51(越美山地)部子山周辺地区−−−−5万分の1地形図【大野】−−−−−−

〔概 要〕〔地形・地質〕〔植 物〕〔鳥 獣〕〔昆 虫〕〔爬虫類等〕〔陸水生物〕〔景 観〕

51 部子山周辺地区                             [⇒位置図]

〔概 要〕
 部子山(1464.6m)及び銀杏峰(1440.7m)を含むこの地区には、秋生断層
と根尾谷断層があり、それらによる著しい破砕帯の存在及びそれを反映した断
層地形に特徴がある。
 植相は、部子山のやや孤立状地形の斜面、山頂にクリ−ミズナラ林、ブナ−
ミズナラ林、ブナ極相林、ダケカンバ林及びチシマザサ草原による規則的で垂
直的な植生帯が形成されている。夏緑広葉樹林に優占される温帯原生林及び代
償林構造の典型である。組成的には、日本海型の中で、特にオオカメノキ型が
顕著である。
 鳥類では、ヒヨドリ、ホオジロ優占の地区で、矮林叢にはウグイスが多い。
部子山の南に連なる夏緑広葉樹林は、森林性鳥類の生息環境としてすぐれてい
る。
 昆虫相は全般的にかなり豊富で、種構成も変化に富んでいるが、注目すべき
種はそれほど多く記録されていない。
 爬虫類等の生息環境は、豊かな自然植生、渓流及びそれらに沿った荒地・水
田など多角的な自然条件下におかれており、恵まれている。
 この地区は、水海川、部子川など、足羽川に注ぐ支流の地域にあたり、藻類
は約30種で普通の分布を示すが、水生昆虫は各所の砂防工事のため自然な生息
状態の所は少ない。魚類はイワナ、ヤマメが生息するが少ない。
 部子山、銀杏峰を中心に、広い地域にわたって、ブナ、ミズナラを主とする
夏緑広葉樹林が分布し、山頂部に風衝草原をもって自然度の高い山岳森林景観
を呈しており、また眺望性にもすぐれて奥越を代表する山岳景観の一つとなっ
ている。


〔地形・地質〕
 部子山はすぐ東方にある銀杏峰と共に、この付近では突出した山稜である。
それらの山頂付近と巣原峠の南西方に、緩斜地が分布しているが、それ以外は
急斜した山腹をもった山である。早〜満壮年期の段階にあるといえよう。この
地区には、顕著な断層地形に関係したとみられる秋生断層と根尾谷断層がある
。秋生断層は巣原から巣原峠を通って西北西方向に延びている。この断層は、
地質学的には、越前地方東部において構造単元を画する極めて重要な断層であ
る。この断層による破砕帯が水海川上流の部子山登山道に至る林道付近によく
露出している。他方、温見断層(根尾谷断層)は、温見から熊河峠を経て北西
方向に延びている。この断層は著名な活断層であり、1891年濃尾大地震の折、
大きく変位した。その推定延長部が、1948年の福井地震でも活動したとされて
いる。この断層による破砕帯の好露出は、池田町美濃俣地すべり地でも見つか
っていない。しかし、この破砕帯地すべりは、この断層運動に起因するものと
理解されている。
 地理学的には、この地区を大きく3つに区分できる。秋生断層より北側は、
花崗岩類を基盤として中新世前期の火山岩累層(糸生累層)が広く被っている
。この基盤を構成するのは、古期花崗岩(約2億年〜1億5千万年前)と新期
花崗岩(約8千万年〜5千万年前)であり、いずれも部子川と宝慶寺川の河床
に沿って狭小な露出を示す。また、温見断層より南側は美濃帯中・古生層を基
盤とし、その上位に前記の火山岩累層が分布している。美濃帯中・古生層は、
主として砂岩・頁岩から構成され、その地質構造は複雑である。地層の傾斜は
どこでも垂直に近い。さらに、秋生断層と温見断層とに挟まれた雲川ダム西側
の三角地区は、極めて複雑な構造を示しており、古生代から新生代までの各種
地層が断片状に分布する。前述した地層以外に、古生代雲川層、中生代本戸層
、足羽層、新生代の西谷流紋岩類などがみられる。
 この地区では、秋生断層、温見断層による著しい破砕帯の存在及び、それを
反映した断層地形が特異といえよう。


〔植 物〕
 大野市と今立郡池田町の境にある部子山を中心とし、東側に銀杏峰をひかえ
る山地群であるが、全体的に比較的ゆるやかな山腹斜面地形からなる地区であ
る。
 夏緑広葉樹林帯の典型的な生態系が構成される地区で、下部から山頂に向っ
て、クリ−ミズナラ林、ブナ−ミズナラ林、ブナ極相林、ダケカンバ林、自然
草原が顕著な垂直分布を構成している非常に安定したすぐれた自然環境である
。
 それらの中、生態地理学的に貴重な群落帯のひとつとして、部子山の山頂付
近にひろがるチシマザサ草原があり、それらの組成は、ヒメモチ、
ハイイヌガヤ、アラゲアオダモ、ミヤマイボタノキを優占種とするチシマザサ
、ヒメモチ群落で、山頂の平坦部に広大にひろがり、基礎自然度も高い値を示
している。
 それらの草原の下部に、ブナ林にやや並列的に分布して、小林叢を呈する
ダケカンバ林が見られ、組成的には、林間、林床ともにやや疎生的であるが、
林床にハイイヌツゲが優占することから、ダケカンバ−オオカメノキ−
ハイイヌツゲ群落として抽出でき、高い自然度を示す。本県のダケカンバ林は
、白山山系の高標高山地の一部に分布し、狭い範囲に限定されるが、分布域は
、ブナ林に並列する場合も、その上部域に分布する場合もある。部子山の
ダケカンバ林はそれらの中の曲型のひとつとして生態地理学的に貴重である。
 部子山の山頂付近におけるブナ林は、ブナ−チシマザサ群団の
オオバクロモジ−ブナ群集が顕著な極相林として分布している。その下部には
、ブナ−ミズナラ林が続き、クリ−ミズナラ林が広い面積にわたってひろがっ
ている。このミズナラ林帯は、部子山の植生帯を代表する林相であり、林間に
はハイイヌツゲ、クマシデ、シナノキ、オオバクロモジ、マルバアオダモ、
ヤマモミジ、林床にはトキワイカリソウ、ニシノホンモンジスゲ、
オオキヌタソウ、チシマザサなどが分布して、全体的にミズナラ−
ハイイヌツゲ−トキワイカリソウ群落として抽出できる。
 更に、ブナ林帯には、かなり広範囲にわたって風衝低木林が分布し、特に、
マルバマンサク、ノリウツギ、オオバスノキ、クロヅル、リョウブなどが優占
するマルバマンサク群落帯が構成され、多雪地域の植生特徴の重要な要素を呈
する。また、それら低木林に並列して、シモツケイソウ、クガイソウ、
シオガマキク、エチゴキジムシロなどが優占する高山草原が介在する。
 以上のように、この地区は、森林植生として基礎自然度が高い好適な自然環
境が構成され、それぞれ組成的に均質で、安定した林相をもつ典型的な群落帯
を構成することから、本県における代表的な自然環境である。
 近年、伐採、植林が急速に進められて、代償林化傾向が著しいので、少なく
とも、標高600m付近から山頂に向かう全域にわたって 保全策を具体的に研究
、計画すべきであろう。


〔鳥 獣〕
 林間ではヒヨドリが、草原ではウグイスが優占している。ウグイスは標高
800m〜1000m付近の低木叢で繁殖する鳥であり、この地域が適地となってい
る。即ち、夏季におけるウグイスの繁殖地は高原的要素を持っているといえる
。ウグイスに托卵するホトトギスも生息する地域である。
 全般的にヒヨドリ、ホオジロ優占であるが、ヒガラ、カケス、キジバト、
アオゲラ、コゲラ、ミソサザイの生息、夏鳥オオルリの繁殖もある。
 頂上から南方に連なる夏緑広葉樹林は遠望ながら、他の調査地域同様、野鳥
の生息および繁殖には適した地域と思われる。
 部子山頂上では、イワツバメ、アマツバメの渡りの群れが見られた。


〔昆 虫〕
 伐採が相当すすみ、また、杉の植林地が多い割には、昆虫相はかなり豊富で
山地性の昆虫が多く、種構成も変化に富んでいる。しかし、調査が行きとどい
ていないためもあって、分布上注目すべき種は意外と多くない。甲虫類では
ベニヘリチビオオキノコムシは県下唯一の産地として記録されたもので、
ネアカチビオオキノコムシは福井県では夜叉ヶ池周辺と本地区だけから記録さ
れ、全国的にも既知産地は少ない。そのほか、比較的珍しい甲虫として、
キンケトラカミキリ、チチブニセリンゴカミキリ、ヒラタクロコメツキ、
タテジマカネコメツキ、フタキボシカネコメツキ、クロナガハムシ、
ヒメゴマダラオトシブミ、ドウイロチビタマムシ、
カタベニチビオオキノコムシ、アカバクロコキノコムシ、
ナガヒメテントウなどがあげられ、なかでもクロナガハムシの多産は注目すべ
きである。
 ハチ類では、ハナバチ類はかなり豊富であるが、ギングチバチ類をはじめと
してアナバチ類は意外に貧弱である。注目すべきハチ類として、高地性の
クロツヤヒメハナバチと低地性のアスワキマダラハナバチがあり、ともにあま
り記録のない種である。
 蝶類では、特記すべき種の生息は認められていないが、ウスバシロチョウの
多産が目立つ。
 その他の昆虫についてはあまりよく知られておらず、今後の調査が望まれる
。


〔爬虫類等〕
 両生類では、タゴガエル、ナガレヒキガエル、カジカガエル、
モリアオガエル等のほかハコネサンショウウオ、イモリ等が生息する。爬虫類
では一般的なアオダイショウ、シマヘビ、ヤマカガシ、マムシ等に加え稀少と
されるタカチホヘビを確認することができた。
 貝類では、県内産陸貝の大半が当地区に生息する点は特質に価する。なお、
広範囲(2kmメッシュ6区)にわたり24種〜27種と高密度に生息することは
他に例のないことであろう。ハクサンマイマイ、クロイワマイマイ、
エチゴキセルモドキ等の特殊分布区域でもある。福井が模式標本となっている
フクイマメシジミの生息が確認できなかったことは残念である。


〔陸水生物〕
 水海川、部子川など部子山に水源をもつ河川の水域である。10kmあまりの
小支流であるが、流水量は比較的多い。各所の砂防工事のため自然な生息状態
を示す所は少なく、特記すべき生物も少ない。
 (藻類)
 水海川の上流で、ホメオスリックス、ネンジュモ、ヒビミドロ、
クノジケイソウ、コメツブケイソウ、アクナンティスなど約30種の付着藻が確
認された。
 (水生昆虫類)
 砂防工事の直接的な影響が回避された流域では、イノプスヤマトビケラ、
キタガミトビケラ、クロツツトビケラなど、山地渓流の特徴種を含んだ種類の
変化に富む生息状態がみられる。その場合も造網型トビケラは少なく、現在量
も多くはならない。


〔景 観〕
 部子山、銀杏峰を主峰とする山地は、ともに広い地域にわたってブナの原生
林に覆われ、山頂には風衝草原もみられるなど自然度の高い林相をもつすばら
しい自然景観の山である。
 この両山を含む地域一帯の山地斜面は、ブナ−ミズナラ林を主とする夏緑広
葉樹林が分布し、特に両山の南側斜面から巣原峠に近い地域にかけては、ブナ
の原生林が分布する。また、銀杏峰山麓の海抜500mにも満たない低い宝慶寺
門前の山地にも、ブナの原生林が残存しているなど、この地区一帯は実に貴重
な森林景観をとどめている。
 宝慶寺より仰ぐ急峻な山容の銀杏峰のながめは、幽邃で深山の趣きが深く、
奥越を代表するすぐれた山岳景観の一つである。鎌倉時代の頃、宗より入朝の
禅僧寂円は、俗塵を払う地を求めてこの宝慶寺の地に来り、ここで寺を開いた
のがこの宝慶寺である。銀杏峰に対峙する寂円の座禅石が今も山中に遺存して
いる如く、禅の修業において、この山の景観(霊気)が大きな役割りを果して
いた様で、銀杏峰を中心とする宝慶寺一帯の景観は、禅の修業における歴史的
自然景観としても貴重である。
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