わたしたちが生活している地球上は豊かな緑に覆われ,空には鳥やチョウが舞い,地上にはネズミが走り,川や湖には魚が泳ぎ,それらは生物多様性という言葉で表現される.現在,日本は,そして福井県は豊かな自然環境に満ちている.しかし,野生生物の種は急速に減少しつつあることに注目しなければならない.生物多様性には,3 つのレベルの多様性がある.つまり(1 )遺伝子の多様性,(2 )種の多様性,(3 )生態系の多様性である.われわれは自然資源の持続可能な利用と生物多様性の保全を計らねばならない.近年,保全生物学の重要性が叫ばれるようになったのはそのためである.
どこの小川にもたくさんいたメダカはもはや絶滅に瀕している.1938 年発行の「原色福井県昆虫図譜」にはタガメは県下一円に分布とされているが,現在は絶滅危惧T類とランクされる.中学校や高校の生物教材として自由に利用していたトノサマガエルはもはや入手困難になってしまった.
絶滅のおそれのある野生生物を保全するために,国際自然保護連合(IUCN )は保全のためのカテゴリー(レッドデータブックカテゴリー)を定めた(1984 ).そのカテゴリーは1994 年改訂され,それを受けて環境庁(現環境省)は,IUCN 新カテゴリーに準拠した日本の新たなレッドデータブックカテゴリーとして,「絶滅」,「野生絶滅」,「絶滅危惧TA 類」,「絶滅危惧TB 類」,「絶滅危惧U類」,「準絶滅危惧」,「情報不足」等を策定した(環境庁,1997 ).詳細は別表を参照していただきたい.さらに本書では,福井県カテゴリーとして,「県域絶滅」,「県域絶滅危惧T類」,「県域絶滅危惧U類」,「県域準絶滅危惧」,「要注目」を区分した.
福井県版レッドデータブックは,福井県における野生生物の生息生育状況を現時点で評価し,絶滅のおそれのある種の現状をとりまとめ,また,それを公表することにより,本県の生物多様性を保全する観点から,野生生物の適切な保全対策,県民の普及啓発施策の推進を図ることを目的とする.そして,期待される効果として,福井県に生息生育する野生生物種を絶滅させないための各種施策の基礎資料として活用できる,環境アセスメントの実施に当たって,特に配慮すべき生物種を明確化することができる,自然との共生に向けて県民や事業者の自然環境保全に係る意識の高揚に資することができる,以上のようなことが考えられる.
レッドデータブックの活用によって,豊かな生物多様性が保全されることを念願するものである.
2004年(平成16年)3月
福井県自然環境保全調査研究会 会長 佐々治 寛之
(1) 作成の目的
レッドデータブックとは,絶滅のおそれのある野生生物をリストアップし,それぞれの種についての生息・生育状況や絶滅の危険度について解説した報告書である.そのはじまりはIUCN (国際自然保護連合)から1966 年に出版された世界レベルでの報告書だが,その後各国で順次出版され,日本でも環境省(旧環境庁)等により,国内の野生生物についてまとめたものが刊行されている.これらの報告書は各種開発行為の実施等に際し,自然環境の保全や野生生物の保護に配慮するための基礎情報として多方面で活用されている.しかしながら,本来,野生生物の分布状況や生息・生育密度は地域によって異なるため,全国的には絶滅のおそれが低くとも地域的には存続が危ぶまれるという種も存在する.そこで必要となるのが,対象地域を絞り込んだ地方版レッドデータブックであり,すでに多くの都道府県においてその作成が検討・実施されているところである.
本書は,福井県に生息する野生植物を対象に,最新の知見をもとにそれぞれの種の現時点での絶滅のおそれを評価した福井県版のレッドデータブックであり,今後,本県における生物多様性保全への取組みのための基礎資料として活用されることを目的に作成されたものである.
(2) 調査・検討体制
福井県の生物多様性に関する調査は,福井県自然環境保全条例に基づき1973 年から定期的に福井県自然環境保全調査研究会によって実施されてきた.同研究会は,県内の大学,小中高校の教職員および民間の研究者等で構成された団体であり,最近では平成4 年度から平成10 年度にかけて,県内全域を鳥獣,昆虫,陸水生物,両生爬虫類,陸産貝類,地形地質,植生,景観の各分野で調査を実施している.また,その成果は,「福井県のすぐれた自然」,「福井県昆虫目録」,「福井県の陸水生物」,「福井県の両生類・爬虫類・陸産貝類目録」等の報告書にまとめられるとともに,本県のホームページを通して広く一般に公開されている.
本書を作成するにあたって,同研究会の会長をはじめとする県内外の専門家による「福井県版レッドデータブック作成検討委員会」を設置し,作成方針等について検討を行った.同研究会は,その方針に基づき,これまでに集積した情報を基礎とし,必要に応じて補完調査を並行させながら平成11 年度から平成13 年度までの3年間で動物編,平成13年度から平成15年度までの3年間で動物編の具体的な編集作業を進めた.
委 員(アルファベット順)福井県版レッドデータブック作成検討委員会
委 員 名 所 属(設置当時) 茨 城 康 弘 (財)自然環境研究センター 主任コーディネーター 小 林 巌 福井県自然環境保全審議会会長 佐々治 寛 之 福井大学教育地域科学部教授(福井県自然環境保全調査研究会長) 植 田 明 浩 環境庁自然保護局野生生物課野生生物専門官 横 山 俊 一 福井大学教育地域科学部助教授 福井県自然環境保全調査研究会
企画委員会
部 会 氏 名 所 属 鳥獣部会 林 武 雄 日本鳥類保護連盟理事 両生・爬虫類部会 長谷川 巌 武生市武生東小学校長 陸水生物部会 加 藤 文 男 仁愛女子短期大学教授 昆虫部会 佐々治 寛 之 福井県自然環境保全調査研究会長 植物部会 横 山 俊 一 福井大学教育地域科学部助教授 植物部会
氏 名 所 属 備 考 安 達 誘
福 永 吉 孝
平 山 亜希子
石 本 昭 司
北 川 博 正
小 林 則 夫
黒 田 明 穂
松 村 敬 二
斉 藤 寛 昭
斎 藤 芳 夫
澤 崎 孝 也
多 田 雅 充
上 坂 正 夫
若 杉 孝 生
渡 辺 定 路
横 山 俊 一福井陸水生物研究会
福井県立嶺南西養護学校
福井県自然保護センター
元福井県立大野高等学校
元勝山市立荒土小学校
元勝山市立勝山南部中学校
福井県立勝山南高等学校
元勝山城博物館
元福井県立鯖江高等学校
日本シダの会会員
福井県立丹生高等学校
福井県自然保護課
元福井県立若狭高等学校
福井総合植物園
福井市自然史博物館
福井大学教育地域科学部
監修者
監修者
監修者
部会長調査・編集協力(アルファベット順)
- 浅妻正子 福井市自然史博物館 福井総合植物園 神田美奈子 川内一憲 三原学 関岡裕明 柴田亮俊 八木健爾 吉村洋子
写真提供(アルファベット順)
- 青木進 安達誘 榎本博之 福井県自然保護センター 福井県植物研究会 福永吉孝 石本昭司 小林則夫 松本淳 小川憲彰 若杉孝生
- この他,福井県植物図鑑から多くの写真を転載した。
(3) 評価の基準
評価基準は,環境省のカテゴリーの定性的要件(別表参照)を基本としながら,福井県が現時点で有する評価のための情報を考慮して表のとおり定めた.
また,個々の種の評価にあたっては,本書に掲載した種が環境省のレッドデータブックに掲載されている場合,原則としてそのランクを環境省のカテゴリー以上とした.
福井県レッドデータブックカテゴリーの定義
- ●県域絶滅
- 福井県内では野生では絶滅したと考えられる種
過去に福井県に生息したことが確認されているが,福井県において野生ではすでに絶滅したと考えられる種
- 【確実な情報があるもの】
- (1)信頼できる調査や記録により,すでに野生で絶滅したことが確認されている.
- (2)信頼できる複数の調査によっても,生息が確認できなかった.
- 【情報量が少ないもの】
- (3)過去50 年間前後の間に,信頼できる生息の情報が得られていない.
- ●県域絶滅危惧T類
- 絶滅の危機に瀕している種
- 現在の状態をもたらした圧迫要因が引き続き作用する場合,野生での存続が困難なもの.
次のいずれかに該当する種
- 【確実な情報があるもの】
- (1)既知のすべての個体群で危機的水準にまで減少している.
- (2)既知のすべての生息地で,生息条件が著しく悪化している.
- (3)既知のすべての個体群がその再生産能力を上回る捕獲・採取圧にさらされている.
- (4)ほとんどの分布域に交雑のおそれのある別種が侵入している.
- 【情報量が少ないもの】
- (5)それほど遠くない過去(30 年〜50 年)の生息記録以後確認情報がなく,その後信頼すべき調査が行われていないため,絶滅したかどうかの判断が困難なもの.
- ●県域絶滅危惧U類
- 絶滅の危険が増大している種
- 現在の状態をもたらした圧迫要因が引き続き作用する場合,近い将来「絶滅危惧T類」のランクに移行することが確実と考えられるもの.
次のいずれかに該当する種
- 【確実な情報があるもの】
- (1)大部分の個体群で個体数が大幅に減少している.
- (2)大部分の生息地で生息条件が明らかに悪化しつつある.
- (3)大部分の個体群がその再生産能力を上回る捕獲・採取圧にさらされている.
- (4)分布域の相当部分に交雑可能な別種が侵入している.
- ●県域準絶滅危惧
- 存続基盤が脆弱な種
- 現時点での絶滅危険度は小さいが,生息条件の変化によっては「絶滅危惧」として上位ランクに移行する要素を有するもの.
- 次に該当する種
- 生息状況の推移から見て,種の存続への圧迫が強まっていると判断されるもの.具体的には,分布域の一部において,次のいずれかの傾向が顕著であり,今後さらに進行するおそれがあるもの.
- a 個体数が減少している.
- b 生息条件が悪化している.
- c 過度の捕獲・採取圧による圧迫を受けている.
- d 交雑可能な別種が侵入している.
- ●要注目
- 評価するだけの情報が不足している種
- 地域的に孤立しており,地域レベルでの絶滅のおそれが高い個体群
- 環境条件の変化によって,容易に絶滅危惧のカテゴリーに移行し得る属性(具体的には,次のいずれかの要素)を有しているが,生息状況をはじめとして,ランクを判定するに足る情報が得られていない種
- a )どの生息地においても生息密度が低く希少である.
- b )生息地が局限されている.
- c )生物地理上,孤立した分布特性を有する(分布域がごく限られた固有種等)
- d )生活史の一部または全部で特殊な環境条件を必要としている.
- e )生息状況,学術的価値等の観点から,レッドデータブック掲載種に準じて扱うべきと判断される種の地域個体群で,生息域が孤立しており,地域レベルで見た場合,絶滅に瀕しているかその危険が増大していると判断されるもの.
- f )地方型としての特徴を有し,生物地理学的観点から見て重要と判断される地域個体群で,絶滅に瀕しているか,その危険が増大していると判断されるもの.
(別表)環境省のカテゴリー(環境庁,1997)
[PDFファイル,1,116KB] (4) 選定結果
@カテゴリー別選定種数
【福井県カテゴリー別一覧】 絶 滅 絶滅危惧
T類絶滅危惧
U類準絶滅危惧 要注目 総 計 維
管
束
植
物シダ植物 1 31 13 10 9 64 種子植物 12 128 117 66 71 394 小 計 13 159 130 76 80 458 淡水藻類 12 3 19 34 合 計 13 171 130 79 99 492
【環境省カテゴリー別一覧】 ※環境省カテゴリー:「改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物」
(財団法人自然環境研究センター2000)による分類絶 滅 絶滅危惧
TA類絶滅危惧
TB類絶滅危惧
U類準絶滅危惧 総 計 維
管
束
植
物シダ植物 4 5 9 種子植物 1 6 27 58 12 104 小 計 1 6 31 63 12 113 淡水藻類 12 3 15 合 計 1 49 63 15 128
- A選定種一覧表
- ・環境省カテゴリー
- 「改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物」(財団法人自然環境研究センター2000)に基づいて記載した。
- [HTMLファイル,110KB]
種名1) 科名 福井県カテゴリー 学名1) 環境省カテゴリー2) ●選定理由 生育地の数と個体数およびそれらの減少傾向、既知の生育地における生育状況等について記載してある。 ●生育環境 当該種の生育環境について記載してある。 ●危険要因 当該種の存続にとって脅威となっている要因で、現在または過去に働いたもの、なら びに近い将来に予測されるものを列記してある。 ●分布域
- 【県内】
- 現時点での確実な生育地を示すものではなく、「福井県植物誌」(渡辺2003)および植物部会員から提出された過去における確認記録を基に分布情報が得られた市町村を掲載した。これらの中には最近の確認情報がなく、生育地が消失した可能性のある市町村も含まれている。なお、「あわら市」については「旧芦原町」と「旧金津町」に区分してある。
- 【国内】
- 日本における分布について記載してある。
注)1: 維管束植物においては主に平凡社刊「日本の野生植物」(1981〜1992)に基づいて、淡水藻類においては主に内田老鶴圃新社刊「日本淡水藻図鑑」(1977)に基づいて記載した。 2: 維管束植物においては「改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物 植物(維管束植物)」(環境庁然保護局野生生物課2000)に基づいて、淡水藻類においては「改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物 植物(維管束植物以外)」(環境庁自然保護局野生生物課2000)に基づいて記載した。 3: 本文に記載した県内の分布域を図で示した。「あわら市」については「旧芦原町」と「旧金津町」に区分してある。
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