生物多様性の問題

(Biodiversity)

「動物たちが助けを求めて私たちのもとへくる時、
彼らの話すことがわかるだろうか?
植物たちが繊細な言葉で私たちにささやく時、
彼らに応えることができるだろうか?
この惑星自身が夢の中で私たちに歌いかける時、
目ざめて応じることができるだろうか?」

-- Gary Lawless

生物多様性の問題についての現況

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生物多様性の医療、産業での利用
生物的依存
解決策を探る
活動しよう!
医療分野での利用例
成功事例

 球上の生物の多様性は、 複雑なつづれ織のようであり、生命活動が共生し、相互に依存しながら働き合い、 美しく、不思議で、かつ謎めいています。 地球上の生物種の数は、宇宙の目に見える星の数よりも多いと言われ、 控え目にみても1億に達すると推定されます。このうち、現在までに発見され、 命名されているのは約170万種の動植物と微生物にすぎません。

 生物学的な生命の多様性、普通の言い方では生物多様性が最も豊かなのは、 開発途上国です。これは、先進国では多くの野生動物の生息地が破壊されたこと、 およびあまり開発が進んでいない熱帯地方の諸国において生物種が より豊かであることによります。熱帯の森林は地球全体の生物多様性の約半分を 擁していると言われます。例えば、ボルネオの熱帯雨林では、15ヘクタールの区域に 約700種の樹木が特定されており、これは北米全体の樹木種数に匹敵します。

 地球の大部分は水に覆われていますが、そこには多くの生物種が生きています。 深海底は部分的にしか研究されていませんが、とても生物多様性に富むことが 最近確かめられつつあり、約1千万種もの、そのほとんどが未知の、生物種がいると 推定されています。また、南アメリカの淡水湖では、全淡水魚の推定40%が、 まだ分類されていません。

 このような生物多様性は、何百万年もかかって、現在の豊かで、 信じられないくらいに複雑かつバランスのとれた状態に至りました。それが今、 私たちの生涯の間に、人間活動によって大量に破壊されようとしています。 生物種の絶滅は、他の地球規模の生態学的問題と同様に、急速に進行しています。 しかし、他の多くの環境問題と異なり、それは完全に復元不可能です。 絶滅は永遠なのです。

 生物多様性の損失は、この本で扱う全問題と直接的に関連します。 人口過剰から森林破壊に至るまで、人間活動が私たちとこの地球を共有する 他の生物種の存在を脅かしています。生物多様性の損失と生物資源劣化の 主要な原因として、森林の大規模な伐採と焼き払い、サンゴ礁の破壊、破壊的漁法、 動植物の過剰採取、希少野生動植物種の不法取引、殺虫剤の無分別な使用、 湿地の放水と埋立て、大気汚染、および原野の農地・宅地への転用が挙げられます。

 これらの原因の多くがそれ自身、より深い問題の徴候です。生物多様性損失の 根本原因は、多くの場合、経済、人口、および政治の基本的動向に由来します。 それは例えば、熱帯木材、野生生物、繊維製品、農産品等の消費動向およびそれに伴う 市場需要の動向です。人口増加ももうひとつの重要因子です。人口増加は、 たとえそれに比例する経済成長がなくても、すでに疲弊と圧迫の下にある自然資源 と生態系への要求を高めます。ブラジルに見られるような移住政策は、 増大する未雇用労働者の未開地域への移動を促進しています。

 国際的負債もまた、生物多様性保全に逆行する経済的環境をもたらします。 負債の重荷はしばしば、多くの開発途上国に、外貨の稼げる換金作物の生産増を 促します。また、世界の多くの国々のエネルギー政策は 非効率的なエネルギー利用を助長し、その結果、大気汚染物質の重荷と 地球的気候変動の確実な危険性を高めています。




生物多様性の医療・産業での利用

 世界の6割以上の人々が、医薬品を植物に直接依存しています。 例えば中国では、国内で同定された推定3万種の植物のうち、5千種以上を医療に 利用しています。西洋では、大部分の医薬品が生物起源の自然物質の研究から 誕生しました。米国で書かれる全処方箋の4割以上が、野生生物 (きのこ類、バクテリア、動植物)起源の薬品を1つ以上含みます。

 野生動植物種は、医療以外にも高い商業的価値を有します。それらは、タンニン、 樹脂、ゴム、油脂、染料その他の商業的に有用な物質の源として、産業界にとって 大変重要であり、かつその重要性は高まっています。現在未知の、あるいは、 少ししか知られていない動植物種から、新しい産業製品が生まれる高い可能性が あり、その中には、エネルギー源として石油と代替可能な炭化水素類も含まれます。 例えば、北ブラジルにのみ生育するある樹木は、6カ月ごとに、1樹木あたり 20リットルの樹液を生み出しますが、この樹液は直接、ディーゼルエンジンの 燃料として使用可能です。ブラジルではまた、とうもろこしからメタンが生産され、 自動車用にサービスステーションで販売されています。 メタンの生産と利用により、石油の輸入に必要な何百万ドルもの外貨が 毎年節約されているのです。

 有史以前の昔から、人類は遺伝的生物多様性を利用して、様々な栽培植物や 家畜を開発し、農業、林業、畜産業、そして漁業に役立ててきました。また農民は、 遺伝的生物多様性の利点を活かして、複数種の作物を植え付けることで、 作物の全滅を予防することができます。例えばアンデス山地の農民は、 数種類のポテトを植え付けます。その結果、天候の如何にほとんど無関係に、 良好な収穫を確保できるのです。

 このように、生物多様性の経済的恩恵は明らかであるにもかかわらず、現代社会に 有用な産物をもたらしてくれる野生植物の体系的調査は、今まで少ししか行われて いません。新しい技術や発明の出現とともに、これまで未知の植物物質が、 将来貴重なものとなる可能性があります。今日の私たちの無知が、 明日の私たちを損いかねません。地球の倉庫に名札を付けられずに眠っている産物が、 いつの日にか遠く離れた世代に食料と医薬品を提供するかもしれないのです。

生物的依存

 生物多様性の重要性は、通常、利用の観点に限って語られます。すなわち、 私たちに有用な何が存在するかです。しかし、この惑星の生物多様性保全が 必要な倫理的理由は、もっと根本的なものかも知れません。「地球環境に関する 議会間会議」において、世界資源研究所のWalter Reidは、私たちが原生地域を 「別扱い」し、国有地を「管理する」必要について話すとき、私たちはまるで 自然は私たちの慈悲によってのみ存続しうるものであるかのようにみなしていると 述べました。彼は次のように語っています。「私たちは次第に地球上の他の生物の 生存を、私たち自身の存在とは全く別の問題とみなしつつあるが、このような、 人間と他の全生物とを分け隔てる二分法的思想は、全文化に共通するものではなく、 また、西洋思想においてさえも歴史の浅いものであることを認識すべきである。」

 人類は、自然の執事などとはほど遠い存在 --自然界に依存する存在であるとReidは述べています。 「この生物的依存の概念は、現代世界の指導原理とはかけはなれたものであるにも かかわらず、基本的真実である。すなわち、生物多様性保全の根本理由は、 生物多様性が人類と不可分のものであるということである。我々と他の地球上の 生物種との関係、我々と未来世代の人類との関係の観点から、我々はこの惑星の 生物種の多様性と遺伝的多様性を保全する道徳的責任を、 利用者としての責任とともに有する。」

解決策を探る

 世界の国々は、1982年国連において「世界自然憲章」を採択し、 すべての生物種とその生息地が技術的、経済的かつ政治的に可能なかぎり 保全されるべきであることに同意しました。 10年後世界は、リオデジャネイロにおいて、歴史的な地球サミットの5大成果の ひとつとして、生物多様性の破壊防止活動の法制化に同意しました。 リオに集まった各国政府は、圧倒的賛成で「生物多様性条約」に調印し、 その文書を自国での批准手続のために持ち帰ったのです。

 この条約は、他の事項とともに、各国が生物資源保全のための規制を設けることを 求めています。自国の民間企業の活動が他国の環境に及ぼす 影響に関して政府の法的責任を規定し、同時に開発途上国への技術移転を勧め、 また、バイオテクノロジーに関する企業の規制を求めるとともに、 遺伝物質の利用権と所有権を保証しています。 開発途上国にとって最も重要なのは、この条約が、開発途上国からの遺伝物質の 採取に対し補償を命じていることです。

 政府の施策は、生物資源の枯渇にしばしば深く関与しています。従って、 政策の変更は、生物多様性保全のために必要な第1歩です。 土地資源管理に直接関係する国内政策や、土地保有制度、村落開発、家族計画、 および食料、殺虫剤、エネルギーへの補助制度等を通じて資源利用に間接的に 関係する政策は、生物多様性に大きな影響を及ぼしうるものです。 しかし、この本に記された他の問題でみてきたように、政府の活動だけでは十分では ありません。コミュニティの支援が必要なのです。

活動しよう!

 この惑星の生物多様性の損失を防ぐために、速やかな行動が必要です。 それは、問題の根本にある政治的、社会的、および経済的要因に向けたもので なければなりません。開発途上国における対策は、圧迫的な社会的、経済的問題 および国際的負債の重荷のために、特に制約されています。 しかし、生物多様性の損失を防ぐための活動の多くは、 例えば自然林保全によって野生生物種の食料、医療および産業への利用を確保する など、短期的な経済的利益をもたらします。

 生物多様性への複合的脅威は、多数の民間および公的主体による広範な対策を 必要とします。これらの対策の現実の形態は、影響を被る各地域の固有の状況に 大部分依存するでしょう。個々のコミュニティの活動計画は、それぞれの状況によって 変化しますが、次に示すいくつかのアイデアは、 あなたのコミュニティ組織がこの重要な活動を開始するにあたり参考となるでしょう。

医療分野での利用例

 Artemesinは、1年に2.5億人を襲うマラリアの全原虫に対して効力のある 唯一の薬品です。その化学構造は、過去2世紀にわたりマラリア特効薬として 使われてきたキニーネや、その他の薬品とは全く異なります。中国の 薬草学者が自然のよもぎartemisia annuaから抽出したこの薬品の発見により、 何百万人もの生命が救われました。

 Taxolは、乳ガンと卵巣ガンへの効力が有望な唯一の薬品です。この薬品は最初、 米国の政府計画で抗ガン効果のある植物をいろいろと試しているうちに、 西洋いちいから発見されました。その分子構造は独特で、もし自然から 発見されていなかったとしたら、発明されていたかどうか疑問です。

 Michellamine B は、アフリカ産のvine ancistrocladus korupensisから 発見された、広範囲にわたる抗HIV効力を示す新物質です。 この物質の働き方は、AZTやその他の抗HIV薬品とは異なります。 もしそれが解明されれば、 AIDSに対して有効な他の薬品の発見にも十分結びつく可能性があります。

ジンバブエのサイを救う

 アフリカの大部分の地域において、ライオンは餌食となる動物を忙しく 探しまわっています。しかし、ジンバブエのライオンズクラブは、 野生生物を救うために活動しています。

 ジンバブエのMutareライオンズクラブが現在行っている事業の目的は、 密猟者からの安全確保です。黒サイはジンバブエに固有の動物ですが、 しばしば密猟者の標的として脅威にさらされています。 黒サイの保護は、地元経済にとって重要です。 同クラブの広報役Len Burrowsは、次のように述べています。 「旅行業はわが国の重要産業であり、我々の動物はその魅力の中心です。」

 密猟防止装備の購入資金を得るため、小さな同クラブは募金のためのパーティーや 競売を催しました。余った資金は、他の環境事業にも向けられました。 そのひとつの事業として、地元の学校のための環境賞が設けられました。

参考文献

- Convention on Biological Diversity, United Nations, June, 1992
- "Why it matters," Raven, Peter, Our Planet, UNEP, 1994
- Dowdeswell, Elizabeth, Statement at the opening of the First Meeting of the Conference of the Parties to the Convention on Biological Diversity, Nassau, the Bahamas, 28 November 1994
- Caring for the Earth, a Strategy for Sustainable Living, IUCN, UNEP, WWF; Switzerland, 1991
- Global Biodiversity, Status of the Earth's Living Resources, Groombridge, Brian, Chapman & Hall 1992
- Global Biodiversity Strategy, Guidelines for Action to Save, Study and Use Earth's Biotic Wealth Sustainably and Equitably, World Resources Institute / IUCN / UNEP 1992
- World Resources, 1994-95: a Guide to the Global Environment, a report by the World Resources Institute with UNEP and the United Nations Development Programme, Oxford University Press, 1994.



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