三原ゆかり***************
門前孝也***************
夜久保徳***************
柳川(谷口)明里***************
柳町邦光***************
横山大八***************

5.報告書の作成

本報告書は,企画委員の福井県自然保護センターの松村俊幸が原案を執筆し,この原案に検討委員の意見を加筆および修正し,完成させた.引用文献の提供については,検討委員の山田律雄氏と須藤明子氏,代表委員の小沢俊樹氏が協力した.

6.謝辞

本報告を執筆するにあたり,英語文献の翻訳にはJoe Roberts氏にたいへんお世話になった.地元で長年にわたりイヌワシを見守り続けて下さっている久保藤士継氏には,情報を提供していただいた.この場を借りてお礼を申し上げる.
なお,平成2年度の調査開始当初から,福井県希少猛禽類調査委員会の代表委員および調査検討委員として,本事業推進の中心として積極的にご活躍いただいた希少猛禽類研究センター所長の池田善英氏が,平成11年3月急逝された.亡くなられる3日前,ご多忙にも関わらず日程を調整し,調査検討会にご出席いただき,適切なご意見を頂戴した矢先のことであった.享年40歳の若さで逝かれたことは,今後のご活躍が大いに期待されていただけに本当に悔やまれる.謹んでご冥福をお祈り申し上げる.

U調査概要

1.調査目的

ニホンイヌワシ Aquila chrysaetos japonica (以下イヌワシ)の繁殖成功率は,1980年代には40%であったものが,1990年代に入ると20%台に低下した(日本イヌワシ研究会1997).一方,イヌワシの個体群の安定に必要な繁殖成功率は67%と試算され,繁殖成功率が現状のまま推移すれば,イヌワシは絶滅に向かうと推定されている(日本イヌワシ研究会1992a,財団法人日本鳥類保護連盟1995).

日本におけるイヌワシの繁殖失敗の原因は,巣付近への頻繁な人間の接近,林道・砂防・送電線工事,伐採作業などの人為的な要因が多く,時期的には造巣期が多いという報告がある(日本イヌワシ研究会1991,日本イヌワシ研究会1994).また,国産のイヌワシの未孵化卵中の環境汚染物質(PCBなど有機塩素化合物)の残留濃度は,孵化に重大な影響を及ぼすような高値ではないとされている(日本イヌワシ研究会1996).一方で,自然的原因による繁殖失敗の事例として,異常低温,親鳥の消失,餌搬入量不足,トリコモナス症などの疾病や落石による事故死などの事例が挙げらている(日本イヌワシ研究会1994,山崎1987).

繁殖失敗の原因を究明することは,イヌワシの保護対策を進める上で重要な基礎資料となり,その原因を取り除く方策を実践することで,保護策が推進されると考えられる.そこで,本事業は福井県におけるイヌワシの繁殖失敗の原因を特定し,保護対策の基礎資料とすることを目的として実施した.

まず第一に繁殖状況のモニタリング体制を強化した.また,北アメリカのモンタナ州のSnake Riverでは,Golden Eagle Aquila chrysaetos の繁殖を成功に導く第一の要因として,繁殖期前の餌の豊かさが指摘され,餌量が少ない年には,低温が産卵するペアを減少させることが報告されている(Steenhof &Kochert1993).そこで,第二に繁殖成功率の低い調査地において人工給餌を実施し,餌量が繁殖成績の向上に及ぼす影響を計ることにした.

2.調査地

「希少猛禽類(イヌワシ)の保護・管理に関する調査事業」では,生息が確認されたテリトリーは4桁のコード番号で表示され,ペアと営巣地の両方が確認されたのは6テリトリーであった.これらの6テリトリーは,事業期間中の1991〜1994年の間に繁殖に成功したテリトリーをAランク(1701,1702),繁殖に成功した事例がなかったテリトリーをBランク(1703,1704,1705,1706)として分類された(福井県自然保護センター1995).

今回の事業では,調査地として,繁殖状況のモニタリングは6テリトリーのすべてを対象に,人工給餌はBランクのテリトリーを対象に実施した.

3.調査体制と調査期間

調査は,福井県および近隣に在住する日本イヌワシ研究会会員,日本野鳥の会福井県支部会員,日本海ワシタカ研究会会員などにより,福井県希少猛禽類調査委員会を組織し,実施した.また,調査計画の立案と調査の実施は,委員会の代表委員と企画委員が行った.また,調査結果および調査計画について,年2回の調査検討会において協議し,調査実施の際の具体的な方法や体制を取り決めた(資料I−1資料I−2資料T−3).

調査期間は1996年4月〜2000年5月で,その調査量は,延べ801定点に延べ1,080人の調査員を配置し,延べ370日,延べ333,936分(平均417±200.8(SD))であった.

なお,前回の「希少猛禽類(イヌワシ)保護管理調査事業」と今回の「希少野生生物種の保存事業(イヌワシ保護対策)」との間の調査未実施期間となった1995年のモニタリングについては,一部の調査員が自主的に調査を実施し,今回の報告書にはその調査結果を引用させていただいた.

V調査方法

1.繁殖状況のモニタリング

調査は,目視による定点観察調査と監視カメラによる調査を併用した.

(1)目視による定点観察調査

営巣地から最低500m以上離れた地点に1〜2名の調査員を配置し,最大調査時間を午前6時から18時に設定した.最大調査時間が確保できない場合は,最低4時間以上の調査時間を確保した.

観察用具は,8倍から12倍の双眼鏡と20倍から60倍の望遠鏡を用いて,親鳥の性別,個体の特徴,巣内の出入りの方向とその理由,抱卵及び抱雛行動,餌動物や巣材の種類,巣内の滞在状況,巣内雛の発育の様子と推定日齢,主な行動などについて,分単位で記録した.

また必要に応じて,営巣地を監視する定点以外にも広範囲を見渡せる定点を設置し,出現した個体の飛来及び飛去方向,高度,行動の様子などを地図上に記録した.各定点の間は,無線機によって連絡を取り,同時観察および連携観察を心がけた.

(2)監視カメラによる調査

営巣地から最短で96m,最長で600m離れた対岸の林内に,望遠レンズ付きの8ミリビデオカメラを設置し,無人状態で録画した.カメラは迷彩を施したハウジングケース内に収納し,コントローラーで,作動時間を5時〜19時,インターバルを1〜2分,録画時間を3〜4秒に設定した.システムのメンテナンスは,ビデオテープとバッテリーの交換を週1回行った.巣からの距離が500m以内に設置した監視カメラのメンテナンスは,目視観察定点との連携により,親鳥が巣内および周辺にいない時を狙って作業を行った.得られた画像データは,1回の録画(3〜4秒)を1件として扱い,親鳥と巣内雛の行動を記録し,特に給餌や摂食行動について集計した.

(3)用語の定義と算出方法
@繁殖成功率
「繁殖成功」は,巣内雛が巣外に飛び出し,巣外での幼鳥の飛翔が最低1回は観察された場合とした.繁殖成功率は,以下の式により算出した.
繁殖成功率=(繁殖成功が確認された延ベテリトリー数)/(繁殖成否が確認された延ベテリトリー数)
A捕食行動と食餌率
「捕食行動」は,成鳥および幼鳥の探餌,狩猟,調理・摂食などの一連の行動とした.
「巣内雛の食餌率」は,巣内雛が親鳥による給餌を受けた場合と自ら摂食した場合を食餌と定義し,以下の式により算出した.
目視観察による巣内雛の食餌率=食餌時間数(分)/調査時間数(分)
監視カメラによる巣内雛の食餌率=食餌件数/調査件数
B累積食餌率の推定と比較
「巣内雛の累積食餌率」は,以下の式により算出した.
目視観察による巣内雛の累積食餌率=(調査開始から調査終了までの調査日毎の食餌時間数(分)の累積値)/(調査開始から調査終了までの調査時間数(分)の累積値)
監視カメラによる巣内雛の累積食餌率=(調査開始から調査終了までの調査日毎の食餌件数の累積値)/(調査開始から調査終了までの調査件数の累積値)
また調査量が異なる食餌率を比較検討するために,累積調査量と累積食餌率のグラフの近似式をy=a+becx版(c<0)と仮定し,xが無限大(x→∞)の時,yがaの値となると考えた.そこで,得られたデータを基に近似曲線を描き,a,b,cの値を求め,このaの値を飽和した累積食餌率と想定した.
C抱卵率
抱卵率は,以下の式により算出した.
抱卵率=抱卵時間数(分)/調査時間数(分)
D統計処理
有意差検定には,Welch's testを用いた.
(4)調査期間外のデータの引用と比較
本事業の調査期間は1996年から2000年であったが,必要に応じて1990年から1995年までに得られたデータを再度解析し,今回の調査結果との比較に使用した.

2.人工給餌

(1)目視による定点観察調査

給餌場から最低500m以上離れた地点に1〜2名の調査員を配置し,最大調査時間を5時から19時に設定した.給餌が成功し,イヌワシが給餌場に再度出現する可能性が低いと判断した段階で調査を終了した.また,イヌワシが給餌した獲物を捕獲し調理したにも関わらず,調査終了時までに搬送しなかった場合には,できる限り翌日も夜明けから調査を継続した.翌日が悪天候により調査実施が不可能であったり,調査員が確保できない場合にも,数日以内に給餌場の様子を観察し,置き去られた獲物がその後どうなったのかを推定した.
観察用具は,8倍から12倍の双眼鏡と20倍から60倍の望遠鏡を用い,出現した個体の性別,年齢,給餌した獲物の捕獲・調理・摂食・運搬の様子などを分単位で記録した.また,ビデオカメラを使用し,動きが迅速で目視観察では詳細な記録が取れなかった場合には,補足として活用した.

(2)人工給餌の方法(表V−1)

給餌場は,対象テリトリーに定着しているペアまたは幼鳥が,通常,狩り場として利用していると推定される場所に設定し,餌としてクリーン動物のウサギ(NZW)および事故死した哺乳類,鳥類,爬虫類を使用した.
人工給餌の実施は,一定の餌量の補充により繁殖の成功に導くという目的を達成するため,調査期間を繁殖ステージにより,求愛〜造巣期と巣内育雛期の2つに大きく分類し,それぞれの期間中,1週間に1回の給餌の成功を目標に,給餌を実施する間隔を設定した.

表V−1.人工給餌の方法.

事業期間1996年4月(平成8年度)〜2000年1月(平成11年度)

試験地生息ランク(B)の4テリトリー(1703,1704,1705,1706)

給餌場所イヌワシの狩り場として推定される地域

給餌動物
@クリーン動物
ウサギ(std:NZW(New Zea1and White,BW:0.77〜3.86kg)の生体(一部死体)
SPF動物由来の餌動物を,清浄なバリア・システム(非減菌飼料供与)の動物生産室に導入し,生産管理基準に基づいて厳重な衛生的飼育管理のもとに繁殖生産を行い,定期的に微生物モニタリングを実施している動物.
A交通事故死及び窓ガラスに衝突死した野生動物
ノウサギ,タヌキ,テン,キジ,アオダイショウ

W結果

1.繁殖の概要について

(1)繁殖成功率および繁殖状況(表W−1図W−1)

繁殖状況のモニタリング調査を行った1996年から2000年のイヌワシの繁殖成功率は,33.3%(n=30)であった.繁殖成功率が最も高かったのは,1996年と1997年の50.0% (n=6)で,最も低かったのは2000年の0%(n=6)であった.調査期間中に繁殖に成功したのは10例あり,巣立ち雛数はいずれも1羽であった.1年あたり幼鳥の生産量は1996年と1997年の3羽が最大であった.その他,1998年と1999年は2羽,2000年は0羽であった.1996年から2000年の間に繁殖に成功した巣の巣立ち雛数はいずれも1羽ずつであったので,1年あたりの平均の巣立ち雛数は,0.33羽/年であった.繁殖成績の良い方からテリトリーに順位をつけると,1702,1705,1701,1703,1704,1706の順であった.1706は,一度も繁殖に成功することはなかった.

(2)新たな営巣地の特定,営巣地の利用の変化と個体の交替,最大巣間距離(表W−2,表W−3,図W−2)

第I期事業の希少猛禽類(イヌワシ)保護管理調査事業において,福井県のイヌワシの生息ランクのAとBの営巣地は,11か所確認された(福井県自然保護センター1995).今回の調査では,1702で2か所,1704と1705で各1か所ずつ新たな営巣地が発見され,1703では,前回の調査で正確な位置を特定することができなかった巣番N2において,巣立ち成功例を観察した.
1704では1995年に巣番N3が発見され,それ以後はほとんどこのN3しか利用しなくなった.そのため,1980年代に主に利用されていた巣番N1は巣材搬送さえもほとんど行われなくなり,巣材は朽ち果て,巣としての痕跡がほとんどなくなった.1704でN1が利用されなくなった時期は,1991年に成鳥の雌が消失し,亜成鳥の雌(別個体)が定着した時期と同時期であった.
同様に,以前利用されていた巣がその後利用されなくなった事例は,1701のN1,1702のN2?,1706のN1などで確認された.これらの事例では,個体の入れ替わりなどの状況は不明であった.
個体の入れ替わりは,上記の1704の事例以外に,1705において1996年に雄の成鳥が亜成鳥へ交替した事例,1706において1995年から1997年にかけて雌雄の成烏が共に亜成鳥への交替した事例,1704において2000年の育雛期に雄親が消失した事例の3例があった.1704の2000年の事例では,雄の成鳥の消失から,ほぼ1か月弱で新たな雄の亜成鳥が定着した.
最も繁殖成績の良かった1702は,営巣地の数が4か所あり,最も多かった.
各テリトリーコードごとの最大巣間距離は,最大で3,330m,最短で100mであった.生息ランクAの方が生息ランクBより巣間距離は長かった.繁殖成功率と巣間距離は,正の相関関係にあった(r=0.87,n=6).

表W−2.1995年〜2001年(平成7年度〜12年度)にかけて新たに確認されたイヌワシの営巣地の状況.

テリトリー
コード
巣番号発見年月日標高(m)傾斜区分架巣場所岩壁の方位

1702N3?1996.6.4980(推定)30〜40°未満岩壁の岩棚南東
  N42001.1.3186030〜40°未満岩壁の岩棚南西
1703N21997.4.10(再発見)1,03030〜40°未満岩壁の岩棚北西
1704N31995.4.2586030〜40°未満岩壁の岩棚東南東
1705N21999.3.1356030〜40°未満岩壁の岩棚南南東

注:
傾斜区分は土地分類図(経済企画庁総合開発局1974)によった.
標高と岩壁の方位は2.5万分の1の地形図から読みとった.
?:
巣は直接観察できないが,周辺における行動から巣があると判断し,位置を推定した.
再発見:
第I期事業では聞き取り調査で記録されたが,現地調査では位置が確認されなかった(福井県自然保護センター1995).
しかし,本事業の期間中に営巣地の使用が確認され,その位置を特定した.
表W−3.これまでに確認されたイヌワシの営巣地の数と最大巣間距離.

テリトリー
コード
営巣地の
※1
巣番A最大巣間距離
AとBの巣間距離※2(m)
巣番B

17012N13,330N2
17024N12,280N2?
17032N1480N2
17043N2?100N3
17052N1800N2
17062N1280N2

※1:営巣地の数;
福井県自然保護センター(1995)と表W−2を合わせた.
※2:最大巣間距離;
国土地理院の25万分の1の地形図により計測した.
(3)繁殖時期と生息ランク(図W−3

繁殖時期を比較すると,最も早かったのは1702の1998年で,5月14日に推定75日齢で巣立った.逆に最も遅かったのは1705の1996年で7月4日に推定75日齢で巣立った.最も例数が多かった巣立ち時期は6月中旬で,続いて6月下旬と6月上旬,7月上旬,5月下旬と5月中旬の順に少なくなった.テリトリーコードごとに繁殖時期を比較すると,生息ランクAの最も繁殖成績が良好であった1702の繁殖時期が最も早かった.生息ランクBの中で,第T期事業の調査期間中に,唯一育雛段階にまで至った1703の繁殖時期は,他の生息ランクBの1704や1705よりも早かった.1年目の分散期にまで幼鳥が生存し,2年目にも連続して繁殖行動が観察された1702の1998年から1999年の事例と,1705の1999年から2000年の事例のそれぞれの繁殖時期を比較すると,1年目より2年目の方が遅くなっていた.

2.繁殖失敗について(表W−1,表W−4,表W−5

福井県内において1991年から2000年までの10年間に,繁殖成否を確認できた事例は58例で,確認率は0.97(n=60)であった.その内,繁殖失敗の状況を把握できた事例は8例で,繁殖ステージ別に分けると,抱卵期が1例,巣内育雛期が3例,巣立ち前後が2例,巣外育雛・幼鳥期が2例であった.また,事例および原因別にわけると,巣立ち失敗などの何らかの事故によるものと推定される事例が5例,餌不足が3例であった.これらはすべて,直接原因は自然的要因によるものであり,抱卵期から巣外育雛・幼鳥期の間に,人為的な影響が直接繁殖失敗に至らせた事例は観察されなかった.

なお,求愛・造巣期から抱卵期にかけて繁殖を中止した事例は37例で,その割合は,1991年から2000年までの間に繁殖状況が確認された生息ランクA・Bの内の0.64(n=58)を占めた.この傾向は,繁殖状況の悪いテリトリーほど強まる傾向にあった.

表W−4.1991〜2000年に繁殖失敗したステージ別の例数と巣外育雛・幼鳥期※1に到達した例数とそれらの比較.

テリトリー
コード
調査件数繁殖ステージ
造巣・抱卵期 育雛・幼鳥期
(生息ランク)
例数
(例数/調査件数)
 巣内
例数
(例数/合計)
巣外※1
例数
(例数/合計)

例数計
(例数計/調査件数)

1701
(A)
105
(0.50)
 5
(1.00)
5
(0.50)
1702
(A)
103
(0.30)
 1
(0.14)
6
(0.86)
7
(0.70)
1703
(B)
95
(0.56)
 3
(0.75)
1※2
(0.25)
4
(0.44)
1704
(B)
108
(0.80)
 1
(0.50)
1
(0.50)
2
(0.20)
1705
(B)
96
(0.67)
 3※2
(1.00)
3
(0.33)
1706
(B)
1010
(1.00)
 
       

合計5837 51621

※1:
巣外育雛・幼鳥期に至った場合を繁殖成功とした.
※2:
人工給餌を実施した.


表W−5.1992年から2000年までの間に確認されたイヌワシの抱卵期から幼鳥期までの繁殖失敗の事例.

テリトリーコード調査年繁殖ステージ事例原因

17021995巣立ち前後消失巣立ち失敗?
17031992巣立ち前後消失巣立ち失敗?
1994育雛期落下,餓死事故,餌不足
1999育雛期落下,保護収容事故
17041997幼鳥期消失事故?
2000育雛期餓死雄親の消失による餌不足
17051998幼鳥期死亡,死体回収事故?
2000抱卵期放棄,2卵回収親の餌不足

(1)繁殖失敗の時期(表W−4)

繁殖失敗の時期は,生息ランクのA・Bにおいて,造巣・抱卵期が37例,巣内育雛期が5例と,造巣・抱卵期の方がかなり多かった.BランクはAランクより造巣・抱卵期に繁殖失敗している事例が多く,特に繁殖成功率の低いテリトリーほど,造巣・抱卵期の繁殖失敗の事例が多い傾向にあった.
最も繁殖成績が良好であった1702は,造巣・抱卵期段階での繁殖失敗は最も少なく,3例しかなかった.

(2)繁殖失敗における人為的影響(図W−4図W−5付表W−1

造巣・抱卵期の繁殖失敗の事例の比率と営巣域から人間活動域までの距離の間には,相関関係はなかった(r=0.11,n=15).また,巣内育雛期の繁殖失敗の事例の比率と営巣域から人間活動域までの距離の間にも,相関関係は見られなかった(r=0.19,n=9).造巣期に限れば,むしろ営巣域から人間活動域までの距離は,Aランクの方が近い傾向にあった.
また,造巣・抱卵期に営巣域近くに狩猟者が入山する可能性を表すために,各営巣域において鳥獣保護区の設定の有無を調べたところ,設定がなされていたのは最も造巣・抱卵期段階での繁殖失敗が多かった1706だけであった.さらに福井県内では,多人数の狩猟者が入山することの多い狩猟対象は,イノシシ Sus scrofa leucomystax とツキノワグマ Ursus thibetanus であり,ほとんどの営巣域において,造巣・抱卵期にはこれらを対象とした狩猟が実施されていた.

(3)抱卵放棄の事例と原因(表W−1,表W−4)

抱卵を放棄した事例は,1991年から2000年までに5例記録された.1705の2000年の事例については,放棄した際の状況を確認することができたが,他の4例の状況はほとんどわからなかった.1705の2000年の事例の状況は以下のとおりであった.

@経緯(図W−6付表W−2付表W−3写真W−1)

2000年3月21日,巣番N2において抱卵を確認した,その後,4月4日までに4回の調査を実施したがいずれもの日もペアの協力により0.9以上の抱卵率を維持していた.しかし,4月9日には抱卵率がペアを合わせても0.47に低下し,4月12日には雄が135分(抱卵率0.25)抱卵したものの,雌の抱卵時間は0分になった.翌13日には営巣地周辺でペアの出現はあったものの,いずれも巣内に入ることはなかった.14日には5時47分より調査を実施したが,午前中いっぱい観察しても出現さえもなかったため,卵の回収を試みた.巣内には,第1卵と第2卵が完全な形で残されていたが,すでに気温と同程度の温度に冷え,卵を耳に当てても心音や鳴き声などは聞こえなかった.
4月18日,回収した卵の内容物を取り出したところ,いずれの卵からも卵黄がまだわずかに残されている雛が取り出された.

A失敗の原因の推定(表W−6)

過去の抱卵期の捕食状況の記録と,抱卵を放棄した1705の,2000年の記録と比較した.その結果,1705の2000年は最も調査時間が長かったが,主に抱卵をしていた雌に対しての雄による餌渡しや,雌のそ嚢の膨らみなどの捕食行動は全く観察されなかった.その他の事例では,雌雄ともに捕食行動やそ嚢の膨らみが観察された.
順調に抱卵を継続した1702の1998年,1702の1999年,1705の1999年の3例と,抱卵を放棄した1705の2000年の1例の捕食率の間には,有意な差があった(Welch's test:t=3.09,p<0.05,自由度=3,片側検定).

表W−6.テリトリーコード1702と1705における抱卵期の補食状況.

メスオス
テリトリー
コード
調査期間 調査時間
(分)
調査日数
(日)
捕食日数
(日)
捕食率
(捕食日数/調査日数)
捕食日数
(日)
捕食率
(捕食日数/調査日数)

17021998.1.27〜
2.19
2,029410.2510.25
1999.2.23〜
3.14
1,370310.3310.33
17051999.3.23〜
4.5
1,837320.6720.67
2000.3.21〜
4.12
2,91960010.17

捕食の有無の判断は,捕食行動の直接観察またはそ嚢の膨らみの観察から行った.
調査日数および捕食日数の抽出は,調査時間4時間以上の調査日から行った.
調査時間は,調査期間中のすべての調査日の調査時間を合計して算出した.
(4)巣内育雛期の失敗事例と原因(表W−1,表W−4)

巣内育雛期の繁殖失敗の事例は,1991年から2000年までに5例記録された.失敗の状況を分類すると,巣からの落下が1例,餓死が1例,雄親の消失による育雛時間や食餌量の減少が1例,巣立ち前後に雛が消失した事例が2例であった.

@1703の1999年の事例(写真W−2写真W−3

1999年5月14日の定点観察中,歩行がおぼつかない巣内雛がバランスを崩し巣から落下した.すぐに,巣の下に向かったところ,巣から約100mの谷底で,渓流の水に体の一部が浸かった状態の雛を発見した.雛は保護した時点で生存していたが,左脚が完全に骨折しており,低温の水に約30分間浸かっていたため,体温の低下による衰弱が予想された.そこで,雛を自動車まで搬送し,車内暖房により体羽を乾燥させ,体温の維持に努めた.雛は体が乾くに従い次第に元気を取り戻したが,骨折の治療が必要との判断により保護収容することにした.しかしながら,福井県内には,猛禽類の骨折の治療やリハビリが可能な施設は存在しないため,翌日にはこのような個体の救護例において実績のある愛知県尾張旭市の日本ワシタカ研究センターに搬送し,治療とリハビリを依頼した.その後,当センターの中島欣也所長をはじめ,所員の方々の適切な処置により治癒したため,個体の取り扱いについて,環境庁(現環境省)と協議した.その結果,日本動物園水族館協会が実施している希少野生生物保護増殖事業の人工増殖用の個体として利用することが,野外復帰を目指すよりも適切と判断され,2000年8月3日,日本ワシタカ研究センターから空路により仙台市に搬送し,同市の八木山動物公園に譲渡された.

A1703の1994年の事例(付表W−4)

15日間の調査中に巣内雛の食餌が観察されたのは7日間で,その割合は0.47であった.また,調査時間から算出された食餌率は0.031であった.5月17日には巣内雛が巣から落下したため,翌日保護し巣内へ返還した.その後巣内雛は次第に不活発になり,5月25日に死亡を確認し,翌日死体を回収した.この死体を検死したところ,死因は採餌不良に起因する栄養欠乏症(餓死)と特定された(福井県自然保護センター1995).

B1704の2000年の事例

2000年4月6日,巣内雛を観察することはできなかったが,巣番N3の営巣地に雄親(以下第1雄)がノウサギを搬入し雌親が給餌を行ったことから,育雛中であることが確認された.さらに,4月13日には,ペアと巣内雛の存在が確認され,雌親による給餌の様子から,育雛行動は順調に進んでいることが確認された.
ところが,4月17日には,第1雄が観察されなくなり,5月10日に亜成鳥の雄(第2雄)が侵入してくるまでは,雌親単独の育雛のみが観察された.
5月10日に侵入してきた第2雄は,雌親に対して,求愛行動と思われる飛翔中の雌の背後から背を叩くようなつっかかり行動を行った.2回目のつっかかり行動の後には,第2雄が背後に近接して飛翔する上下型誇示飛行(重田1974)を行った.翌11日には,上下型誇示飛行,つっかかり行動,Talon grapping,交尾を促す際に見られる雌の水平姿勢行動や雄が雌の背に乗る行動,侵入してきたイヌワシの幼鳥と思われる個体に対する共同での追い出し行動などが観察された.雌親の巣内雛に対する給餌は,2回に分けて合計24分間観察された.
しかし,5月12日以降は雌親の巣内への出入りもなくなり,巣内雛の姿が確認できたのはこの日が最後になった.巣内が十分に見えないため,巣内雛の死亡した日は不明であったが,5月16日には,第2雄が巣から死亡した巣内雛を搬出し林内に消失した.その後第2雄が再度出現した際,この個体のそのうは膨らんでいた.搬出された際に確認した巣内雛の大きさや羽毛の成長度合いからの推定では,35日齢程度のものと同様であったが,成長が順調であった育雛初期の様子から推定すると,5月16日は47日齢目に達していた.

C1703の1992年の事例

6月16日の午前10時までは,巣番N1において,巣立ち間近な巣内雛を確認した.しかし,同日16時50分に再び巣内雛の確認に訪れたところ,巣内に雛の姿はなく,巣立ったものと思われた.その後,巣立った幼鳥の姿は1度も確認されることなかった.

D1702の1995年の事例

5月28日,巣番N1において推定68日齢の巣内雛を確認したが,6月4日には巣内に雛の姿はなく,その後の調査でも1度も幼鳥が確認されることはなかった.

(5)巣外育雛・幼鳥期の幼鳥の消失または死亡例(表W−1)

巣外育雛・幼鳥期の繁殖失敗の事例は,1991年から2000年までに2例記録された.失敗した際の状況により原因を分類すると,巣立ち後1か月以内に幼鳥が消失した事例が1例,幼鳥が親鳥と共に行動する時期である9月に死亡した事例が1例であった.

@1704の1997年の事例

6月22日,巣番N3において推定69日齢の巣内雛を確認し,7月4日には無事に巣立った幼鳥を確認したが,その後は幼鳥が確認されることはなかった.

A1705の1998年の事例

6月25日,巣番N1において推定75日齢の巣内雛の巣立ちを確認した.その後,9月2日には雄親による幼烏が確認されていた付近へのヘビの搬入も観察されたが,幼鳥の動きは鈍かった.9月10日には幼鳥の姿が確認されなかったため,9月13日に9月2日に幼鳥が観察された付近を探索し,死んだ幼鳥を回収した.幼鳥の体は腐敗が激しく,死因を特定することはできなかった.

3.食餌量と繁殖成否の関係について

今回使用した巣内雛の食餌率は,調査日数から算出したもの,調査時間から算出したもの,さらに調査時間が無限大になった場合の食餌率を推定したもの(以下,累積食餌率)の3通りを算出した(表W−7,付表W−4,付表W−5).

(1)食餌率(日)と食餌率(時間)
@目視観察調査による算出(付表W−4

目視観察の調査は,1702において1998年と1999年,1703において1997年と1999年,1704において1997年と2000年,1705において1999年の7育雛期の記録を取ることができた.また,前回調査の際に記録した1702の1995年,1703の1994年の記録も同様に集計に加えた.
調査日数と捕食日数から算出した食餌率(日)では,最も調査日数が少なかったのが1702の1995年の5日で,最も調査日数が長かったのは,1703の1997年の24日間であった.食餌率(日)の値が最も高かったのは,1702の1995年と1998年,1704の1997年で,その値は1.00で最も高かった.餓死が確認された1703の1994年の値は0.47で,最も低かった.調査日数と食餌率(日)の値の関係は,特別見出せなかった.
調査時間数と食餌時間数から算出した食餌率(時間)は,最も調査時間が短かったのが,1702の1995年の1,701分,その次に1704の1997年の4,965分であり,この時の食餌率は,前者が0.112,後者が0.125と,この2件だけが0.100を越え高かった.最も調査時間が長かったのは1705の1999年の13,429分で,その食餌率は0.074であった.最も食餌率が低かったのは,1704の2000年の0.028であった.

A監視カメラ調査による算出(付表W−5

監視カメラは,1702において1998年と1999年,1703において1997年と1999年,1705において1999年の5育雛期に設置した.1702は2か年の育雛期にわたり設置し,最も多くの記録を取ることができた.1703は,育雛後期にしか記録が取れなかった.1705は,1999年にそれまで利用していた閉鎖的なスギの営巣木から,開放的な岩棚へと営巣場所を変えたため,監視カメラを設置し記録を取ることが可能になった.
最も多くの調査日数および件数を確保できたのは1702の1998年で,58日間に36,783件の記録を取り,その食餌率は0.085であった.逆に最も少ない件数しか記録できなかったのは1703の1997年で,22日間に5,042件であった.また,最も短い調査日数だったのは1703の1999年で,9日間しか調査できず,その食餌率は0.131で最も高かった.

(2)育雛期の累積食餌率(表W−7,図W−7−a,b,c,d,e図W−8−a,b.c,d,e,f,g,h,i

同一テリトリーの同一調査年の監視カメラ調査と目視観察調査の累積食餌率を比較すると,最小で0.001,最大で0.027の違いがあった.監視カメラから得られた累積食餌率の平均値と目視観察から得られた累積食餌率の平均値の間には,有意差はなかった(Welch's test:t= −0.89,自由度=8,片側検定).
食餌率と累積食餌率の値の差は,1703の1999年における監視カメラの値の0.046が最大であり,反対に1702の1999年の目視観察の値では差がなかった.なお,データ量が少ない時に,両者の値の差が大きくなる傾向にあった.
また,1705の1999年の場合を除き,累積食餌率の方が食餌率に比べ,監視カメラ調査と目視観察調査の値の差が少なかった.そのため,後述の検定には,累積食餌率を使用した.

(3)育雛期の累積食餌率と繁殖成否の関係(表W−7)

検定には,繁殖失敗の4件の事例の中から,1703の1999年と1702の1995年を除いた2件の事例を使用した.除いた理由は,@調査量が少なく調査終了時点の累積食餌率がまだ飽和投階に達していないと判断されたこと,A巣内育雛期の途中に巣から落下したことが繁殖失敗の原因と特定されたこと,B巣立ち前後に巣内雛が突如消失したことであった.繁殖に成功した事例からは,5件の事例のすべてを使用した.また,累積食餌率は,目視観察調査と監視カメラ調査の両方の調査を実施している場合には,両方の累積食餌率の値を使用した.繁殖に失敗した2件の事例と,繁殖に成功した5件の事例の累積食餌率には,有意な差があった(Welch's test:t=9.11,p<0.05,白由度=4,片側検定).また,累積食餌率が0.05以上あれば巣立ち成功にまで至り,0.05に満たない場合には巣内育雛途中で雛が死亡した.

表W−7.累積食餌率と繁殖成否.

繁殖成否テリトリー
コード
調査年繁殖の結果 累積食餌率
上段:目視観察
下段:監視カメラ

失敗例
17031994雛が50〜60日齢で死亡(餓死)0.027
17042000雛が43±日齢で死亡0.034
17031999雛が52±日齢で落下(保護)0.058
0.085
17021995雛が62〜68日齢で消失(巣立ち?) 0.101

成功例
17031997巣立ち後1ヶ月以上確認 0.057
0.062
17051999巣立ち後1ヶ月以上確認 0.077
0.059
17021998巣立ち後1ヶ月以上確認 0.068
0.088
17021999巣立ち後1ヶ月以上確認 0.081
0.082
17041997巣立ち後1ヶ月まで確認0.095

(4)餌種または生物量とその比率
@餌種とその割合(図W−9)

調査期間中に確認された餌種は,食痕の羽毛から同定した例も含めると,哺乳類がニホンノウサギLepus brachyurus (以下ノウサギ),ニホンリス Sciurus lis,ニホンカモシカ Capricornis crispus ,ニホンテン Martes melampus melampus ,鳥類がヤマドリ Phasianus soemmerringii ,アオバト Sphenurus sieboldii ,爬虫類がアオダイショウ Elaphe climacophora ,シマヘビ Elaphe quadrivirgata であった.その他,アオサギ Ardea cinerea と推定される羽毛も採取したが,完全な同定までには至らなかった.
育雛期の餌種の記録をある程度集めることができた1997年の1703と1704,1999年の1702と1705について,餌種とその割合をまとめた.持ち込まれた餌の中から人工給餌に使用したクリーン動物のウサギ(NZW)を除くと,確認できた餌種は,ノウサギ,ニホンリス,ヤマドリ,ヘビ類に限られた.その他に,肉の塊の状態で持ち込まれ,距離も遠かったために種の同定ができなかった例数も多かった.ただし,ヤマドリと同定された事例の多くは,ほとんど羽毛がむしられ肉の塊で持ち込まれたが,距離が近いことや脚の確認ができたことで同定できた事例であった.またヤマドリ大の鳥類の多くは,ほとんど羽毛を抜かれて持ち込まれることが知られている(関山1989).
そこで,肉の塊の多くをヤマドリを含む鳥類と仮定すると,育雛期の餌種には,3つの型があった.まず1703で見られた主要な餌種がノウサギと鳥類であった型,1702で見られたノウサギ,鳥類,ヘビ類の割合が均等な型,1704と1705で見られたヘビ類の例数が最も多い型であった.

A餌種とその生物量の割合(図W−10付表W−6付表W−7)

文献から得られた種ごとの生物量の値と,肉塊を鳥類と仮定した上でヤマドリの大きさとその重量から肉塊の生物量を推定し,持ち込まれた餌の生物量を推定した.
1日あたりの餌の生物量が最も多かったのは,最も繁殖成績のよい1702の1,454g/日で,最も少なかったのは1703の797g/日であった.全体的に,ノウサギの占める割合が高く,肉塊を鳥類とすると鳥類の割合も高かった.しかし,例数で多かったヘビ類は,生物量に換算すると低値を示し,ヘビ類の例数が多かった1704と1705では,生物量の面からも未だに重要な餌種であったが,1702では重要性はかなり低下した.人工給餌に使用したクリーン動物のウサギ(NZW)は,全生物量の1/5〜1/6程度の割合を占めた.
さらに,これまで国内でイヌワシの巣内育雛期に持ち込まれた餌の種類と例数が記録されている石川県の白山と長野県の上信越高原の事例を付表W−7の算出根拠を基に,1日あたりの餌の生物量の推定をした.石川県の白山において19日間の17例から得られた値は742g/日(上馬1982)で,長野県の上信越高原において54日間の40例から得られた値は1,200g/日(常田・片山1983)であった.

(5)餌動物の生息数の動向の推定(図W−11−a,b,c,d,f,g図W−12−a,b,c,d,e

1973年〜1998年の福井県内におけるイヌワシの餌動物の生息数の動向を,鳥獣関係統計により推定した(環境庁1975,1976,1977,1978,1979,1980,1981,1982,1983,1984,1985,1986,1987,1988,1989,1990,1991,環境庁自然保護局1992,1993,1994,1995,1996,1997,1998,1999,2000).また,イヌワシの繁殖成功率の推移が,長年にわたり調査されている岩手県の動向も合わせて比較した.
狩猟者登録数は,1970年代のピーク時と比較すると近年は福井県で約半数に,岩手県では約1/3に減少していた.
福井県のノウサギの狩猟者登録数1人あたりの捕獲数は,1978年と1986年に大きな低下があり,1990年代には過去に例のないほどの低い捕獲数で推移していた.ヤマドリとキジ Phasianus colchchicus の1人あたりの捕獲数は,わずかな低下が見られたが,ほぼ横這いだった.狩猟者が組織的に最も熱心に狙うツキノワグマ Ursus thibetanus とニホンイノシシ Sus scrofa leucomystax では,前者がほぼ横這いに,後者が急激な増加を示した.ノウサギやヤマドリの天敵であるホンドキツネ Vulpes vulpes japonica は低いレベルで横這い状態であった.
岩手県のノウサギ,ヤマドリ,キジの狩猟者登録数1人あたりの捕獲数は,福井県と比較して若干高い傾向にあったが,大きな差はなかった.ホンドキツネは1995年より低下が見られるが,1980年代から1995年あたりまでは,高い値で推移していた.

(6)人工給餌の実施
@人工給餌の効果測定の概要(付表W−8表W−1

人工給餌はBランクの4か所で実施したが,成功したのは1703と1705だけに限られた.1703は1997年の巣内育雛期の1期間に17回実施し,5回成功した.1705では,抱卵期の1期間,巣内育雛期の3期間,巣外育雛・幼鳥期の2期間に合計74回実施し,40回成功したが,抱卵期には成功しなかった.1704は,抱卵期の1期間,巣外育雛・幼鳥期の2期間に合計17回実施したが,1度も成功しなかった.1706でも抱卵期の3期間に8回実施したが,すべて失敗した.
人工給餌に成功した餌の種類は,最も多く使用したクリーン動物のウサギ(NZW)がほとんどを占めたが,事故死した哺乳類や鳥類でも成功した.爬虫類のヘビは成功しなかった.
人工給餌を最も多く成功させた1705の繁殖成功率は向上し,これまで最も繁殖成績が優れていた1702と同じレベルに達した.1703は,人工給餌が成功した年に1度だけ繁殖に成功した.1704は,人工給餌には成功しなかったが,1度だけ幼鳥の巣立ちに成功した.しかしこの幼鳥は,巣立ち後1度観察されただけで,その後は消息不明になった.

A巣内育雛期の人工給餌(付図W−1)

1703と1705の巣内育雛期の人工給餌はすべて成功し,その年には繁殖にも成功した.1703では,雌親は餌付いたが雄親は餌付かなかった.1705では,雄親と雌親のいずれも餌付いた.狩猟された餌は,殺した後にその場で一部を調理摂食し,直接巣内に持ち込むかまたは巣の近くの林内に持ち込んだ.

B巣外育雛・幼鳥期から求愛・造巣期の人工給餌(付図W−1付表W−8表W−1)

巣外育雛・幼鳥期から求愛・造巣期の餌量が,翌年の繁殖状況にどの程度の影響を与えるかを調べるために,1705において9月から12月または翌年の1月までの期間における人工給餌を,2シーズンに渡り実施した.1998年の人工給餌の際には,9月初旬に幼鳥が死亡したためペアを対象に,翌年の1999年から2000年にかけてけペアと幼鳥を対象とした.
1998年の9月から12月にかけて人工給餌を実施した翌年の1999年の繁殖期は,2年連続で繁殖に成功した.1999年の9月から翌年の1月にかけて人工給餌を実施した2000年の繁殖期には,孵化直前まで繁殖行動を続けたが,抱卵期の餌不足が原因で抱卵を放棄した.しかし,結果的に3年連続で抱卵にまで至った.この連続繁殖記録は,福井県内の過去の連続繁殖記録の中で,2番目の好記録であった.

X考察

1.福井県内の繁殖状況の実態

(1)繁殖成功率の推移と個体群の動向

イヌワシがその個体群を維持するには,67%の繁殖成功率が必要であり(日本イヌワシ研究会1992a),また個体群が維持できる下限の繁殖成功率は40%であるとされている(Brown & Watson1964).しかしながら,福井県におけるイヌワシの繁殖成功率は,人工給餌を実施し最も繁殖成功率が高かった年では50%に達したが,1991年から2000年の10年間の平均では28%であったこと,全国のイヌワシの繁殖成功率も過去10年間は20%前後で推移していることなどから,今後繁殖成功率が向上しない限り,個体群が衰退し絶滅に近づいていくと推定される.
一方で,成鳥が消失し亜成鳥が定着した事例は4例あり,テリトリーを構えられずに放浪していると思われる繁殖予備個体群は,まだ補充可能なだけ存続していると思われる.

(2)営巣地の多様性

福井県は1991年の繁殖期から県内のイヌワシ調査を開始し,以後2001年の繁殖期まで11年間継続して調査を実施している.11年目にあたる今年,1702で新たな営巣地が特定され,調査を継続することの重要性が再認識された.また,1704の巣番N1がほとんど使用されなくなったのは,雌の成鳥が亜成鳥に入れ替わった時期と一致しており,雌の巣に対する嗜好性が営巣地の変更の直接原因になったと推察される.このように,営巣地を使用しなくなったことを証明する場合にも,モニタリング調査を長期に継続することが重要なポイントである.
一方,近年,環境影響評価のための猛禽類調査に関して,いくつかの指針が出されており,イヌワシの調査期間として,「営巣地の発見および少なくとも繁殖が成功した1シーズンを含む2営巣期(最低1.5年)」(環境庁自然保護局野生生物 1996)や,「繁殖が成功した1シーズンを含む3シーズン(3年間)」(財団法人ダム水源地整備センター 2001)などが提言されている.
しかしながら,1.5〜3年程度の調査期間では,ほぼ順調に繁殖したとしても1か所の営巣地の特定ができる程度に過ぎず,複数の営巣地を発見することはたいへん難しい.ところが個体による営巣地の嗜好性が違うこと,繁殖成績が良好であった1702において最も営巣地の数が多かったこと,生息ランクAの方が生息ランクBより巣間距離が長く,最大で3,330mもあったことを考慮すると,イヌワシの営巣地とその周辺の環境の保護管理策を立案するためには,長期的かつ継続的なモニタリング調査に基づき,複数の営巣地を特定しなくてはならない.営巣地を1か所だけ特定して保護管理策を立案した場合には,営巣環境の多様性が失われることで,10年以上の長期に渡って繁殖成功率の推移を見守った場合には次第に繁殖成功率が低下していく危険性があり,長期的な保護管理策としては不十分であろう.

(3)繁殖時期と生息ランクの関係

イヌワシの巣立ち時期は,1970年から1984年の調査では,5月上旬から7月上旬にかけてで,6月上旬が最も多い.また,地域毎に巣立ち時期を比較すると,東北北部の北上高地が他の地域より早かった(日本イヌワシ研究会1985).また,この頃の地域ごとの繁殖成功率は,東北・北陸が近畿・中国より高かった(日本イヌワシ研究会1992b).
福井県のイヌワシの巣立ち時期は,国内の他の地域より少し遅かったが,調査年が違うので,そのまま比較することはできず,大きな差はないと推定される.しかしながら,繁殖成功率が高い,または生息ランクが高い生息地の巣立ち時期が早い傾向にあることは,全国と福井県の調査において共通している.今後,この関係は,全国的にかつ長期的にモニタリングすることで,明らかになるであろう.
また,2年連続で繁殖に成功した場合は,2年目の繁殖時期が遅れる傾向にあり,1年目の幼鳥の存在が繁殖時期に影響を与えていると推定される.ハイタカ類やチョウゲンボウ類では,実験的に餌を十分に与えたところ,産卵日が早くなったとの報告がある(Newton 1993).
これらのことは,人工給餌を連続的に実施した1705の繁殖時期が,前年の幼鳥が1月まで親鳥と行動を共にしていた場合を除くと,次第に早くなる傾向にあったことの要因と推定される.イヌワシにおいても,親烏の栄養状態が繁殖時期に影響を与えていると思われる.よって,繁殖時期が遅い生息地の場合,少しでも餌条件が悪化すれば,造巣・抱卵期段階で繁殖中止に至る割合が高まるのではないかと推測される.

(4)繁殖失敗の時期と要因

イヌワシの繁殖失敗の時期としては造巣期が,要因としては人為的なものが多いとされている(日本イヌワシ研究会1991,日本イヌワシ研究会1994).また,岩手県北上高地においては,1996年から1998年の62例の調査で造巣期の繁殖失敗が33例(53%)と最も多く,その内人為的要因は3例のみであった(関山房兵 私信).
福井県の場合も造巣・抱卵期に繁殖を中止した例は,58例中37例と64%を占め,上述の報告を指示するものであった.この時期は積雪が多く人間の接近が容易でなく,また人間が活動するであろう範囲と繁殖失敗の事例の比率には相関がなかったことから,人為的な要因が繁殖失敗の主な要因とは考えにくい.ただし,モニタリングは毎日実施することは不可能に近く,人為的な影響を直接観察する機会を逃している可能性は残されている.
一方,国内のイヌワシの卵中の有機塩素化合物濃度は,卵が孵化しなかったこととの関連性がない程度に低く,イヌワシの繁殖行動の阻害要因としての主な要因としては挙げにくい(日本イヌワシ研究会1996).
巣内育雛期および巣外育雛・幼鳥期における繁殖失敗の7例の事例の内,原因が明らかになった事例は,巣からの落下,餓死,雄親の消失による食餌量不足によると推定される3例であった.それ以外は,現在のところ状況は不明である.兵庫県では,3年連続で発育不良の雛が巣立ち後消失した事例が報告されている(三谷1997).また,慢性的な餌不足は,個体を感染症などの病気にかかりやすくする要因となり,繁殖失敗を引き起こすことが海外で報告されている(Newton 1993).このような事例は,現在のところ,巣立ち前後から幼鳥期にかけての,巣内雛または幼鳥の4例の消失事例の原因の可能性として推測される.しかしながら,現在の繁殖状況のモニタリング精度では原因の特定は困難で,今後の調査時の課題である.

2.餌量と繁殖成否の関係

(1)食餌率および捕食率と繁殖成否の関係

繁殖に成功した例は繁殖に失敗した例と比べて,累積食餌率が有意に高かった.具体的には,育雛期の累積食餌率が0.50を越えると繁殖に成功し,下回ると失敗すると推定される.このことは,調査時間数から算出された食餌率でも同様の傾向が見られ,特に十分な調査量が確保された場合には,より一層信頼されるデータとなると思われる.また,調査日数から得られた食餌率では,おおよその傾向はつかめたが,不十分な部分も見られた.秋田県田沢湖町駒ヶ岳のイヌワシ調査では,1日あたりの餌の搬入頻度が低下した年に繁殖に失敗している(日本イヌワシ研究会・財団法人日本自然保護協会1994).よって,正確には餌の総重量を算出しなければ,餌条件と繁殖成否の関係の相関を求めることは難しいかもしれないが,およその傾向は,搬入頻度や食餌率でも把握することは可能であろう.
抱卵期の捕食率は,調査時間で算出することは不可能であったため,調査日数から算出したが,放棄した事例では有意に捕食率の値が低かったことから,抱卵期の捕食量を把握する簡易な方法として利用できると思われる.
なお,以上のことから,抱卵期や育雛期の食餌量が,イヌワシの繁殖成否に影響していることは明らかである.

(2)繁殖成績と食性およびその生物量

イヌワシの食性は,ニホンノウサギ(以下ノウサギ),ヤマドリ,ヘビ類(主にアオダイショウ)の3種が中心になっている(日本イヌワシ研究会1983).これは福井でも同様の傾向であり,これらの生息密度がイヌワシの生息および繁殖に影響を与えていると思われる.このことは,まず,生息ランクと食性バランスの関係に現れている可能性がある.それは以下の理由による.@最も繁殖成績の良かった1702の食性は,前記の3種の食性バランスが最も保たれていたこと,A巣内雛が餓死するなど,育雛期の繁殖失敗の事例が多かった1703では,育雛後期以降に主要な餌となるヘビ類の事例が少なかったこと,B造巣・抱卵期に繁殖活動を中止することが多かった1704の食性は,ノウサギが少なかったこと,などである.また,繁殖成績と育雛期の餌の生物量の間にも,以下のような関係が見い出された.@繁殖成績が最も良かった1702の餌量が最も多かったこと,A巣内育雛期に繁殖失敗した1703の餌量が最も少なかったこと,などである.
一方,今回得られた生物量の値は,岩手県の北上高地(青山ほか1988,関山1989)の値と大きな差はなく,およその傾向はつかめたと仮定すると,巣内育雛期に必要とする1日あたりの餌量は,生物量で表すと1kg前後が必要となる.
しかし,今回の食性および餌量の調査緒果は,例数が少ない上に巣内育雛期の調査結果のみに限られており,詳細な考察は難しい.この点については明確にするには,年間を通して食性と餌量の調査を実施する必要がある.

(3)餌動物の生息数の動向と繁殖成績

今回使用した狩猟者登録数1人あたりの捕獲数は,狩猟対象となる動物の生息数をそのまま表しているものではない.つまり,各年の気侯の状況や,狩猟対象となる動物の利用価値に反映される狩猟者の狩猟意欲によって,影響を受けることが予想されるからである.
そこで,気候による影響を除外したと仮定して,狩猟者の狩猟意欲が1人あたりの捕獲数にどのように関係しているかを推論してみた.近年の狩猟の主な目的は,毛皮を採取するためのものではなくなり,娯楽性と食用となる肉の貴重性や体の各部の漢方薬としての価値にあると推定される.そこで,今回解析した狩猟対象の価値を重要性の高いものから列記すると,ツキノワグマ,イノシシ,ヤマドリ,キジ,ノウサギ,キツネの順になると推定できる.このことを念頭において,1人あたりの捕獲数の推移を考察すると,以下の3つの型に分類できた.@近年になり徐々に1人あたりの捕獲数が低下してきている型:ノウサギ,ヤマドリ,キジ(岩手県),A過去から現在までほとんど変化のない型:キジ(福井県),ツキノワグマ,キツネ(福井県),B近年になり増加している型:イノシシ,キツネ(岩手県)である.毛皮以外に利用価値の少ないキツネの1人あたりの捕獲数が変化しないか増加していること,福井ではイノシシの生息数が増加し,農作物被害が起こり始めるようになって,1人あたりの捕獲数が急激に増加していること,最も狩猟価値が高いと思われるツキノワグマの捕獲数が減少していないことなどから,1人あたりの捕獲数は,狩猟対象の動物の生息数をある程度反映していると推定される.
そこで,イヌワシの餌動物として,最も大きな割合を占めるノウサギの1人あたりの捕獲数とイヌワシの繁殖成績の関係を比較してみた.すると,福井県におけるノウサギの狩猟者登録数1人あたりの捕獲数は,1990年代以降,過去に例がない程度の低い値で推移していた.これは,岩手県でも同様の傾向であった.一方,1990年代以降のイヌワシの繁殖成功率は,過去に例を見ない20%台の低い値で推移しており,ノウサギの捕獲数とイヌワシの繁殖成績の間には,一定の関係があると推定される.すなわち,ノウサギの捕獲数の低下(ノウサギの生息数の減少)は,イヌワシの繁殖成績を悪化させていると考えられる.

(4)人工給餌の効果

1705の繁殖成功率は,人工給餌の実施前の1991年〜1995年にかけては0%であったが,3年間で40回の人工給餌を成功させた1996年〜1999年かけては75%に向上した.この結果は,人工給餌の効果を示すものであろう.
一方,実際は繁殖失敗の事例が多く報告されている造巣・抱卵期段階での栄養条件と繁殖中止の関連を調べるために,1月から3月にかけて人工給餌を実施する必要性があった.ところが,福井県の調査地のほとんどは,早い年で12月から積雪のため入山が困難になる.また,例え入山できても,アプローチに時間を要するため,給餌時間が大幅に限定され,給餌の成功の可能性がかなり低下する.そこで,抱卵期に入る前の段階の栄養条件を改善することで,人工絵餌の実施できない抱卵期を乗り切ることができるのではないかと仮定し,人工給餌を9〜12月または翌年1月にかけて,1回/週の頻度で2か年にわたり実施した.この人工給餌の効果は,1705において,3年連続で造巣・抱卵期の初期に繁殖を中止しなかった点で明らかになったと思われる.
このように,人工給餌により繁殖成績が向上するということは,イヌワシの繁殖を成功させるための重要な要因が,食餌量であるということを証明している.過去にも,餌不足が指摘されたことはあったが,いずれも状況証拠のみによる推測の域を出なかった.今回,本事業によって実施した人工給餌による試験的な繁殖成績の向上が成功したことで,国内で初めてイヌワシの繁殖失敗の重要な原因として,餌不足を指摘することができた.
しかしながら,人工給餌の実施は多くの労力を必要とする上,給餌の成功率も決して高くない.1703では,雌親は給餌した餌を捕ったが雄親は捕らなかったことなど,成否の鍵を個体差が握っている可能性も示唆される.また,1704では17回も実施し,給餌場にかなり近い位置に出現したにも関わらず,イヌワシは給餌した餌に全く関心を示さなかった.さらに,人工給餌は定期的に餌の供給が可能で,その結果が観察できるような地形に恵まれた場所で実施しなければならない.ところが,そのような場所は,山莱採り,林業作業者,登山者などの調査員以外の不特定多数の人間が出入りする場所でもある.人工給餌の様子を第3者に見られることは絶対に避けねばならず,そのために払われる労力は,人工給餌を実施する際に極めて大きい.また,継続すればするほど見つかるリスクが大きくなるというジレンマを抱えている.よって,人工給餌による保護対策はあくまで暫定的なものであり,根本的な解決策のない段階で,緊急的な措置としての実施に留めるべきである.

3.イヌワシの繁殖成績に影響を与える要因

猛禽類の繁殖成績に影響を与える要因として,人間の接近,餌供給量,気候条件,疾病,事故などが挙げられる(Newton 1993).また,日本におけるイヌワシの繁殖失敗の原因は,開発行為や人間の接近による人為的原因が多く,特に造巣期における人為的原因の事例が最も多いとされている(日本イヌワシ研究会 1994).
一方,北アメリカのSnake Riverの事例によれば,繁殖期の前のJackrabbitの豊かさが繁殖成否を推定する際の一番の要因として挙げられ,さらに餌量が少ない時には気温の低さが産卵するペア数に影響を与える.また,餌動物の生息密度は,卵の孵化日と負の相関があることが報告されている(Steenhof & Kochert1993).また,1982年から1989年にはイヌワシの繁殖成功率が0.77であったのが,VHPウイルスによりウサギの個体数が減少し,1990年から1992年には繁殖成功率が0.38に低下した.この時には,産卵段階で繁殖に失敗するイヌワシが多くなったが,繁殖に成功したペアの巣内雛数には変化がなかった.これは,春にVHPウイルスにより死亡したウサギが餌として供給されたからであった(Watson1997).さらに,岩手県の北上高地における1990年代からのイヌワシの繁殖成功率の急激な低下は,監視ビデオを使用した調査により,食物供給の不安定化によるものと推測されている(関山ほか1994).
今回の調査では,イヌワシの繁殖成績に影響を与える要因として,同一テリトリー内の複数の営巣地の巣間距離,餌量や餌動物の多様性で示される餌条件,自然発生的な事故など様々な要因が確認された.なかでも,食餌率と繁殖成功の間に関連があったこと,造巣・抱卵期前の人工給餌により繁殖成績が向上したことなど,複数の結果から餌条件と繁殖成績の関係が明らかになった.これらのことから,繁殖期前の餌条件の良し悪しは親鳥の栄養条件を左右し,繁殖行動の開始と進行状況に影響を与え,抱卵期の餌供給量は親鳥の抱卵意欲の鍵となり,育雛期の餌条件は雛の生存に直接影響を及ぼすと推測される.
しかし,餌条件の悪化の原因は,餌動物の生息密度の低下によるものか,イヌワシの狩猟可能環境の消失によるものかは判断が難しい.岩手県北上高地では,高地の4割がうっ閉した針葉樹人工林に成長し,餌動物の減少と狩り場の喪失したことが,繁殖成功率が20%台に低下した原因であると推定され,また繁殖率は,針葉樹林人工率や人工草地のテリトリー内の比率と負の相関を示すことが報告されている(関山ほか2000,関山ほか1995).スコットランドのArgyllでは,イヌワシの行動圏の40%が植林されると,10年後には繁殖率が低下し,生息地を放棄する割合が高くなることが報告されている(Watoson 1992).
岩手県と福井県の1人あたりの狩猟者登録数の捕獲数の推移から判断すると,主な餌動物であるノウサギやヤマドリの生息密度が減少していると推察された.さらに,行動圏内に疎開地が多いほど主要な餌であるノウサギの個体数も多くなり,疎開地で狩猟を行うイヌワシにとって,より一層好都合な生息環境が維持され,繁殖成績が良好に保たれるのであろう(岩手県生活環境部自然保護課 1999).

Y.おわりに

−イヌワシの繁殖成功率の低下原因の推論とその保護管理のための条件−

イヌワシの繁殖成績を決定する要因のなかで,最も大きな影響があるのは,餌量や餌種に代表される餌条件の多様性であると推定される.

11月,山々の木々が落葉する頃,イヌワシは求愛期を迎え,ペアで行動しテリトリーの確立のためのディスプレイ飛翔をする事が多くなる.12月に入ると巣材搬送などの本格的な繁殖活動を始める.この頃,イヌワシの栄養条件が良好な状態に保てるような餌量が供給されれば,繁殖行動は順調に進み,早い段階で産卵をするのではないだろうか.ところが,この頃の主要な餌であるノウサギやヤマドリの生息密度が低ければ,また冬の気候が平年より厳しく,狩猟行動が順調に行えないなどの場合には,餌供給量が低下し,一層多くの時間を餌を確保するために使うことになり,求愛,巣材搬送,交尾などの繁殖活動に使える時間が少なくなる.このことは,繁殖行動の進行の妨げとなり,ある一定レベルの栄養条件を超えない場合,繁殖行動が中止されるのではないかと推定される.抱卵期に入ると,餌供給はほとんど雄の捕食活動に左右されるようになり,一層効率的な餌供給が要求されるであろう.雄から雌への餌供給量が少なければ,雌の栄養条件が悪化し,空腹に耐えられなくなった雌は狩猟のために巣を空け,さらには抱卵の放棄へと発展する.育雛初期には,雄の餌供給だけで,雌と巣内雛の餌量を確保しなければならなくなり,抱卵期以上に雄の餌供給量が重要性を増すであろう.雛の成長に伴い抱雛時間が短くなるにつれ,雌も狩猟に出ることが可能になり,特別な事故がない限り繁殖失敗の可能性は低くなるであろう.しかし,この頃の山々は緑で覆われ,ノウサギやヤマドリの狩猟は次第に困難になる.そんな餌条件を改善してくれるのがヘビ類であり,イヌワシはヘビ類を食いつなぎながら,夏場を乗り切るのではないだろうか.

このような推論に基づくならば,イヌワシの繁殖成功率が1990年代になり急激な低下に至った最も大きな要因は,餌条件の多様性の消失ではないかと推定される.よって繁殖成功率を向上させ,イヌワシの個体群の衰退を食い止めるには,餌条件の改善,つまり餌動物の生息環境の改善という大きな問題を解決せねば,根本的な解決とならないのではないだろうか.

イヌワシの保護対策を適切に立案するには,まず繁殖状況のモニタリングを継続し,繁殖状況の把握に努め,失敗した際にはその原因を特定することが重要である.その上で,造巣・抱卵期の繁殖失敗の事例が多ければ,まず餌条件の多様性の消失に起因している可能性が高く,テリトリー内の餌動物の生息密度を向上させ,さらにイヌワシが狩猟可能な環境の維持管理を実施しなければ繁殖成績は改善されないと考えられる。

日本国内のイヌワシの積極的な保護対策は,一部にイヌワシと林業との共存のための森林施業法をモデル的に調査するために,狩り場の環境を造成した事例,雛の移入事業,巣の補修などの取り組みはあるが(由井ほか1999,財団法人日本鳥類保護連盟1998),何らかの開発行為が計画された時に初めて実施される場合がほとんどである.このことは,言い換えれば,皮肉にも開発行為がなければ保護対策が議論されない状況にあり,また,恒久的な餌不足に陥っているイヌワシを守るためには,開発行為の際の工事時期の配慮や改変エリアを営巣地への影響が少ないと判断される一定の距離に離すなどの対策では,不十分であることを示すものである.ニホンイヌワシの繁殖成功率が低下し,本種の絶滅が危倶されるようになった今日,生息地全体の環境のエコアップと人間生活との共存策を模索する時代が来たと思われる.

まずそのためには,恒常的にイヌワシの生息環境に影響を与え続けていると思われる森林施業者との連携を密にし,根本的かつ継続的な共存対策が必要であろう.秋田県田沢湖町のイヌワシ生息地では,イヌワシ共存施業試験区を設け,うっ閉状態にある植林地の間伐や,帯状あるいは小面積分散型皆伐の導入により,ノウサギの生息密度やイヌワシの採餌行動の観察頻度が調査された.その結果,イヌワシの冬期間の採餌場として有効な高齢級天然林の残存,ヤマドリの餌資源確保のための30年生以上の結実木林の保残,立て木施行による優良大径木の育成,1〜2ha程度の小面積伐採や幅10〜20mの帯状間伐,植林地内の混入広葉樹の保残,ササの除去,環境保全に配慮した林道網の整備などが提言された(秋田県生活環境部1998).ここでは,根本的かつ継続可能な人とイヌワシとの共存対策が試みられようとしている.

一方,福井県のイヌワシ生息地には,これまで主に行われてきた拡大造林の結果として,スギ不成績造林地が存在している.また,近年,この不成績造林地を健全な針広混交林に導くための手法が検討されている(豪雪地帯林業技術開発協議会 2000).よって,このような手法を導入し,スギ不成績造林地の改良に当たって,短期的あるいは長期的なイヌワシの採餌場としての機能の付与に十分配慮していくことは,具体的で実現可能な共存対策として検討に値するものであろう.

イヌワシは,広い行動圏を持つことから,生物多様性を保全する上での目標種(アンブレラ種)であり,イヌワシの保護管理,特にその生息環境の保全を実現することは,傘下の他の種も同時に保全されるであろう(樋口1996).

希少猛禽類の保護管理は,エンドレスである.

Z.要約

  1. 福井県におけるニホンイヌワシ Aquila chrysaetos japonica の繁殖失敗の主要因が,餌不足ではないかとの仮説を検証するために,1996年から2000年にかけて,繁殖状況のモニタリング調査と人工給餌の効果測定調査を実施した.
  2. 繁殖状況のモニタリング調査は,1991年から1994年までの期間に,ペアと営巣地が確認された6テリトリー(A・Bランク)を対象とし,人工給餌の効果測定調査は,1991年から1994年までの期間に,繁殖成功した事例がなかった4テリトリー(Bランク)を対象として実施した.
  3. 調査は,福井県希少猛禽類調査委員会が,延べ801定点に延べ1,080人の調査員を配置し,延べ370日,延べ333,936分(平均417±200.8(SD))にわたって実施した.
  4. 繁殖状況のモニタリング調査は,目視による定点観察調査とインターバル方式の監視カメラ調査を併用した.目視観察は,最大調査時間を午前6時〜18時に設定したが,時間が確保できない場合は,最低4時間の以上の調査時間を確保した.監視カメラは,作動時間午前5時〜19時,インターバルを1〜2分,録画時間を3〜4秒に制御し録画した.
  5. 1704では,雌の交替を境に営巣地が変わり,過去の営巣地は全く使用されなくなった.その他に,過去の営巣地が最近になって使用されなくなった事例が3例あった.また,個体の入れ替わり事例も,前述の事例以外に4例確認された.
  6. 最も繁殖成績の良かった1702は,特定された営巣地の数が最も多かった.
  7. 最大巣間距離は,繁殖成績の良いAランクの方がBランクより長かった.
  8. 1996年から2000年の間の繁殖成功率は,最高50%から最低0%の範囲で変動し,調査期間を通しての平均は,33.3%であった.
  9. 繁殖失敗の時期は,造巣・抱卵期(37例)が巣内育雛期(5例)よりかなり多く,繁殖成績の悪いテリトリーほど造巣・抱卵期での失敗事例が多い傾向にあった.造巣・抱卵期の繁殖失敗および巣内育雛期の繁殖失敗の比率のいずれもが,人間活動域との間に相関関係はなかった.
  10. テリトリーコード1705の2000年の調査では,抱卵放棄の事例が確認され,放棄の理由は餌不足と推定された.
  11. テリトリーコード1704の2000年の調査では,巣内育雛中に雄親の消失,雌親の単独の育雛,亜成鳥の雄の侵入と定着,巣内雛の死亡と新しい雄による捕食が観察された.
  12. 目視観察調査と監視カメラ調査から得られた巣内育雛期の累積食餌率の間には有意差はなく,巣内育雛期に繁殖失敗した事例と繁殖成功した事例の累積食餌率には,有意差があった.
  13. 人工給餌が成功したのは,4テリトリーの内の2テリトリーだけで,1703では育雛期に,1705では育雛期と巣外育雛・幼鳥期から求愛・造巣期にかけての2期にわたって成功した.人工給餌が成功したテリトリーの繁殖成績は向上した.特に,4年間に40回の人工給餌を成功させた1705では,繁殖成功率が0%から75%に向上した.
  14. 繁殖成績が最も良い1702の繁殖時期は最も早く,また,人工給餌によって繁殖成績が向上した1705の繁殖時期は徐々に早くなる傾向にあった.
  15. 巣内育雛期に確認された主な餌種は,ニホンノウサギ,鳥類(主にヤマドリ),ヘビ類であったが,テリトリーによってその比率には違いがあり,ノウサギと鳥類に偏っている型,ノウサギ,鳥類,ヘビ類の割合が均等な型,ヘビ類に偏っている型の3つに分類された.
     
  16. 今回の調査から,福井県のイヌワシの繁殖成績に影響を与える主な要因として,同一テリトリー内の巣間距離,餌量や餌動物の多様性で示される餌条件,自然発生的な事故などが挙げられた.中でも,繁殖成否は餌条件に最も大きな影響を受けていると推定される.
     
  17. イヌワシの保護対策は,何らかの開発行為がある場合には議論されることが多いが,恒久的な餌量の不足に陥っていると推定されるイヌワシを保護管理するためには,開発行為の際の工事時期の配慮や改変エリアを営巣地から離すなどの対策では不十分で,生息地全体の環境のエコアップが必要であろう.
     

[.引用文献

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本ページは、「希少野生動物種の保存事業(イヌワシ保護対策)調査報告書 2001 福井県自然保護センター」を、HTMLファイル化したものである。