はじめに

「きょう何か思い切ったことをしないならば、
あしたは何もできないであろう。」

-- Jacques Cousteau




 1991年に、国際自然保護連合(IUCN)、 世界自然保護基金(WWF)および国連環境計画(UNEP)は、 共同発行した本「地球を大切に」のまえがきで、 「文明の存続は今や賭けに委ねられている」 と警告し、私たちが自然資源を不適切に利用し、地球をその容量の極限にまで 追いつめており、人類が危険な状態にあると表明しました。

 この警告後の数年間において地球の状況はそれほど改善されたとは言えません。 環境のほとんどすべての領域が危険な状態にあります。新聞を見るたびに私 たちは、私たち自身や、私たちとこの星を共有する他の生命体の存続 を脅かす事実の報道に出あいます。例えば、毎日150〜200種もの生物種が 絶滅しています。同じ一日の間に、地球の人口は25万人も増えています。オゾン 層の問題や地球温暖化の問題、あるいは有毒・有害廃棄物による水の汚染。廃 棄物処分場はすぐ満杯になってゴミ捨て場に窮し、森林は回復 不可能な速さで消失しています。これらは、私たちの住まいである地球の維持容量 を脅かしている数多くの問題のほんの一部にしかすぎません。

「持続可能性」を求めて

 持続可能性は最初、更新可能な資源の使用に関する用語として生まれました。 活動は、それを無限に続けられるとき持続可能です。もし、更新可能な資源を 更新の速さ以上に採取し利用するならば、その前提は崩れ、そのうち資源 は尽きて、利用を持続できなくなります。

 持続可能な生活とは、自分が生命体のコミュニティの一員であることを理解 し、受け入れ、自分の活動が将来世代やこの惑星を共有する他の生物種に及ぼす 影響を、より深く自覚することを意味します。持続可能性は、比較的新 しい概念であり、既成の社会的・経済的活動の枠組にしばしば相反するため、 持続可能性を真に持続可能なものとして実現するには、新しい生活倫理が必要 です。その実現に成功するには、持続可能性が社会のすべての構成主体 およびレベル--個人、組織、コミュニティ、国家、そして世界--における新しい生活 規範となることが必要です。この新しい生活規範は、若者、女性、男性、村人、都市 住民、宗教団体、その他社会のすべての構成グループに対して促され、 採用されなければなりません。この持続可能な新しい生活規範を採用するには、 多くの人々にとって各自の生活場面での基本的変革が必要でしょう。 それは、人々にライフスタイルを調整し、自然の限界を尊び、 その範囲内で生活することを求めます。現代技術は文明に数多くの恩恵を もたらしましたが、限界をわきまえて利用すれば、それらの恩恵を排除すること なく持続可能性を達成できるでしょう。

持続可能な開発

 現在の環境の危機を克服するためには、「持続可能な開発」--地 球の生命維持システムの容量の範囲内で、人々の生活の質を向上させる開発-- を目標にしなければなりません。今までの「開発」は一国の経済動向と社会 基盤を背景としてのみ考られてきました。「開発」はその中心活動として人々の 生活をより便利に、より健康に、より豊かにするために「環境」を利用し てきました。しかし不幸なことに経済動向重視のあまり「環境」への 配慮が不足し、「開発」はしばしば非持続可能になりました。そして時々「 環境」の再生産能力以上に「環境」を利用し、恩恵をもたらすはずの 人々に害をもたらしたのです。

 1987年に環境と開発に関する世界委員会は、開発は「将来の世代のその必要 を満たす能力を損なうことなく、現在の必要を満たす」場合においてのみ持 続可能であると述べています。

 この本の他の箇所でも記されていますが、開発の欠乏は非持続可能な開発と同じ くらい環境に有害です。貧困に暮らす人々は、しばしば、他の選択肢がな いために、環境に有害な活動に従事します。家族を養うのに心配があるよう な人々に、地球温暖化について心配することを期待することはできないのです。

世界的な運動の広がり

 現在、過去に例をみないほど多数の住民グループが、社会問題や環境問題に 関する運動を行っています。開発途上国においては、現在、 約4,600の先進国の組織が、現地の約20,000の非政府組織(NGO) とともに活動しています。バングラデシュだけでも10,000を超えるNGO の登録があります。スリランカのSarvodala Shramana運動では、小規模 なコミュニティ改善事業に8,000以上の村々が参加しました。フィリピン には、生活と環境の改善のために活動する21,000以上のコミュニティ組織が あります。チリには 27,000、隣国アルゼンチンには約2,000の組織があります。

 この本は、このような持続可能な開発に向けての活動に貢献するべく、 市民社会に献げられています。 そして、環境問題解決のために活動し、地球と持続可能な関係を 結ぼうとしているコミュニティ組織、および、コミュニティの人々とともに コミュニティレベルでの活動に取り組もうとしている国内および国際組織のために 書かれています。また、この本は、主として組織を対象としていますが、個人が 読んでもおおいに得るところがあるでしょう。なぜなら、コミュニティや組織は、結局 個人から成り立っているのですから。

 この本を読むと、なすべきことのあまりの多さに時々圧倒されるかもしれません。 世界の問題は1個人、1組織ではどうにもならないほど大きなものに見えがちです。 プラスチック容器の再利用や新聞紙のリサイクルなどはとてもちっぽけで、 何の変化ももたらさないように思えるかもしれません。 しかし、事実は、「それぞれの人が変化を生み出せる」のです。そして個人の 集まりである組織は「大きな」変化を生み出せます。すべてのグループは個人 からなり、全人類は個人とグループから成りたっています。この惑星が経験し ている数多くの問題を解決するための選択と活動を行うのはあなたであり、 あなたのコミュニティなのです。

 UNEPはこの本で、あなたとあなたの属する組織に対し、持続可能性の 命題への参加を呼びかけています。この本に記されているのは万能薬ではなく、 長期的な持続可能性を実現するために私たちがなすべき活動への指針です。 この本のいくつかの提案は、あなたとあなたの組織が自分たちの活動計画を 立てる際にきっと役立つでしょう。

 人間社会は、文化、宗教、歴史、政治、慣習において多様であり、 富、生活の質、環境の現実においても同様に多様です。 この本では、このような変動要因の多様さを考慮して、原則や活動計画は比較的 ゆるやかな表現で記されているため、個別の状況に応じた応用と解釈が可能です。 世界が持続可能性を達成するにはひとつの道しかないというものではありません。 多様な道筋において、継続的な創造力、試行錯誤、他の事例に学ぶことなどを通じ て達成されていくのです。

 この本は、開発途上国のコミュニティを主な対象として意図されましたが、 提示されている多くのアプローチは、開発途上の「南」にとっても、 開発先進地である「北」にとっても有効なものです。 地球社会をこの2つに区分することは、次第に困難になりつつあります。 「北」においても「南」と同様に貧しく未開発の所があり、 「南」においても開発・工業化の進んだ所があります。また、 「南」における環境問題のいくつかは、「北」で発生した産業技術と関連し、 その対処策は両方の地域にあてはまります。

 この本は2つの部分に分けられます。 第1部は「持続可能な活動の基礎」編であり、 総論的な事項--地球環境、地球経済、各コミュニティの役割、 コミュニティ活動のすすめ方--をとり上げています。 第2部の「問題と解決策」編は 各論として個別の環境問題とコミュニティが取り組める解決策を提示しています。

 この本の完成までに、多数の組織や学術機関、国連機関などから100 名以上の方々が情報や批評、意見を寄せて下さいました。最初の段階では、 第1草稿の検討のために、世界中の、持続可能な生活についての専門家 30名がUNEP本部(ケニアのナイロビ)に集まり、5日間の集中討 議を行いました。この結果第2草稿ができあがり、さらにそれは世界の 6ヶ所の評価グループに送られて再吟味されました。

 しかしこれでおしまいではありません。この本は、第1版出版後も、 新しい情報やご意見をもとに改訂を重ねる予定です。また、 科学が進歩し、私たちの住む世界についての理解が進むにつれて、環境問題に 関する新しい発見やコミュニティの解決策が最新版にもり込まれていくでしょう。

 この本が、情報と勇気をもたらすことを願っています。世界をよりよい方向 へと変えていくためには、私たちが何かをすることを決意しなければなりませ ん。そして、それは第1歩を踏み出すことから--あるいは、おそらくこの本の 第1章から--始まるのです。


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