海洋における油流出がもたらす影響

国際タンカーオーナー汚染連合(ITOPF)ホームページから)

 油流出は、沿岸の人間活動や海洋資源利用者に深刻な経済的影響をもたらすことが あります。大部分の場合、その被害は一時的で、おもに、不快かつ有害な状況を生む 油の物理的性状に由来します。海洋生物への影響は、油の化学的組成に由来する 有毒性と汚染性、および生物系の多様性と変動性、油汚染への感受性によって 複合化されます。

沿岸の人間活動への影響

 個別の油流出の影響は、油の性状のみならず、多くの要因に依存します。

 多くの油流出に共通の影響として、沿岸行楽地の汚染によって人々が不安を感じ、 水浴、船乗、釣り、潜水などの活動に支障を生じることが挙げられます。 ホテルやレストランなど行楽者により生計を得ている人々にも影響がおよぶことが あります。 ひとつの流出事故による沿岸地域と行楽活動への障害は比較的短期間のものであり、 行楽活動への影響はクリーンアップ作業終了後、いかに人々の安心を回復するかに 大きくかかっています。

 通常の操業に清浄な海水を必要とする産業も影響を被ることがあります。取水口から 相当量の浮遊油や水中油を吸い込んだ場合には、凝縮管が汚れ、回収作業が済むまで、 出力の低減や全面停止が必要になります。

生物学的影響

 簡単に言えば、海洋生物への油の影響は物理的性状(物理的汚染および窒息作用)、 または化学的組成(有毒性および累積による汚染性)のいずれかによって生じます。 また、クリーンアップ作業による影響や、動植物の生息地への物理的被害を通じて間接的影響が 生じる場合もあります。

 生物資源に対する流出油や油水エマルジョン(「ムース」)の残留物による主要な 脅威は、物理的窒息作用です。汚染された海水面と接触する動植物が最も危険に さらされます:海洋哺乳類、爬虫類、鳥類(潜水して餌を得るものや海上で 群れをつくるもの)、波打ち際の海洋生物、海洋栽培施設の動植物。

 油の最も有毒な成分は流出時に揮発して速やかに失われることが多く、 海洋生物の大量死につながるような有毒成分の致死的濃度は比較的まれであり、 局所的、一過性のものです。 致死的濃度よりもはるかに低濃度の油またはその成分への長期的暴露によって、 致死的影響ではないものの、海洋生物の生殖、生育、食餌、その他についての 機能障害が生じえます。 カキ、イガイ、ハマグリなどの浅海定住動物は食餌のために大量の海水を日常的に 吸い込むため、特に油成分を蓄積する可能性があります。 これらの成分は直接的な害をもたらすことはないにしても、油味や油臭によって そのような動物を人が食べられないものにすることがあります。 しかしこれは一時的な問題です。なぜなら通常の状況が回復すれば、 汚染をもたらした成分は失われる(清浄化される)からです。

 動植物が油汚染を生き延びる能力は様々です。生息数と生息域への油流出の影響は、 他の汚染物質や資源利用による圧迫との関係において考察する必要があります。 動植物の生息数は自然に変動するため、油流出の影響の評価や、いつ生息域が流出前の 状態に回復したかの判断は通常きわめて困難です。 この問題を踏まえ、流出前の状況についての詳細な研究が時々行われ、生息域と 自然変動パターンについての物理的、化学的、および生物学的特性が調べられます。 より実りある方法は、価値ある資源のうち油流出により影響を被った資源を特定し、 研究を、そのような資源についての一定の実用的な目的に限定することです。

個々の海洋生息域への油の影響

 以下は、いくつかの海洋生息域への油流出の影響をまとめたものです。 それぞれの生息域の内部では環境状況の大きな変動が見られ、しばしば 生息域の境界はあいまいです。

 プランクトンは海面の水流によって受動的に移動する浮遊動植物の名称ですが、 その油汚染への感受性については、実験的に調べられています。開放性の海洋では、 自然分散した油とその溶解性成分の速やかな希釈、およびプランクトンの自然の 高死滅率と寄せ集めで不規則な分布のせいで、あまり重大な影響はないでしょう。

 沿岸域では、いくつかの海洋哺乳類と爬虫類(例えば海亀)は呼吸のために 浮上する必要や産卵のために上陸する必要から油汚染に特に弱いでしょう。 海岸付近に棲む成魚や浅瀬の生育水域に棲む稚魚も分散、溶解した油にさらされる大きな 危険があります。

 沖合いの海床に対する漂流油の影響は小さいでしょう。しかし、 産卵場所の近く、あるいは希釈効果の少ない、沿岸の囲われた水域では 油分散剤の使用制限が必要でしょう。

 干潮の際に岩、砂、および泥が広範囲に現れる海岸線への影響は特に 大きいでしょう。浜辺や岩礁地帯の快適性確保のためには、迅速かつ効果的な クリーンアップ作業が必要でしょう。しかしそれは、動植物の生存と両立しない恐れが あります。

 沼沢地の植生は新鮮で軽質の原油や精製油に対して高い感受性を示します。 一方、時を経た油からは比較的軽微な被害しか受けません。 植物の低部あるいは根部が油にさらされる場合は致命的であっても、葉部への 付着はたとえ多量でもほとんど影響がないことがあります。生育期を過ぎていれば、 特にそうです。 熱帯地域ではマングローブ林が広く分布し、保護された沿岸の沼沢地や河口域を おおっていますが、マングローブは有機物に富み酸素の少ない泥の表面上に複雑な 呼吸根を有しています。油はその呼吸根の口をふさぎ、あるいは、塩分バランスを 崩し、落葉と枯死をもたらすことがあります。 また、根部は、付近の動物の穴から新鮮な油が入り込んで傷み、若木による増殖が 妨げられて、しばらくの間、影響が続くことがあります。 湿地の保護は、海洋での油流出に対応して、高い優先性で行われるべきです。 なぜなら、沼沢地やマングローブ林から油を物理的に除去することはきわめて 困難だからです。

 サンゴは、多様な魚や他の動物が棲む懸崖や割れ目などの不規則な形態をした 石灰化したサンゴ生物群落の残骸の上に成長します。生存サンゴが死滅すると、 サンゴ礁自体、波によって浸食される恐れがあります。 油による、サンゴや関連動物群への影響は、有毒成分の割合、暴露期間、および 他の圧迫要因の程度によって大きく左右されます。 大部分のサンゴ礁上では水深が浅く、水が渦巻き、薦められるクリーンアップ技術は ほとんどありません。

 海上や海岸線で多数群れをなして産卵、食餌、あるいは脱毛する鳥類は、 油汚染に対して特に脆弱です。羽づくろい中に飲み込んだ油が死をもたらす 場合もありますが、大部分の死因は、油による羽毛の損傷に由来する溺死、 餓死、および体温低下です。

漁業および海洋栽培への油の影響

 流出油により、海洋生物の捕獲や栽培のための船や船具が直接的に損害を受ける ことがあります。浮遊性の装備や海面上にまで伸び出た固定の捕獲装備は 浮遊油によって、より汚染されやすく、他方、水中の網、容器、釣り糸、および 底引き網は、油っぽい海面まで持ち上げられないかぎり、普通安全です。 主要な流出事故の経験によれば、自然の魚類資源に長期的な影響が出る可能性は わずかです。なぜなら、魚は普通、過剰に産卵するため、局所的に損失があっても 十分埋め合わされるからです。

 栽培資源は、流出油に対して、より危険性があります:自然の防御機構が 働かない可能性があり、栽培装備への付着油が長期的な油成分の入り込みや 生命体の汚染の源になる可能性があります。 海洋栽培施設の近傍での油分散剤の使用は、化学物質による汚染や分散油粒を つくり出す可能性があり、思慮に欠けています。

 油流出は市場の信用喪失につながることがあります。なぜなら人々は海産物が 実際に汚染されているかどうかとは無関係にその地域の海産物の購入を避けるかも しれないからです。 油流出後、市場の信用確保および漁業装備と漁獲を汚染から守るために、漁業や 海産物収穫の禁止措置がとられることがあります。

事故対策検討

 油流出時に求められる、被害軽減や紛争解決のための難しい判断に向けて、 事故対策検討段階で影響分野の特定と保全の優先度決定のために多くのなすべき ことがあります。

覚えておくべき点

  1. 長期的な流出油やムースの存在は、快適な沿岸地域の美観と利用を著しく損なう 恐れがある。新鮮な原油や軽質精製油は火災や爆発の恐れがある。
  2. 流出油は、常時清浄な海水を必要とする発電所や海水淡水化施設の通常操業や、 沿岸地域の産業や港の安全操業に支障をもたらす恐れがある。
  3. 海洋生物への影響は、物理的性状(物理的汚染および窒息作用)、および 化学的組成(有毒性および汚染性)によって生じる。
  4. 海洋生態系の観点からは、生物群および関連する動植物(コミュニティ)の 健全性と生息域の完全性のほうが、特定種の一個体の状態よりも重要である。
  5. 油被害を受けた動植物群落の回復に要する時間は一定でない:生息域の生物学的 回復を加速できる割合はきわめてわずかである。
  6. 流出油は漁業装備や海洋栽培施設を汚染し、海産物市場における信用喪失に つながる恐れがある;成魚の群落への影響は、あったとしても、わずかでしかない。
  7. 重機の使用や高圧放水のようなクリーンアップ技術によって、 海洋生物、および自然または人工の構造物が損傷を受けることがある。
  8. 流出油による生息域や活動への影響推定後、事故対策検討段階で、保全されるべき 分野の特定、優先度、および使用技術について注意が向けられるべきである。