6. KCJ004  02/16 15:58   71K 第3部 施策の展開 第1章 生息域内保全

第3部 施策の展開

 第3部においては、生物多様性の保全と持続可能な利用に関連する施策につ
いて展望し、今後の施策の展開の方向を示す。

第1章 生息域内保全

第1節 保護地域の設置及び管理

1 基本的考え方

 生物多様性保全の基本は、生物を自然の生息・生育地において保全する生息
域内保全である。我が国では、自然環境保全に関連する各種法律等に基づき、
様々な保護地域が設置されており、これらの保護地域を生物多様性保全の観点
も踏まえて適切に管理するとともに、野生動物の生息域の連続性など保護地域
間の連携も考慮して生物多様性の保全が図られるよう努める。

2 自然環境保全法に基づく各種制度

(1) 原生自然環境保全地域
ア 現状
 原生自然環境保全地域は、原生状態を保持し一定のまとまりを有している自
然地域を指定し、自然の推移に委ねる方針のもと、自然を改変する行為を原則
として禁止するなど厳格な行為規制等によって原生的な自然の保存を図る制度
であり、我が国固有の生態系の保全、原生自然に生息する種の生息地の保全等
生物多様性の確保に資するものである。
 本地域はこれまでに、 5地域、総面積5,600haが指定されており、また、指
定された地域においては、その適正な保全に資するよう概ね10年ごとにモニタ
リング調査を行い、生態系の現況と変化の状況について把握に努めている。
イ 今後の展開
 今後とも、自然環境保全基礎調査の結果等を踏まえ、我が国総体としての生
態系の多様性を確保する観点から検討を加え、必要に応じ、指定を進める。
 また、指定された地域においては、その原生的な自然環境が地球環境変動に
伴う国土の生態系の変化を追跡する観察拠点として重要な役割を有しているこ
とも考慮しつつ、モニタリング体制を充実し、生態系の現況や推移の把握等の
ための調査を継続的に実施する。また、その結果を踏まえた適正な管理を進め
る。
 さらに、当該地域の生物多様性に関する研究を進めるため、幅広く研究者に
開放する拠点施設等の計画的な整備・確保を進める。

(2) 自然環境保全地域
ア 現状
 自然環境保全地域は、すぐれた天然林が相当部分を占める森林、すぐれた状
態を維持している海岸、湖沼、湿原、河川、海域などの水辺地、すぐれた状態
を維持している動植物の生息・生育地等で一定のまとまりを有する地域を指定
し、行為規制、保全事業等を計画的に進めることにより保全を図る制度である
。具体的には、次のいずれかに該当する地域で自然環境を保全することが特に
必要な地域を指定しているもので、我が国固有の生態系の保全、そこに生息す
る種の保存といった観点から生物多様性に寄与するものである。
(ア) 高山性・亜高山性植生(1,000ha以上)
(イ) すぐれた天然林(100ha以上)
(ウ) 特異な地形・地質・自然現象(10ha以上)
(エ) すぐれた自然環境の海岸、湖沼、湿原、河川、海域(10ha以上)
(オ) 植物の自生地、野生動物の生息地・繁殖地及び貴重な人工林(10ha以上)
 本制度は、これまでに、(ア)と(イ)を中心に10地域、総面積21,593ha(1995
年 6月現在)が指定されている。また、指定された地域については、原生自然
環境保全地域と同様に、生態系の現況と変化の状況について把握に努めている
。
イ 今後の展開
 今後とも、自然環境保全基礎調査の結果等を踏まえ、我が国総体としての生
態系の多様性を確保する観点から検討を加え、指定に向けた取組を進める。
 また、指定された地域については原生自然環境保全地域に準じ、継続的な調
査、適正な管理、研究拠点の整備等を進める。

(3) 都道府県自然環境保全地域
ア 現状
 自然環境保全地域に準じる自然環境を有する区域について、都道府県が同様
の手法により保全を図る制度で、これまでに、 515地域、総面積73,400haが指
定されている。
 本制度は地域固有の生態系を有する地域を保全することを通じて、地域レベ
ルの生物多様性を確保するうえで重要な役割を有している。
イ 今後の方向
 地域地域において相対的に自然性の高い自然環境を保全することは、我が国
における多様な生態系を確保するうえで非常に重要な取組であり、今後とも都
道府県の指定、管理に対して的確な支援に努める。

3 自然環境保全に関する地方公共団体独自の保護地域制度

(1) 現状
 地方公共団体では、居住地域周辺の自然環境等の保全を目的として、緑地環
境保全地域、郷土環境保全地域等の名称で都道府県自然環境保全地域以外に独
自の保護地域制度を設けている。
 こうした制度は、地域地域の生態系を保全し、地域レベルの生物多様性の確
保に寄与するもので、各々の制度の規定に沿って行為規制等による保護地域の
管理が行われている。

(2) 今後の方向
 地域レベルでの生物多様性を保全する観点から、地域の自然的社会的特性に
応じて独自の観点から保護地域が設けられることは重要であり、今後ともこう
した取組の的確な実施に向けて協力していく。

4 自然公園

(1) 自然公園の現状
ア 自然公園の指定
 我が国は、南北に長く、海洋に囲まれ、複雑な地形と顕著な四季の変化を反
映して、美しい自然の風景を構成するとともに、多様な生態系を保持している
。
 このような国内のすぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増
進を図るため、「自然公園法」により、現在、28の国立公園、55の国定公園、
301の都道府県立自然公園を指定している。
 自然公園は、国土面積の14.1%を占め、亜寒帯から亜熱帯、また高山帯から
海岸に至る変化に富んだ自然植生等を基盤とした多様な生態系を含んでいる。
自然公園では、そこに生息・生育する野生動植物、海中の動植物やそれらの生
息・生育環境を自然景観の構成要素として位置づけ、その保護を図るため、次
のような各種の行為規制を行っており、生物多様性の保全に大きな役割を果た
している。
 国立公園や国定公園においては、公園の風致の維持を図るために、特別地域
を指定し、木竹の伐採、指定植物の採取、土石の採取、土地の形状変更、指定
地域への車馬等の乗入れ等の行為を規制している。
 特に、特別地域の中にあって、公園の核となる原生的な自然景観地について
は、特別保護地区に指定し、特別地域内での規制行為に加え、木竹の植栽、家
畜の放牧、火入れ、動植物の採捕、落葉落枝の採取等の行為についても規制対
象として厳重な保護を図っている。
 また、海中の自然景観を維持するために、海中公園地区を指定し、指定動植
物の採捕、海面の埋立て、海底の形状変更等の行為を規制している。特に、す
ぐれた海中景観を有する造礁サンゴ群集については、積極的に指定し、保護を
図ってきており、海中公園地区は生物多様性の高いサンゴ礁生態系の保全にも
重要な役割を担っている。
 なお、都道府県立自然公園においても、風致を維持するために、条例に基づ
き特別地域を指定し、各種の行為を規制している。
イ 自然公園内の各種環境保全対策
 国立公園等においては、風致景観を維持するために、行為規制の他に次のよ
うな環境保全のための調査や対策を実施しており、これらの取組も生物多様性
の保全に貢献している。
(ア) 公園の風致景観の核心部において、生態系の変化をもたらす要因の調査
 解明等を行い、貴重な自然の保護管理手法の検討を行っている。
(イ) 自然環境の保全に関して私権との調整が困難な民有地のうち、優れた自
 然景観を有する地域や野生鳥獣の生息地として重要な地域の公有地化を図っ
 ている。
(ウ) 人為の影響などを受けて破壊され、または衰退した湿原植生、高山帯植
 生等、貴重な植生の保護復元事業など国立公園の代表的な景観を維持するた
 めの植生管理事業を実施している。
(エ) 熱帯魚類をはじめとする多様な生物相を育むとともに、それ自身が海中
 景観の重要な構成要素となるサンゴ群集の保全を図るため、サンゴの天敵で
 ある異常繁殖したオニヒトデ等の駆除を行っている。
(オ) 釧路湿原や屋久島など我が国の貴重な生態系として位置付けられる地域
 において、自然環境の劣化を防止するため、環境調査を実施し、植生復元、
 利用指導等の保全対策を実施している。
(カ) 公園利用者の出すゴミ等は、単に美観を損ねるだけでなく、生態系に悪
 影響を及ぼすことから、清掃活動やゴミ持ち帰りキャンペーンを行っている
 。
(キ) 自動車の過剰利用に伴う車道沿線の植生破壊や公害発生等を防止すると
 ともに、快適な利用環境を確保するために、自家用車での利用を規制するな
 ど自動車利用の適正化を図っている。

(2) 自然公園の今後の展開
 自然公園内の生物多様性の保全を図るため、従来の対策の一層の充実を図る
とともに、今後、次のような対策を積極的に講じていくことが必要である。
ア 野生動植物や生態系に関する調査・モニタリングを充実し、その結果を踏
まえ、概ね 5年ごとに公園区域及び公園計画を見直し、きめ細かい公園管理を
図る。
イ すぐれた自然環境を有する自然公園をフィールドに、自然環境保全につい
ての普及啓発活動を強化する。同時に自然環境や生物相への理解を深め、また
、自然とふれあうための情報の整備と提供を推進する。
ウ 自然公園内の貴重な自然環境を有する核心地域において、劣化した自然景
観の保全修復を図るとともに、自然への理解を深め、適正な利用を進める観点
から自然とのふれあいの場の整備を図る。
エ 利用者集中など過剰利用による植生破壊や動物の生息環境の撹乱等を防止
するため、湿原での木道の敷設、高山植物群落での立入防止柵の設置など適切
な施設整備や利用誘導等による利用分散対策を実施し、自然公園の適正な利用
を推進する。

 以上のような取組を促進するため、率先して国立公園の現地管理体制の充実
、強化に努める。

5 生息地等保護区  
 
(1) 生息地等保護区の指定と管理
 野生動植物の種は、生態系の構成要素として重要であり、また、人類の豊か
な生活に欠かすことのできない存在であることから、その絶滅を防止すること
は緊急の課題となっている。国内において絶滅のおそれのある野生動植物の種
は、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」に基づく国内
希少野生動植物種に指定されることとなっており、その生息・生育環境を保全
するために、必要な地域について生息地等保護区を指定し、特に重要な区域に
ついては管理地区として各種行為を許可制により規制するとともに、管理地区
以外の部分についても監視地区として各種行為を届出制とすることによって、
生息環境の保全を図っている。
 生息地等保護区は、国内希少野生動植物種の生息・生育状況が良好な場所、
生息・生育地としての規模が大きい場所等について検討し、優先的に指定すべ
き箇所を選定するとともに、広域に分散している種については主な分布域ごと
に主要な生息・生育地を指定するよう努めることにより、種の絶滅のおそれの
回避に取り組むこととしている。
 また、生息地等保護区ごとに指定種の生態的特性に応じた保護の指針を定め
て、指定種の生息・生育条件を維持するための環境管理を図るほか、生息地等
保護区内の定期的巡視、指定種の生息・生育状況の調査などの管理を行ってい
る。
 さらに、生息地等保護区を中心として、生息・生育環境の積極的な維持・改
善を図るための保護増殖事業を実施している。

(2) 生息地等保護区の指定の推進
 絶滅のおそれのある野生動植物の種の安定した存続を確保するためには、生
息・生育地の保護が欠かせないものであることから、今後とも積極的に指定の
推進を図るものとする。
 なお、指定に当たっては、農林水産業との共存に十分留意するとともに、指
定を円滑に進めるためにも種の保存の重要性についての普及啓発を推進する。

(3) 生息地等保護区の管理の充実
 生息地等保護区ごとに定める保護の指針に従い、きめ細かい管理の充実を図
るとともに、保護増殖事業の中心的区域として生息・生育環境の維持・改善に
努める。

6 鳥獣保護区 

 (1)鳥獣保護区の設定と管理
 鳥獣は、自然を構成する大切な要素として自然生態系の維持に重要な役割を
担っており、また、人間にとっても豊かな生活環境を形成する重要な要素であ
る。これら鳥獣の保護繁殖を図るため、必要な地域について「鳥獣保護及狩猟
ニ関スル法律」に基づき鳥獣保護区を設定し、鳥獣の捕獲を禁止するとともに
、特に重要な地域については、特別保護地区を指定して、各種行為を規制する
等の生息環境の保全を図り、多様な鳥獣の生息環境を保全している。
 鳥獣保護区等については、国が国設鳥獣保護区を設定しているほか、鳥獣保
護事業計画の基準に基づき、各都道府県が都道府県設鳥獣保護区を設定してい
る。当該基準においては、鳥獣の生息態様等に応じて、森林鳥獣生息地、大規
模生息地、集団渡来地、集団繁殖地、特定鳥獣生息地、誘致地区及び愛護地区
の 7タイプに分けて計画的な設定を図ることとしており、これにより多様な鳥
獣と生息環境の確保が図られている。
 設定された鳥獣保護区においては、定期的な巡視、鳥獣の生息状況の調査等
の管理を実施するとともに、水鳥の餌となるマコモ等の植栽や生息する池に水
を安定して供給する水路を設置するなど、生息環境の保全や改善のための事業
を積極的に実施している。

 (2)鳥獣保護区の設定の推進
 鳥獣保護区の設定は、鳥獣の保護を図る上で根幹となる制度であり、この設
定や特別保護地区の指定により、植生や鳥獣の餌生物等を含む生息環境が一体
として保全されるという効果もあることから、今後とも積極的に設定の推進を
図るものとする。
 その際、鳥獣の生息状況や生息環境等の保全を進めるほか、渡り鳥等にあっ
ては、その移動性等を踏まえ国設及び都道府県設の鳥獣保護区が適切に配置さ
れるよう留意する。
 また、我が国には変化に富んだ自然環境を反映して、多様な生態系が存在し
、多種多様な生物群集がみられるが、鳥獣保護区の設定に当たっては、多様な
鳥獣の生息環境を確保するという視点に立って、多様な生物群集のタイプが含
まれるよう努める。

 (3)鳥獣保護区の管理の充実
 鳥獣保護区においては、今後も調査及び巡視を主体とした管理を充実すると
ともに、設定区分、鳥獣の生息状況に応じ、営巣環境の整備や水鳥類の渡来地
における水路の整備、植栽等の生息環境改善を推進するなど、きめ細かい管理
を実施する。

7 天然記念物

(1) 天然記念物の指定と保護管理
 我が国では現在「文化財保護法」に基づき、多様性に富み固有の文化の形成
にも与っている自然を記念し、学術的に貴重な自然を天然記念物として指定し
その保存を図ることとしているが、その歴史は、1918年の「史蹟名勝天然紀念
物保存法」に始まる。稀少な種を含む我が国固有の動植物や極相を異にする自
然林の原生林及び湿地や山地の様々な植生など自然度の高い動植物のほか、人
為的にもたらされた里山の二次的自然環境などを指定し、その保存を図る天然
記念物は総数で 955件にのぼり、我が国の生物多様性の保全にも大きく寄与し
てきた。
 特に一定の地域内の動植物及び地質・地形にいたる全ての自然を生態系とし
て指定する「天然保護区域」は、我が国の多様な生態系の保護に大きな役割を
果たしてきた。
 天然記念物に指定された区域においては生育・生息環境の現状を変更する行
為を規制し、また指定された貴重な動物種にあっては捕獲を規制し繁殖や生息
に影響を及ぼすおそれのある行為の予防などを通じてそれらの保護を図ること
になっている。
 さらに、指定された天然記念物については、その適切な保護管理を期すため
、現状の把握調査、保存管理計画の策定、生育・生息環境の維持・改善や給餌
などによる個体数の回復措置の実施、農作物等の総合的な食害防止対策の実施
、民有地の買い上げなどを、地方公共団体などとの連携により行っている。
 なお、地方公共団体においても条例により特異で貴重な自然を天然記念物に
指定し保護を図っており、我が国の生物多様性の保全に寄与している。
(2) 天然記念物保護制度の充実
 天然記念物が我が国の代表的な自然として国民の間に広く親しまれ自然環境
の保護思想のさらなる普及のための素材として機能しうること、生物多様性の
保全にも寄与してきたことなどに鑑みれば、その一層の充実を図ることは、自
然との共生の考え方の理解の促進に大いに資するものと言える。
 そのため、多様性に富んだ我が国の生物種の体系的な保護にも配慮した天然
記念物の指定の推進を図り、一方で適切な天然記念物の保護管理及びその活用
による自然環境の保護思想の普及啓発に役立つ施設の整備などを、地方公共団
体などとの連携も図りつつ一層推進する必要がある。
 なお、地域を定めずに指定されている72種の野生動物については、生息環境
との一体的な保護によってより適切な保護措置が期待できることから、一定の
地域を定めた指定形態への移行を検討することの必要性も指摘されている。

8 保護林等  

 国有林のうち、原生的な森林生態系など自然環境の保全を第一に図るべき森
林については、「国有林野経営規程」に基づき、「自然維持林」として区分し
、原則として人為を加えず、自然の推移に委ねた保護・管理を行うこととして
いる。1995年 4月 1日現在、「自然維持林」として区分された森林は、国有林
総面積の約18%に当たる約 141万haとなっている。
 さらに、「自然維持林」の中でも、希少な野生動植物の保護、遺伝資源の保
存等自然環境の保全の上で特に重要な森林については、「国有林野経営規程」
「保護林設定要領」等に基づき、「保護林」に指定して積極的にその保全を図
っている。保護林は、その保護を図るべき対象や保護の目的に応じて、「森林
生態系保護地域」「森林生物遺伝資源保存林」「林木遺伝資源保存林」「植物
群落保護林」「特定動物生息地保護林」「特定地理等保護林」「郷土の森」の
 7種類に区分されており、1995年 4月 1日現在、合計で 787箇所、約47万haが
指定されている。
 これら「自然維持林」や「保護林」については、「国有林野経営規程」「保
護林設定要領」などに区域の選定・設定手続きや取扱いの指針を定め、適切な
保護管理を図っているところである。具体的には、森林官等の営林署職員によ
る巡視を通じた保護対象の状況の把握や入り込み者に対する指導・啓蒙、山火
事・病虫害等の被害の防除、大規模な林地崩壊や地すべり等の災害の復旧措置
などを実施しているほか、個別の保護対象の特性に応じて個体の保護や生息・
生育地の維持・保全に必要な措置を講じている。
  7種の保護林のそれぞれの概要は、以下のとおりである。
(1) 森林生態系保護地域
 森林生態系保護地域は、我が国の主要な森林帯を代表する原生的な天然林、
またはその地域でしか見られない特徴を持つ希少な原生的な天然林を保存する
ことにより、森林生態系からなる自然環境の維持、動植物の保護、遺伝資源の
保存、学術研究等に資することを目的とする。1995年 4月 1日現在、24箇所、
約31万 3千haが指定されており、今後さらに 2箇所の指定を予定している。 
(2) 森林生物遺伝資源保存林
 森林生物遺伝資源保存林は、森林と一体となって自然生態系を構成する生物
の遺伝資源で将来の利用可能性を有するものを、森林生態系内に保存すること
を目的とする。1995年 4月 1日現在、 2箇所、約1万1千haが指定されており、
今後さらに11箇所の指定を予定している。
(3) 林木遺伝資源保存林
 林木遺伝資源保存林は、主要な林業樹種及び希少樹種などの林木の遺伝資源
を森林生態系内に保存することを目的とする。1995年 4月 1日現在、 336箇所
、約 9千haが指定されている。
(4) 植物群落保護林
 植物群落保護林は、我が国または地域の自然を代表する植物群落及び歴史的
、学術的価値等を有する個体の維持を図り、併せて学術研究等に資することを
目的とする。具体的には、希少化している植物群落、分布限界に位置する植物
群落やその他保護を必要とする植物群落及び個体が存する区域を指定すること
としている。1995年 4月 1日現在、341 箇所、約 9万haが指定されている。
(5) 特定動物生息地保護林
 特定動物生息地保護林は、特定の動物の繁殖地、生息地等の保護を図り、併
せて学術研究等に資することを目的とする。具体的には、希少化している動物
の繁殖地または生息地、他に見られない集団的な動物の繁殖地または生息地や
その他保護が必要な動物の繁殖地や生息地を指定することとしている。1995年
 4月 1日現在、26箇所、約 1万 2千haが指定されている。
(6) 特定地理等保護林
 特定地理等保護林は、我が国における特異な地形、地質等の保護を図り、併
せて学術研究に資することを目的とする。1995年 4月 1日現在、30箇所、約 3
万 1千haが指定されている。
(7) 郷土の森
 郷土の森は、地域における象徴としての意義を有するなどの理由により、森
林の現状の維持について地元市町村の強い要望がある森林を保護し、併せて地
域の振興に資することを目的とする。郷土の森は、国有林と地元市町村の間で
30年を上限とする協定を締結することを条件として設定することとしている。
1995年 4月 1日現在、28箇所、約 2千haが指定されている。

9 保護水面  

 水産動物が産卵し、稚魚が生育し、又は水産動植物の種苗が発生するのに適
している水面は、水産資源保護法に基づき、保護水面として指定し、その区域
内における埋立て、浚渫、河川の流量、水位の変更等をきたす工事を制限して
いる。保護水面は1994年 4月 1日現在、河川延長 2,200km、湖沼 240ha、海面
 3,000haであり、指定区域においては、密漁防止や周辺住民・遊漁者等への普
及啓発のための巡回・指導、広報活動等の日常的管理を行うとともに、産卵場
の造成、区域内の環境・資源量調査等を行い、区域内の環境が適正に維持され
るよう努めている。今後も、水産動植物の保護培養を図る必要のある水面は積
極的に保護水面として指定し、必要な措置を講じていくこととしている。

10 国際的な保護地域

 我が国において、国際条約等に基づき登録・認定されている国際的な保護地
域は以下の 3種であり、95年 6月現在で、15地域、合計面積約22万ha(屋久島
の重複指定面積を除く)に及んでいる。これらの地域については、国際的な重
要性を十分に踏まえて、今後ともその保護管理の充実に努める。また、必要に
応じて、国際的な保護地域の候補地の検討を行う。
(1) 世界遺産(自然遺産)
 人類全体にとって重要な世界の遺産の保護を目的とした「世界の文化遺産及
び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づく世界遺産一覧表に
、白神山地と屋久島が自然遺産として記載されており、その合計面積は約 2万
 8千haである。
(2) ラムサール条約登録湿地
 特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地の保全を図る「特に水鳥の生息
地として国際的に重要な湿地に関する条約」(ラムサール条約)に基づく登録
湿地として、釧路湿原、伊豆沼、谷津干潟等、 9地域が登録されており、その
合計面積は約 8万 3千haである。
(3) 生物圏保存地域
 国連教育科学文化機関(UNESCO)の「人間と生物圏計画」(MAB計画)に基
づき、屋久島、大台ヶ原・大峰山、白山及び志賀高原の 4地域が生物圏保存地
域としてUNESCO事務局長の認定を受けている。合計面積は約11万 6千haである
。

第2節 生態系及び自然生息地の保護

1 基本的考え方

 自然性、希少性等様々な観点から重要性が認められる生態系及び自然生息地
であって、第1節の保護地域制度の対象となっているものについては、それぞ
れの制度に基づき、保護管理のための措置が講じられている。しかしながら、
生物多様性保全の観点からは関係行政機関相互の連携の下にできるだけ多くの
生態系及び自然生息地が保全されることが望まれる。このため、保護地域制度
の対象とならない生態系及び自然生息地に対しても、必要に応じて様々な措置
により適切な保全方策を図ることが重要である。
 これまでも、国、地方公共団体及び民間において、土地買い上げによる保全
、自然とのふれあいの場としての活用による保全、地域住民の自発的な参加に
よる保全など、自然環境保全のために様々な取組が進められてきたが、今後は
、生物多様性の保全の観点を十分に踏まえて、住民や民間団体の積極的な参加
と協力を得つつ、これらの施策・活動を一層充実させる必要がある。
 また、生物多様性保全について、各種開発事業の計画・実施段階における配
慮や農林水産業、鉱工業等の各種産業の活動に際しての配慮を徹底することも
必要である。
 さらに、生物多様性保全の観点から各種生態系、自然生息地の評価を行い、
公表することにより、生態系及び自然生息地における生物多様性の保全が適切
に図られるように努める。
 河川、湖沼、湿原やサンゴ礁、干潟等の沿岸海域の生物多様性の保全につい
ては、陸上の活動や集水地域内の活動が大きな影響を及ぼす場合が多いことか
ら、対象となる水域や地域の保全を図るだけでなく、保護対象となる生物多様
性に影響を及ぼすおそれのある活動を行う者等の関係者を含めた連絡調整のた
めの組織の設置等により、関係者の理解と協力の下に対象地域の保全に影響を
及ぼすおそれのある活動が適切に行われ、生物多様性の保全が図られるように
努めることが必要である。

2 主要な生態系及び自然生息地の保護  

(1) 森林における生態系及び自然生息地の保護
 森林は、それ自体が陸域における生物の生息・生育上重要な生態系であり、
そのうち原始性の高い森林や自然景観のすぐれた森林、また野生動植物の生息
地、特に保護を重視すべき森林等については、第1節で記述したように、自然
環境保全地域、自然公園、国有林の保護林等として保護が図られている。これ
ら保護地域以外の地域の森林については、森林法に基づく地域森林計画等にお
いて、貴重な動植物の保護のため必要な林分を「特定施業森林」として指定し
、これらの動植物の保護に配慮した施業方法等を定める。
 また、保安林制度を通じて森林を保全するとともに、保安林以外の森林につ
いても無秩序な開発がなされないよう、林地開発許可制度の適正な運用に努め
ることにより、生態系及び自然生息地の保護に寄与していく。
 国有林においては、野生動植物の生息・生育環境の保全など自然環境の維持
・形成に配慮した適切な森林施業を推進するとともに、森林官等の営林署職員
による巡視を通じて森林の状況の把握、病虫害・山火事等の森林被害の防止、
森林の利用者の指導等を図ることにより、生態系及び自然の生息地の保護に努
める。

(2) 湿地における生態系及び自然生息地の保護
 湖沼、湿原、干潟等の湿地においては、多様な動植物が生息する独特の生態
系が形成されており、特に湿地を中継地、渡来地として利用する渡り鳥をはじ
めとした水鳥類の採餌、繁殖、休息等の場所として、その保護はきわめて重要
である。湿地については、人間の生活域周辺に存在し、人間活動の様々な影響
を受けていることが多いことから、これらの湿地生態系の特徴を維持すること
を目的とした保護地域の設定を推進するための施策の展開を図る。また、我が
国で開催された第5回ラムサール条約締約国会議での決議を受けて、渡り鳥の
渡来地として国際的に重要な湿地のラムサール条約登録湿地としての登録を進
めるとともに、その適切な管理に努める。

(3) 河川における生態系及び自然生息地の保護 
 河川等においては、生物の生息・生育環境などに配慮した施策を推進する観
点から、動植物の生息・生育状況等を把握し、河川環境の保全、整備、管理の
基本計画を策定して、その整備、管理を実施する。
ア 河川水辺の国勢調査
 生物の生息・生育環境に配慮した川づくりの推進のために、河川並びにダム
湖及びその周辺区域を対象に、そこに生息・生育する動植物に関する基礎情報
の収集整備のための定期的、継続的、統一的な調査を行う。
イ 河川環境管理基本計画
 全国の河川において、河川環境の管理に関する施策を総合的かつ計画的に実
施するための基本的事項を定める河川環境管理基本計画を策定することとして
おり、その中で貴重な自然が残されている区域についてゾーニング等を行い、
保全・保護のあり方、河川の工事と管理に当たっての配慮事項、整備の方針な
どを明確にする。また、河川の流量の検討の際には、水質等を考慮しながら、
動植物の生息・生育等に配慮する。
ウ 渓流環境整備計画
 砂防事業の計画対象区域においては自然環境・景観の保全と創造及び渓流の
利用に配慮した事業を推進するため、渓流環境整備計画を策定することとして
おり、その水系或いは幹川毎に流域の特性を考慮して、流域の安全性の確保と
自然環境・景観の保全と創造及び渓流の利用に関する基本理念を定める。更に
、渓流毎に基本理念に基づいた砂防設備の配置及び構造についての整備方針を
定める。
エ 多自然型川づくり
 河川改修等に当たって、瀬と淵を保全または再生し、川幅を広くとれるとこ
ろは広くし、法勾配は緩勾配とし、植生や自然石を利用した護岸を採用するな
ど自然の川の持つ構造的な多様性を尊重し、川が有している多様性に富んだ環
境の保全を図るなど「自然に優しい川づくり」、「川らしい川づくり」を実施
することにより、生物の良好な生息・生育環境に配慮し、あわせて、美しい自
然景観を保全・創出する。
オ 水と緑豊かな渓流砂防事業
 砂防事業を実施する上で、生態系及び自然生息地の保護に資するような自然
環境の保全に配慮した事業を推進する。
カ 魚類の生息環境の整備
 河川における、魚類の良好な生息環境を維持・創出するため、産卵場・稚魚
育成場の造成、漁場の耕運、浚渫、魚道の整備、魚礁の設置等の施設整備事業
を推進する。

(4) 沿岸海域等における生態系及び自然生息地の保護
 海浜や浅海域は、沿岸海域の中でも物質生産が盛んで、特に干潟、藻場、サ
ンゴ礁は、底生生物や魚類をはじめ多様な動植物が生息・生育する。また、干
潟や自然海岸は水質浄化の面でも重要な機能を有しているため、これらの生態
系や自然生息地が適切に保全されるよう努める。
 港湾区域においては、沿岸海域における生態系及び自然生息地の保護に配慮
した、環境と共生する港湾を目指した計画的な取組を充実するため、港湾計画
における環境面の充実及び港湾環境計画の策定を進める。そして、内陸からの
流入負荷等によりヘドロなど有機性の高い底質について、覆砂・浚渫・海浜整
備などを行い、底質からの栄養塩類等の溶出を抑制し、水質の浄化、赤潮の抑
制、生物相の回復等を図るとともに海浜整備による親水空間の再生を図るなど
、良好な海域環境を創造するための施策を展開する。
 水質の悪化や海底の汚泥堆積は、生物の生育環境に悪影響を及ぼす。そこで
、海域を好気性環境に維持するために、海水流動や干潟、藻場の造成等による
溶存酸素の供給や、礫間浄化、覆砂、浚渫などによる富栄養物質の溶出防止等
の海水の積極的な浄化策を推進する。
 また、漁港区域においても、海洋生物の産卵場や稚仔の育成場としての環境
を形成していることに鑑み、漁港内における排水処理・ヘドロの除去、海浜整
備等の生態系及び自然生息地の保護に配慮した事業を推進する。

第3節 野生動植物の保護管理

1 基本的考え方

 野生動植物は、生態系の基本的構成要素であり、その多様性によって生態系
のバランスを維持している。我が国は自然環境の変化に恵まれ、狭い国土にも
かかわらず、数多くの固有種を含む多様な野生動植物種を有している。しかし
、第1部で記述したように、現在我が国では多くの動植物の種がその存続を脅
かされている。我が国に存在するような野生動植物の多様性を維持するために
は、少なくとも生物種及び独特な生物群集を人為的に消滅させてはならない。
また、絶滅のおそれのある種や希少な種を保全するだけでなく、地域の自然に
根ざして生息・生育している普通種も含めた多様な動植物相を全体として保全
していくことが必要である。また、遺伝資源としての野生動植物種の利用に当
たっては、持続可能な利用を基本とすることにより、その多様性の確保を図る
ことが必要である。また、鳥獣の急激な増加等による生態系の撹乱を適切な管
理のもとに防止することも多様性を保全するという観点から大きな意義がある
。

2 絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存

 生物の種は、生物圏における基本単位であり、その絶滅は種レベルの生物多
様性の減少を引き起こすだけでなく、その種が構成要素となる生態系のバラン
スを変化させるおそれがあることなどから、種の保存は極めて重要であり、種
の絶滅の防止のための施策の推進は緊急の課題である。
 日本でも数多くの種が絶滅の危機に瀕している現状が明らかにされたことを
受け、種の保存のための積極的かつ総合的な対策を講ずるため1992年に「絶滅
のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(以下、「種の保存法」
という。)が制定された。
 絶滅のおそれのある野生生物の保護対策の基本は、自然状態における個体群
の安定的な存続を保証することにある。このため、「種の保存法」に基づく「
国内希少野生動植物種」の指定、捕獲・流通等の規制、生息地等保護区の指定
、保護増殖事業の実施をはじめとする各種施策を総合的に推進する必要がある
。また、絶滅のおそれのある野生生物種の保存を適切に推進する上で、各種調
査研究により、科学的な知見を集積することが重要である。さらに、種の保存
施策を実効あるものにするためには、国民の種の保存への適切な配慮や協力が
不可欠であるので、種の保存の重要性に関する国民の理解を促進し、普及啓発
活動を積極的に推進する。

(1) 国内希少野生動植物種の指定、捕獲・譲渡し等の規制
 絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存を図るためには、個体に対する過
度の捕獲・採取等の直接的な圧迫要因の除去が必要である。このため、国内に
おいて絶滅のおそれのある野生動植物の種を国内希少野生動植物種に指定し、
捕獲、譲渡し等を規制し、種の保存を図っている。捕獲、譲渡し等については
、その種の保存の重要性に鑑み、学術研究又は繁殖の目的その他その種の保存
に資する目的で行うものとして許可を受けた場合を除き、原則として禁止して
いる。
 国内希少野生動植物種については、我が国における生息・生育状況が、人為
の影響により存続に支障を来す程度に悪化している種等を順次指定することと
している。
 また、種の指定後は、関係機関の連携・協力のもとに、生息地等における監
視や流通実態の把握等を的確に行うとともに、種の保存の重要性や規制に関す
る正しい認識等についての普及啓発を積極的に行うなど、違法な捕獲や取引き
がなされないよう努める。

(2) 保護増殖事業の実施
 対象種の個体群が自然条件下で安定的に存続できるようにすることを目的と
して、個体の捕獲、取引規制や生息地における行為の規制と併せて、悪化した
生息環境の維持・改善、個体の繁殖の促進等を内容とする保護増殖事業を適時
適切に実施する。
 その際、対象種が置かれている現状(分布、現存集団数、個体数等)、種の
保存に資する生物学的な知見(生息環境、行動圏、種内の遺伝的多様性等)絶
滅のおそれを引き起こす圧迫要因(捕獲圧、生息環境や繁殖環境の悪化、移入
種による競合や捕食等)等を把握し、的確な対策を講ずるよう努める。また、
事業の実施に当たっては、地域住民の理解と協力が得られるよう配慮するとと
もに、対策が効果的に行われているかを常にモニタリングし、必要に応じて対
策の見直しや新たな対策の検討を行う。
 「国内希少野生動植物種」については、環境庁及び事業を行う国の行政機関
が共同で「保護増殖事業計画」を策定し、同計画に沿って、適正かつ効果的な
実施を行うこととしており、現在、タンチョウ、シマフクロウ、ミヤコタナゴ
等の 8種について「保護増殖事業計画」が策定されている。
 「保護増殖事業計画」の内容としては、生息状況の把握・モニタリング、湿
地・河川環境の改善や森林の育成などの生息環境の維持・改善、飼育下での繁
殖、飼育繁殖個体の再導入を含む野外個体群の回復、移入種の除去等があげら
れており、関係省庁が連携協力しつつこれらの保護増殖事業を実施している。
 さらに、地方公共団体や、民間団体等も事業計画に適合する事業を行う場合
は、国の確認、認定を受けて保護増殖事業を行うことができることとされてい
る。
 なお、事業計画については、今後とも必要性の高いものから事業計画を順次
策定することとしている。

(3) 種の保存に係る調査研究
 絶滅のおそれのある野生生物種の保存を図る上で、野生生物の生息状況等の
基礎資料の整備が不可欠であることから、次に掲げる調査を始め、種の保存に
資する生物学的な知見を集積するための各種調査研究を推進する。
ア レッドデータブックの作成改訂:日本国内での野生生物の現状を継続的に
把握することにより、絶滅のおそれのある種を選定し、種別の現状や生物学的
な知見とともにレッドデータブックとして取りまとめ、公表する。また、生物
種を取り巻く環境や個体数等は時間とともに変化することから、レッドデータ
ブックの内容についても、各生物種の最新の状況をふまえ、記載種のランクの
変更や削除、新たな種の追加等の改訂を定期的に行う。
イ レッドデータブック掲載種のモニタリング調査:絶滅のおそれの高い種を
中心に、その的確な保護対策が講じられるように、生息状況や生息環境等の継
続的なモニタリングを行う。
 また、調査研究の推進に当たっては、国の機関の連携、地方公共団体との連
携、民間団体及び専門研究者との連携によるネットワークの強化を図る。

3 鳥獣の保護管理

 鳥獣は、自然環境を構成する重要な要素の一つであり、自然環境を豊かにす
るものであると同時に、国民の生活環境の保持・改善上欠くことのできないも
のであり、広く国民がその恵みを享受するとともに、永く後世に伝えていくべ
き国民の共有財産である。このため、生息環境の整備、野生鳥獣の捕獲の規制
等鳥獣の保護管理の充実強化を図っていく。

(1)鳥獣保護事業の推進
 野生鳥獣の保護は、鳥獣の生息状況等に即して計画的に進める必要がある。
このため、「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」に基づく鳥獣保護事業計画に即し
て、鳥獣保護区の設定、人工増殖及び放鳥獣、普及啓発等の保護事業を積極的
に推進する。

(2)野生鳥獣の捕獲の規制
 我が国に生息する野生鳥獣は生態系維持の観点から保護を図る必要がある。
野生鳥獣の捕獲については一定の制限をしており、狩猟については、捕獲でき
る鳥獣を、生息状況等から47種類としているほか、猟期の制限、捕獲数の制限
、休猟区の設定等により規制を加え、野生鳥獣の保護を図っているところであ
る。
 今後とも生息状況等科学的知見に基づいて、狩猟等による捕獲の規制を適切
に進める。

(3)野生鳥獣の保護管理
ア 野生鳥獣は、鳥獣保護区の設定、管理を中心とする生息環境の整備、捕獲
の規制、適正な個体数管理によりその保護管理を推進することが必要である。
 特定の種の生息数の増加により、農林業被害や生態系への影響が懸念される
場合などには、捕獲による個体数調整、被害防除施設の設置、生息環境の整備
などを総合的に推進する。また、狩猟が野生鳥獣の生息数コントロールに一定
の役割を果たしていることから、狩猟の適正な管理を進める。
イ 西中国地域のツキノワグマなど保護に留意すべき地域個体群の保護等のた
め、生息数の維持、生息環境の整備、農林業被害の防除、地域住民への普及啓
発等の方策を含めた保護管理計画の策定・実施に努めている。
ウ 今後とも、野生鳥獣の生息地域、生息数、生息環境、生態等に関する調査
研究を進めることにより科学的知見の充実を図り、それに基づき、野生鳥獣の
保護管理を進める。

(4)野生鳥獣の生息状況等の調査・研究
 野生鳥獣の保護管理に当たっては、野生鳥獣の生息状況、個体群の動向、生
息環境等に関する情報収集が不可欠であり、その整備に努めるとともに、野生
鳥獣の管理手法、生息数及び密度把握の手法、被害防止技術等に関する調査研
究を進める。
 渡り鳥については、干潟等その生息環境の保全等の施策を推進するため、鳥
類観測ステーションにおける標識調査、ガン・カモ科鳥類の生息調査、シギ・
チドリ類の定点調査等のモニタリング調査の実施を進める。
 これら野生鳥獣の保護管理に関する調査研究については、民間団体等との連
携を図り効果的な実施を図る。

(5)野生鳥獣の保護管理についての普及啓発等
 野生鳥獣の保護管理については、国、地方公共団体、研究機関、民間団体等
の連携が重要であり、その充実強化を図ることとする。
 また、野生鳥獣の保護管理に関しては、広く人々の認識を深める必要があり
、人と野生鳥獣との共生についての普及啓発を進める。

4 天然記念物制度による野生動植物の保護

 我が国の多様性に富んだ野生生物を、種もしくは群集、生態系など各レベル
を対象に学術的価値の高い自然として保護することを目的とした天然記念物制
度は、我が国の自然を記念し、固有の文化を育んだ背景でもある自然遺産の保
護をも図るものである。気候帯や森林植生の異なるタイプに配慮し、人為によ
ってもたらされた二次的自然をも視野に入れて指定されている天然記念物が、
我が国の生物多様性の保護に果たしてきた役割は、極めて大きい。
 長い歴史を経て国民の間に広く定着している天然記念物の保護制度が、生物
多様性の保護に大きく寄与してきた効果は、今後においても十分期待されると
ころである。鳥獣や絶滅が危惧される稀少な動植物に限らず、鳥獣以外の動物
や国土に存在する様々なタイプの植生や生態系をも指定してきた天然記念物の
系統的な指定の推進は、生物多様性の保護に一層効果をもたらすものといえよ
う。
 指定された天然記念物の適切な保護管理に万全を期すためには、保全生態学
等に根ざした技術体系の確立や国の関係機関、地方公共団等の連携協力のもと
に、保護管理の有効な実施体制の整備に努める必要がある。

(1) 体系的な指定の推進
 保護に大きく寄与してきた効果は、今後においても十分期待されるところで
ある。鳥獣や絶滅が危惧される稀少な動植物に限らず、鳥獣以外の動物や国土
に存在する様々なタイプの植生や生態系をも指定してきた天然記念物の系統的
な指定の推進は、生物多様性の保護に一層効果をもたらすものといえよう。

(2) 保護管理計画の策定と実施
 指定された天然記念物の適切な保護管理を期すため、必要に応じ天然記念物
ごとに保存管理方策を策定し計画的に保護のための諸措置を実施することとし
ているが、保全生態学等の科学的手法の導入によってより的確な保存管理方策
の策定および技術体系の確立に努める必要がある。

(3) 食害防止対策の充実
 天然記念物に指定された動物が農林産物等に食害をもたらすことがある。総
合的な食害防止対策を実施し、当該動物個体群の安定的維持を図ることで貴重
な動物種が保護されることから、さらに有効で効率的な食害防止対策手法の開
発と実施の充実を検討することが必要である。

(4) 生息・生育環境の整備
 二次植生や人里の動物を指定対象とする天然記念物では、当該植生や動物を
もたらし維持してきた人為活動の継続が必須であるが、近年の社会的・経済的
要因の変化により維持管理が中断される傾向が強い。人が関与して創出したこ
れら自然の保護には特に生息・生育環境の整備を保存管理計画に基づき実施し
てきている。

(5) 指定地の公有化
 天然記念物の適切な保護を期す上で、当該指定地域の地権者等による土地利
用との調整を図る必要が生じるケースがあるが、より安定的な生息・生育環境
の確保を図るため、土地を公有化する制度を運用してきている。

5 国有林における野生動植物の保護管理 

 国有林においては、野生動植物の生息・生育環境の保全など自然環境の維持
・形成に配慮した適切な森林施業を推進するとともに、森林官等の営林署職員
による巡視を通じて野生動植物の状況の把握、山火事等の森林被害の防止、森
林の利用者の指導等を図ることにより、野生動植物の保護に努める。また、国
有林における密猟や高山植物の盗掘などの違法行為に対しては、「司法警察職
員等指定応急措置法」に基づく司法警察職員による取締を実施していく。
 さらに、特に保護を重視すべき野生動植物については、第1節で記述した「
自然維持林」及び「保護林」を適切に保護管理することを通じ、その保護・増
殖を図る。中でも、「種の保存法」により指定された種など、希少な野生動植
物については、個体の保護・保全のための巡視、生息・生育環境の維持・整備
に必要な森林等の保護管理手法の調査、生息・生育環境の維持・整備、その他
希少な野生動植物種の保護に必要な措置を実施する「希少野生動植物種保護管
理事業」を推進していく。

6 海洋等の水域における野生動植物の保護 

 我が国では「漁業法」、「水産資源保護法」といった公的制度によって、野
生水生生物の保護・管理を行い、持続的な水産資源の利用を図っている。
 また、多様性のある水生生物環境を維持していくことは、同時に漁業生産性
の維持にもつながるという観点から、減少が著しい種や存続が脅かされている
種を特定し、水生生物の既存情報の体系的な整理及び分布等について必要な現
地調査を実施し、水産庁版レッドデータブックとしてとりまとめている。
 この資料を参考に、資源状況の著しく悪化している水生動植物が生息又は生
育している水面を保護水面として指定し、密漁防止や産卵場の造成、区域内で
の行為規制等を通じて、当該水産動植物の保護培養を図っているほか、資源悪
化の状態に応じた採捕、所持、販売の制限・禁止等、所要の措置を講じている
。さらに野生水生生物のうちその保存が特に社会的に要請されている種や緊急
な保存措置をとることが必要と認められる種について、生態環境調査及び増殖
技術開発を実施し、資源の維持、増殖を図る。
 また、河川において絶滅のおそれのある野生動植物の生息・生育状況の把握
、生息・生育環境の維持・改善、生息・生育地の回復等の施策を推進する。

第4節 保護地域の周辺地域の開発の適正化

1 基本的考え方 

 我が国の保護地域には必ずしも生態系保全の観点から十分な面積を有してい
ないものがある。また、湿原など保護対象の生態系に周囲(湿原では主に上流
部)の広大な地域の開発行為が大きな影響を及ぼす場合がある。
 こうした保護地域においては、保護対象の自然を適切に保護するために、保
護地域の周辺地域の開発を適切に誘導することが必要である。
 保護地域の周辺地域に何らかの規制がある場合には、保護地域の保全にも資
するようにその適切な運用を図ることが重要である。
 また、保護地域内の生物多様性に大きな影響を及ぼす行為が行われないよう
に、周辺地域の管理者及び土地所有者の理解と協力を得ることが必要である。
このため、まず、保護地域の生物多様性への理解を深めるために関連情報の積
極的な提供等により普及啓発に努めるとともに、特に周辺地域の開発行為が保
護地域に影響を及ぼすおそれのある地域については、関係者を含めた連絡調整
のための組織の設置等により、関係者の理解と協力の下に保護地域の周辺地域
の開発が適切に行われるように努める。
 さらに、必要に応じて、保護地域の生物多様性を保全するための広域的な環
境管理の指針作成や奨励措置についても検討する。

2 各種取組

(1) 森林
 第1節で記述した国有林の「保護林」に外接する森林においては、「保護林
設定要領」などのガイドラインに基づき、原則として皆伐による森林施業を行
わず、複層林施業や天然林施業を行うこととし、保護林内の環境の効果的な維
持・形成を図る。
 「保護林」の中でも「森林生態系保護地域」については、UNESCOの「人間と
生物圏計画(MAB)」の考え方を参考にしつつ、森林生態系の厳正な維持を図
るべき地区(「保存地区(コア)」)と、保存地区の森林に外部の環境変化の
影響が直接及ばないよう緩衝の役割を果たすべき地区(「保全利用地区(バッ
ファーゾーン)」)とに区分している。この「保全利用地区」は、自然条件等
に応じて、森林の教育的利用や、大規模な開発行為を伴わない森林レクリエー
ションの場として活用することとしている。保全利用地区においては、入り込
み者が一部地域へ集中することを防止するとともに原生的な森林の中で森林の
働きと森林との接し方を学ぶ機会を提供することを目的として、自然観察路、
休憩施設、案内板などの教育用施設を整備するとともに、パンフレットなどの
学習用資料を配布して積極的な普及啓発に努める「森林生態系保護地域バッフ
ァーゾーン整備事業」を実施している。

(2) 農地 
 貴重な野生動植物の宝庫である湿原を、周辺農地の影響から保全するために
、農地から湿原への負荷物質の流入を抑制するための湿原周辺の農地等におけ
る土地管理手法の開発を進める。

(3) 陸水域及び沿岸海域 
 「水産資源保護法」に基づき指定された保護水面について、広報活動や地方
行政レベルでの連携を強化し、保護水面制度の趣旨の徹底を図ることにより、
保護水面周辺地域での開発が適正に行われるよう措置を講じることとする。
 また、河川横断施設に魚道を設置すること等により魚類の遡上に配慮し、そ
の結果、保護地域における野生動物の生息環境の改善に資する。
 さらに、サンゴ礁等の海中保護区に隣接する陸域においては、開発や土地利
用に伴う土砂や汚濁物質の流出を防止するための適切な措置を講じる。

(4) 天然記念物指定地
 天然記念物の指定地については、その周辺地域における開発行為等による保
全への影響を回避・防止するため、予め調査とそれに基づく措置の実施等の調
整が行われており、生物多様性の保全に資する制度運用がなされている。

第5節 移入種による影響対策

1 基本的考え方 

 国外あるいは地域外からの移入種については、在来の近縁な種との交雑の進
行、同種の在来個体群との交雑による遺伝的汚染、他の種の捕食や生息場の占
奪などによる在来種の圧迫等による生態系の撹乱のおそれがあり、生物多様性
を損なう場合があることから、移入の防止、移入種の駆除等の対応が必要であ
る。特に他の地域と隔絶され、固有の生物相を有する島嶼などでは、外来種・
移入種が在来の生物相と生態系を大きく変化させるおそれが強い。
 また、国内の農林水産業に支障を与えることのないよう、農作物、家畜等に
悪影響を及ぼす動植物種等の侵入を適切に規制することが必要である。

2 狩猟制度による移入種対策 

 野生鳥獣の移入種については、1994年の狩猟鳥獣の種類の変更に際して 3種
の外来種を狩猟鳥獣としての追加し、狩猟により生息数を減少させるよう措置
しているほか、有害鳥獣駆除による捕獲許可の運用により対応している。
 今後は、野生鳥獣の移入種の生息実態、生態系に与える影響等についての調
査研究を進め、狩猟鳥獣への追加、有害鳥獣駆除制度の効果的な運用を行うこ
とにより、移入種のコントロールを行う。

3 保護増殖事業等における移入種対策 

 「種の保存法」で指定する「国内希少野生動植物種」の生息に影響を及ぼし
ている移入種については、「保護増殖事業計画」の一環として捕獲駆除や分布
拡大防止対策を実施している。
 今後は、国内希少野生動植物種の生息実態を調査する中で、生息に影響を及
ぼしている移入種について、必要に応じて駆除等を実施することとする。
 また、特に他の地域と隔絶され、固有の生物相を有する島嶼などでは、外来
種・移入種が在来の生物相と生態系を大きく変化させるおそれが強く、影響が
生じている場合には、緊急にその影響防止のための事業を実施する。

4 保護地域等における規制方策 

 生態系の保全、生物多様性の確保のために移入種の積極的な排除が必要な地
域地区については、効果的な規制方策の検討を行う。
 また、固有な生物相を有する特に重要な地域地区については、移入種の持ち
込みを規制する方策の検討を行う。

5 移入種に係る調査研究 

 国内における移入種の分布、生態等の実態を把握するとともに、外来種の輸
入に際して、種の移入が与える影響に関する調査検討及び移入後の管理方法に
ついて検討する必要がある。

6 移入種に係る普及啓発 

 ペットや観賞用として持ち込まれる外国産の動植物の野生化を防止するため
、愛好者や業者等に対し種の保存の観点から適切な飼養、管理の徹底について
の普及啓発を進める。また、国内でも他地域からの昆虫類等の小動物の移入は
、地域の在来種が保持してきた遺伝的特性を交雑により消失させるおそれがあ
る。このため、在来種の遺伝的多様性の保護について国民の理解を深めるため
の普及啓発を進める。

7 農林漁業関連の移入種の規制 

 農作物に対して有害な動植物種については、「植物防疫法」に基づく植物検
疫制度により国内への侵入を防止し、侵入したものについては、蔓延防止のた
めの撲滅駆除事業を行っている。
 また、動物については、「家畜伝染病予防法」に基づき、家畜の伝染性疾病
の国内への侵入を防止するための動物検疫及び国内に侵入した家畜の伝染性疾
病を撲滅するための家畜伝染病予防事業を実施している。
 更に、林業種苗の輸入に関しては、「林業種苗法」により、国内林業に著し
い悪影響を生じ、又は生ずるおそれのある劣悪な種苗は、輸入を規制すること
ができることになっている。
 一方、水産動物については、外来種による在来種への影響を考慮しつつ、外
来種の養殖への導入などの需要にも対応していく必要が生じている。外国産種
苗の国内移入については、その実態の把握に努めており、更に、今後の外国産
種苗の利用の拡大の可能性に備え、養殖対象となる外国産種の特性の評価や養
殖を行う際の逸散防止技術の開発を進めていくこととしている。
 また、近年、オオクチバスやブルーギル等の魚食性の外来魚の生息及び近縁
の種との交雑が全国各地の河川、湖沼で広く確認されており、在来種への影響
や漁業や遊漁への悪影響が懸念されている。このような状況に対し、必要に応
じて各県の内水面漁業調整規則に基づき規制を行っている。今後も、地域ごと
に生物環境や産業に悪影響を及ぼす可能性のある外来魚について、移入規制措
置や外来魚の資源量を適正レベルに抑制する措置などへの取組を講じていくこ
ととしている。

第6節 二次的自然環境の保全

1 二次的自然環境の現状と保全の取組

(1) 現状
 二次林、二次草原、農耕地等の二次的自然環境は生物多様性の観点から、注
目される特性を有している。いわゆる雑木林と呼ばれるような落葉広葉樹二次
林は氷河期の温帯林起源の遺存的な動植物を温存するなど、唯一これらの環境
を生息・生育の拠り所としている動植物種を多数育んでおり、また、二次草原
は我が国における分布面積が全国の3.2%と少ないが、オオウラギンヒョウモ
ンやハナシノブなど二次草原のみに生息・生育する希少な動植物の生息・生育
の場となっている場合が多い。
 さらに単位面積当たりの種数について比較すれば、人間の活動に伴う生態系
の適度な撹乱は多様な環境を形成し、その結果、二次林では、極相にある森林
よりも相対的に種数が多くなるという傾向も有している。
 他方、長い時間をかけて形成され、人が自然の力を活かして耕作が営まれて
きた水田は、水田に水を補給する用水路、水源を潤す林やため池等栽培のため
に必要な環境とともに水生生物をはじめとした生物に生息の場を提供してきた
。特に、谷間の平坦な湿地につくられた谷津田(あるいは谷戸田)と呼ばれる
ところには、このような環境が集約され、多様な環境を有している。
 しかしながら、ゴルフ場や住宅地への転換の進行等に伴い、市街地周辺部等
において二次的な自然環境は減少しつつある。その結果、例えば、ホトケドジ
ョウ、タガメ、オキナグサ、エビネなどのように、本来は身近な生き物である
のに、全国的に急減し、希少な種となっているものも数多く存在する。

(2) 保全の取組
 このような状況の下、二次的自然環境の保全が大きな課題となっている。
 このため、自然の空間の特性、地域の自然的社会的特性に応じて、的確に二
次的自然環境を保全していく必要がある。
 こうした二次的自然環境は人と自然の長期にわたるかかわりのなかで形成さ
れてきたが、近年は、経済的要因をはじめ、様々な要因により、人のかかわり
を維持し続けるのが困難な状況となっている。
 例えば、雑木林についてみれば、燃料の採取などの人々の営みを通じて維持
されてきたが、生活スタイルの転換等によって、この結び付きが弱くなってお
り、二次草原についてみれば、牧畜や屋根葺のための採草・放牧等を目的に定
期的に火入れをすることによって維持されてきたが、我が国畜産業を取り巻く
情勢の変化や生活スタイルの転換等を背景にこのような活動に必要な人手が十
分に確保できなくなっている。また、谷津田は、生産効率が低いために、その
自然環境を的確に維持するには多大な努力を必要とする。
 したがって二次的自然環境を維持していくには、生活の場、生産の場として
の活用の強化を図る取組とともに、このような場としては的確に維持すること
が困難な地域については、これに代わる手法の導入を検討することが必要であ
る。
 その際、このような自然環境を有する地域の多くが過疎化、高齢化しており
、このような自然環境を維持する作業に必要な人手の確保が困難となってきて
いることに十分留意する必要がある。
 こうした状況をも踏まえ、「ふるさといきものふれあいの里」の整備や天然
記念物に指定されている二次林等の生育環境の整備等を通じて、身近な生物が
生息するような二次的自然環境の保全を進めており、また、税制措置の活用等
によりナショナルトラスト活動への支援を実施している。
 地方公共団体においても独自に、雑木林に象徴される「ふるさと」の自然を
保全するため、こうした自然が保持されている土地の所有者に対して「緑の管
理協定」を締結のうえ、奨励金を交付したり、公有地化を進めるといった取組
、あるいは、基金を設置、活用して雑木林等を取得保全する取組などが進めら
れている。また、農地として維持されてきた田圃について、他地域の住民と契
約を締結することにより協力を得て保全するといった取組も見られる。

(3) 今後の取組
 二次的自然環境が人手をかけることによって維持されていることから、これ
らの自然と地域の経済社会とのかかわりに関する調査研究を進める。
 また、このような調査研究をも踏まえ、里山の雑木林、谷津田や水辺地等の
自然で、地域全体で維持していくことが必要と認められるもの等については、
引き続き税制措置の活用や公的関与等により、民間保全活動とも連携しつつ、
適切な維持・形成を進める。その際、希少野生生物を含む多様な生物と共生す
ることのできる里地環境の保全・整備を促進するための指針を作成しつつ、各
地域において住民の参加、協力の下に里地環境の保全管理・育成を進めるよう
努める。

2 森林における二次的自然環境の保全

 森林は、土壌層、草本層、低木層、高木層といった立体的な階層を有し、こ
のような多様な空間に応じた様々な動物の生息の場となっている。特に、伐採
後等に自然の復元力により形成された二次林は、森林を構成する植物種自体が
豊富で複雑な生態系を有している。
 このため、1)人工更新により造成した森林において複数の樹冠層を有する森
林を造成する複層林施業、2)天然力を活用しつつ保育作業など森林に積極的に
人手を加えることによって森林を造成する育成天然林施業、3)広葉樹林の造成
・整備、4)野生生物の生育場所に適した水辺環境の整備、餌木の植栽等、森林
の状況に応じ、野生動植物の生息・生育環境の保全・形成等にも配慮した多様
な森林の造成・整備を推進する。
 また、人工林について健全な森林を育成するため、保育、間伐等の適切な施
業を推進する。

3 農村における二次的自然環境の保全

 我が国の伝統的な農村は、農地を中心として屋敷林、生け垣、用水路、ため
池、畦や土手・堤といった多様な環境を有し、これらの多様な環境に適応した
様々な生物の生息・生育の場を提供している。このような認識を踏まえて以下
のような取組を行う。
(1)生物多様性に富んだ農村空間の形成
 農村部において、生態系の保全に配慮した整備を行い、多様な生物相と豊か
な環境に恵まれた農村空間の形成を進める。具体的には、農業用施設(水路、
ダム、ため池等)の整備や維持管理に際しての生態系への配慮、水路等に生息
する希少野生動植物種の生息環境の保全への配慮、ため池等の周辺における生
物の生息・生育空間(ビオトープ)保全に資する事業等の取組を進める。
(2) 環境保全型農業の推進
 農地における生物の生息に配慮し、化学肥料、農薬等の使用を節減した農業
を各地に増加・面的に拡大のうえ、さらには、環境保全型農業の取組を全体に
一般化・定着すべく、推進目標と達成手法の明確化を掲げ、その達成に向けた
具体策を進める。

4 水辺地における二次的自然環境の保全

(1) 河川、渓流の保全
 河川は、水域においては多様な水生生物の生息環境であるとともに、陸域に
おいてはヨシ群落、ヤナギ群落等の多様な植生環境の存在によって、これらに
依存する昆虫等の小動物に生息の場を提供し、地域の生物相を豊かなものとし
ている。
 このような、本来河川が有する多様な生物相を保全するため、治水の面との
調和を図りながら、河川改修にあわせて、魚類の生息環境として重要な瀬と淵
の保全と創出、空隙の多い多様な水際環境の創出、護岸表面の覆土等による緑
化、多段式やスロープ式の魚がのぼりやすい床止め等、様々な取組を推進する
(多自然型川づくり)。
 また、すぐれた自然環境を持つ地域の渓流で、周辺の環境と比較して環境が
著しく劣っている渓流において、積極的に生態系の回復を図る(渓流再生事業
)。
(2) 砂浜の保全
 砂浜は、微生物の作用や曝気効果によって海水の浄化が行われ、多様な生物
の生息環境となっている。現在我が国に20,000haある砂浜は、年間 160haに及
ぶ侵食を受けているが、これ以上の減少を食い止めるため、調査研究を通じ侵
食の発生機構を明らかにするとともに、砂浜の侵食予防と復元の両面から海岸
保全対策を展開していく。
(3) 沿岸域の保全
 沿岸域は、海洋生物の産卵場や仔稚の育成場としての環境を形成している。
このため、漁港・港湾を整備する際、港内の水質保全に資する海水交換機能及
び海洋生物の生息・生育地としての機能の確保に努めるとともに、漁港・港湾
周辺における藻場・干潟等の保全及び再生等により、沿岸域生態系の保全に資
する様々な取組を推進する。

第7節 都市地域における生物多様性の保全

1 基本的考え方

 自然が減少している都市地域において生物多様性を保全するには、生物の生
息・生育にとって十分な面的な広がりが確保されるように、残された自然の保
全を進めるとともに、積極的に生物の生息・生育空間(ビオトープ)を創出し
、それらの有機的な連携を確保すること、さらに、こうした地域に生息・生育
する希少な種を保護増殖すること等が必要である。こうした基本的考え方の下
に、都市地域における生物多様性保全のための様々な取組を進める。

2 緑の基本計画

 1994年 6月に都市緑地保全法が改正され、市町村は、「緑地の保全及び緑化
の推進に関する基本計画(緑の基本計画)」を策定することができることとな
った。緑の基本計画は、市町村がその区域内における緑地の適正な保全及び緑
化の推進に関するマスタープランを定め、都市公園等の整備、緑地保全地区の
決定、公共公益施設の緑化、緑化協定の締結等都市計画制度に係る施策から都
市計画制度によらないソフト施策まで、官民が一体となって、都市における緑
地の保全・創出に関する施策を総合的かつ計画的に講じようとするものである
。
 当該計画が策定されることによって動植物の生息地・生育地としても重要な
緑地の計画的な配置等緑地の保全及び緑化の推進に関する施策が総合的かつ計
画的に展開され、都市内の生物多様性の保全に資することが可能となる。
 今後、2000年までに、1,300余の市町村が緑の基本計画の策定に着手する予
定である。

3 都市公園等の整備

 都市公園等は、都市における緑の中核拠点となるものであり、貴重な永続性
のある自然的環境として、また生物の生息・生育空間として重要である。よっ
て都市公園等整備五箇年計画等に基づき、21世紀初頭に概ねすべての市街地に
おいて歩いていける範囲に整備を推進するとともに公園内の植樹面積の積極的
増加に努め、長期的には住民一人当たりの都市公園等面積を20m2とすることを
目標に、着実にその整備を推進する。また、都市公園等の整備に際しては、郷
土産樹種の植栽等により、多様な動植物が生息・生育できるよう配慮する。

(1) 自然生態観察公園
 既存の自然的資源地(樹林地、斜面緑地、草地、水辺地、湧水地)あるいは
、これらの資源に隣接する場所において、野鳥等の小動物の生息地、代表的な
植物群落などをサンクチュアリ等として整備・保全するなど質の高い緑地環境
の保全、創出を図るとともに都市に自然を呼び戻すことを通じて、人間と生物
がふれあえる拠点となる自然生態観察公園の整備を進める。

(2) 都市林
 都市に存在する樹木群、人工系の支配する都市的空間の中に様々な形で共存
している森林、都市の生活環境の保全上、特に重要な役割を果たしていると認
められている樹林地といった都市林は、身近な自然的環境が減少した市街地内
において、多様な動植物が生息・生育できる空間として、また、都市住民の自
然的環境とのふれあいの場となる森林空間を確保するうえで重要な役割を果た
している。
 このため、都市に残された大規模な森林空間について生物の生息・生育空間
として適切に保全しつつ、都市住民の自然的環境とのふれあいの場となる都市
公園等として公開するとともに、都市内において生態的に安定する規模の森林
空間を新たに創出し、多様な生物の生息・生育空間としての機能を重視しつつ
、都市住民の自然的環境とのふれあいの場として機能するよう、都市公園等と
しての整備を行う。

4 緑地の保全

(1) 近郊緑地保全区域
 建築物の新築等の一定の行為に対し届出を課することにより、首都圏及び近
畿圏の大都市近郊の良好な自然の環境を有する緑地を保全し、無秩序な市街化
の防止及び都市の
生活環境の保全を図る制度(首都圏近郊緑地保全法及び近畿圏の保全区域の整
備に関する法律)であり、緑地の保全を通じて、生物多様性の保全に寄与する
ものである。
 これまでに、首都圏において約15,693ha、近畿圏において約81,167haが指定
(1995年 3月現在)されており、今後とも本制度の的確な運用を図っていく。

(2) 緑地保全地区
 建築物の新築等の行為の規制、行為規制に伴う損失の補償、土地の買入れ等
の各種措置を講ずることにより、都市における良好な自然的環境を形成してい
る緑地を現状凍結的に保全する制度であり、次のような要件を具備する地区を
都市計画において決定している。
ア 無秩序な市街化の防止、公害又は災害の防止等のため必要な遮断地帯等と
して適切なもの
イ 伝統的又は文化的意義を有するもの
ウ 風致又は景観の優れているもの若しくは動植物の生息地、生育地として適
正に保全することが必要があり、かつ住民の健全な生活環境の確保に必要なも
の。
 本制度は、緑地の保全を通じて生物多様性の確保に寄与するもので、これま
でに、全国で約 3,520haが指定されている(1994年 3月現在。近郊緑地特別保
全地区を含む)。
 なお、ウのうち動植物の生息地、生育地として適正に保全する必要があるも
のについては、1994年に本制度に係る法律(「都市緑地保全法」)が改正され
、緑地保全地区の指定要件の一つとして追加されたものである。
 また、都道府県に加え市町村、緑地管理機構による緑地保全地区内の土地の
買入れや地区内の保全・利用を推進するための保全利用施設の整備を実施して
いる。
 今後とも、これらの取組の的確な実施を図っていく。

(3) 市民緑地
 都市計画区域内の一定規模以上の土地の所有者の申し出に基づき、都道府県
、市町村、緑地管理機構と契約を締結し、当該契約に基づき当該土地を住民の
利用に供する緑地(市民緑地)として一定期間設置・管理することで、地域住
民の自然とのふれあいの場や生物の生息地等となる身近な緑を確保する。

(4) 雑木林、屋敷林等の保全
 市街地等に残された雑木林、屋敷林等の樹林で、地域全体で維持していくこ
とが必要と認められるもの等について、税制措置の活用や公的関与等により、
民間保全活動とも連携しつつ、適切な維持・形成を進める。

5 都市における森林の整備

 都市における森林は、生活環境の保全、身近な緑とのふれあいの場、多様な
動植物の生息地、生育地として重要な役割を果たしている。
 このため、森林の有する多様な動植物の生息地、生育地としての役割を生か
しつつ、地域住民の生活・防災空間を形成するための生活環境保全林等の整備
のほか、自然とふれあえる森林空間の整備など多様な森林の整備を行う。
 なお、保安林制度や林地開発許可制度等の適正な運用を通じて、都市地域に
残された森林の保全を図る。

6 自然的環境の創出

(1) 公共公益施設等の緑の創出
 市街化された地域において都市の骨格を形成する緑を系統的に整備するため
、都市公園等に加えて道路、河川、砂防、港湾、漁港、下水処理場、官公庁施
設等及び公的資金を活用して供給される住宅の緑を積極的に創出する。その際
、郷土産樹種の植栽等により、生物の生息・生育に適した空間となるよう配慮
する。

(2) 民有地の緑の創出
 行政、市民、企業等による適正な役割分担と相互の連携・協力の下に、住宅
地、工場、事務所、商業業務地域等の民有地等の緑化活動を公共公益的施設等
の緑化と計画的、一体的に推進する。

(3) 河川環境の整備
 本章第2節2(3)に記載の「多自然型川づくり」や第6節4(1)に記載の「渓
流再生事業」を行うとともに、「河川再生事業」として、大都市、主要な地方
都市及び観光地等の中小河川で、周辺の環境に対し河川環境が著しく劣悪な河
川について、河道の拡幅により河岸を緩傾斜化、多自然化し、また、大都市部
のように拡幅が不可能な場所については河道を二層化し、自然な河道や瀬や淵
を有する河道を形成するなど、水環境の改善等を行い、多様な生物が生息する
河川環境を再生する。

(4) 港湾・漁港における自然的環境の整備
 生物や生態系との共生を目指した第5章第4節2(3)に記載の環境共生港湾
の整備を図るとともに、第5章第4節2(4)の自然調和型漁港づくりを推進す
ることにより、野鳥公園、海浜、干潟等良好な自然的環境の創出を行う。

7 都市地域内の水域に生息する野生生物の保護

 近年の市街化に直接、間接に起因する生息水域の汚染や生息地そのものの喪
失、また競争種の侵入によって、淡水域に生息する多くの野生水生生物種は存
続の危機にある。よって、特に生息基盤の弱い淡水魚類等の野生水生生物につ
いて生態環境調査や増殖技術開発を実施し、自然環境での増殖を図ることとし
ている。
 また、都市の水域に生息する水鳥類は、都市の生物相を豊かなものとする上
で重要な役割を果たしており、これらの生息地の保全や再生を図る。

第8節 遺伝子操作生物の安全性確保

1 基本的考え方

 遺伝子操作生物の安全性確保については、関係各省庁において実験段階及び
産業利用段階における指針が整備され、これを研究者及び事業者が遵守するこ
とにより安全性が確保されてきた。
 これまで、遺伝子操作生物の開発・利用により、環境保全上特段の問題が生
じた事例は報告されていない。
 しかしながら、環境浄化技術への応用も含め、今後遺伝子操作生物の開放系
での利用が増加することが予想されるため、環境中に遺伝子操作生物を意図的
に放出する場合の環境影響評価手法の確立、安全性の評価又は効果測定のため
の指針や基準の策定、環境中でのモニタリングや制御方法の確立、国民のコン
センサスを得るための方策等についても引き続き検討することが重要である。
また、世界的な検討が利用分野毎に活発に行われていることから、我が国もこ
うした場に積極的に参加していくことも必要である。

2 実験段階における安全性確保

 組換えDNA研究は、基礎生物学的な研究はもとより、疾病の原因の解明、医
薬品の量産、有用微生物の開発、農作物の育種等広範な分野において人類の福
祉に貢献するものであるが、組換えDNA実験は、生物に新しい性質を持たせる
という側面があるため、その実施に当たっては慎重な対応が必要である。
 組換えDNA実験の安全性を確保するため、まず1978年に学術審議会建議を受
けて「大学等の研究機関等における組換えDNA実験指針」が文部省において告
示され、1979年には、科学技術会議の答申「遺伝子組換え研究の推進方策の基
本について」を受けて、「組換えDNA実験指針」が内閣総理大臣決定により定
められ、我が国でも様々な分野において組換えDNA実験が実施されるようにな
った。その後の科学的知見の増大に伴い、指針は逐次改訂されており、文部省
においては1994年 6月に安全性に関する新知見の蓄積を踏まえた 8回目の改訂
が、科学技術庁においては1991年 9月に遺伝子導入技術の進歩等を踏まえた全
面的な見直しによる 9回目の改訂が行われた。
 科学技術庁及び文部省では、これら指針の適切な運用を通じて、組換えDNA
研究の安全を確保しつつ、その適切な推進を図っている。
 本指針のもとで行われる研究は、年々増加する傾向にあるが、今後とも安全
性を確保しつつ科学的知見の蓄積等に応じて指針の見直しを行っていくことと
している。

3 産業利用段階における安全性確保

(1) 環境分野の取組
 バイオテクノロジーと環境保全に関し審議するため中央公害対策審議会企画
部会に設置されていたバイオテクノロジー専門委員会の報告書が、1991年12月
に取りまとめられ企画部会に報告された。報告書においては、遺伝子操作生物
の開放系利用について、個別の利用計画ごとに環境影響評価が必要であること
等が指摘された。環境庁では本報告を踏まえ、環境影響評価のための技術的事
項の取りまとめを行うとともに、具体的行政措置のあり方については、科学的
知見の進展に十分留意しつつ、引き続き検討していくこととしている。
 また、環境庁においては、特に生物(組換え体以外のものを含む。)を用い
た環境修復技術(バイオレメディエーション)を適用する際の環境影響評価手
法等考慮すべき事項等についての検討を、通商産業省においてはバイオレメデ
ィエーションの安全性評価手法の検討を行っている。

(2) 食品分野の取組
 近年、食品の製造にバイオテクノロジーを応用する研究・開発が進められて
おり、一部市場化された製品もある。組換えDNA技術の食品製造への応用につ
いては、未だ経験が浅いこともあり、安全性の確保について十分配慮し、もっ
て食品分野の健全な発展に資することが必要である。
 そこで、食品を組換えDNA技術を用いて製造する場合には、「農林水産分野
等における組換え体の利用のための指針(1989年 4月)」により、事業者の自
主的な安全性確保の取組に基づく組換え体の適正な利用と組換えDNA技術に対
する社会的理解の促進を図っている。また、食品衛生の観点からは、組換えDN
A技術を応用して製造された食品・食品添加物のうち、組換え体そのものを食
さず、かつ、生産物が既存の食品等と同一又は同一と見なされるものについて
は、「組換えDNA食品技術応用食品・食品添加物の製造指針及び組換えDNA食品
技術応用食品・食品添加物の安全性評価指針について」を定め、安全性の確保
を図っている。
 さらに、1994年 5月に米国食品医薬品局(FDA)により認可を受けた日持ち
を良くした組換えトマトのように、組換え体そのものを食し、かつ、生産物が
既存の食品等と同一又は同一と見なされる食品に対する安全性確保のための方
策については、現在、食品衛生調査会において検討しているところである。

(3) 医薬品分野の取組
 医薬品等を遺伝子組換え技術を用いて生産する際の指針として、「組換えDN
A技術応用医薬品等の製造のための指針」が定められ、組換え体の利用の安全
性及び生産物の品質の確保を図っている。

(4) 農林水産分野の取組
 農林水産分野における遺伝子組換え技術による生物の改良は、もとの生物に
生産性、品質等の機能の付与などを図るものであり、この技術を用いて組換え
られた生物は、導入した遺伝子により付与される特性以外はもとの生物と何等
変わることがないことなどのこれまでの20年以上に及ぶ科学的知見の蓄積を通
じて、遺伝子組換え技術の安全性は明らかになってきている。このような考え
方に基づき、我が国においても、組換え体の環境放出の安全性については、OE
CD等の世界的な枠組みの中で行われている専門家による科学的検討の成果を尊
重しつつ、引続き科学的検討を行うこととしている。
 また、組換え体を農林水産分野で利用する場合には、「農林水産分野等にお
ける組換え体の利用のための指針(1989年 4月)」により、従来から事業者の
自主的な安全性確保の取組に基づく組換え体の適正な利用と組換えDNA技術に
対する社会的理解の促進を図っている。
 また、この指針の適切な運用を図るため、組換え体の開放系利用における生
態系への影響評価手法の開発や組換え体管理手法の開発等の調査研究を実施し
ている。
 このほか、組換え体の安全性確保のための検討を行う国際的取組として、「
組換え植物・微生物の環境放出に関する安全性評価のための国際シンポジウム
」が1990年以降 2年に 1度のペースで開催されているが、次回1996年 7月の第
 4回シンポジウムは我が国で開催することとしている。

(5) 鉱工業分野における取組
 通商産業省は、1986年のOECDの理事会勧告に示された「組換え体の利用を規
制する特別の法律を制定する科学的根拠は、存在しない」という原則を踏まえ
、同年、「組換えDNA技術工業化指針」を告示した。この指針の目的は、事業
者が組換えDNA技術の成果を鉱工業等の産業活動に利用する場合のうち、工業
プロセス(閉鎖系)で利用する際の安全確保のための基本的要件を示し、組換
えDNA技術の利用に係る安全確保に万全を期し、もって、その技術の適切な利
用を促進することである。この指針は、組換え体の安全性評価のレベル毎に、
設備・装置及びその運転管理方法の基準を示している。
 事業者は、個別の組換え体の工業化計画について指針に適合していることの
確認を通商産業大臣に対して求めることができる。指針策定以来、組換えDNA
技術の普及と工業化促進を念頭に置いて運用し、約 9年が経過した。現在まで
285件のGILSP(優良工業製造規範:非病原性の非組換え体と同等の安全性レベ
ル)への適合確認を行っており、その製品の分野は、試薬、酵素、工業用アミ
ノ酸等の多岐にわたっている。
 組換えDNA技術の産業利用に関連して、利用する微生物の分類・同定の重要
性が増大してきた。さらに、微生物内のリボソームRNA、脂肪酸組成等に基づ
いて分類体系を検討することの重要性も認識されてきた。このため、微生物の
分類・同定手法に関する調査研究を実施しているところである。
 現在の工業化指針は、組換え体の閉鎖系における利用のためのものであるが
、鉱工業分野において、生物を用いた有用物質の溶出回収(バイオリーチング
)、生物を用いた有用物質の濃縮回収(バイオコンセントレーション)、バイ
オレメディエーション、生物を用いた汚染防止(バイオプリベンション)等の
開放系における生物(組換え体以外のものを含む。)の利用を促進するために
は、環境中に生物を意図的に放出する場合の安全性の評価又は効果測定のため
の指針や基準を検討する必要がある。

4 遺伝子操作生物の安全性確保のためのOECDを通じての活動

(1) OECDにおける検討の経緯
 1973年、組換えDNA技術が確立され、遺伝子組換え実験が活発に行われるよ
うになる一方で、その安全確保問題については、「未知のリスク」が存在する
かもしれないという社会的懸念が当初存在していた。このため、1975年に米国
アシロマにおいて、組換えDNA技術の利用当事者の自主管理を推進するとの基
本的立場から、安全対策の内容等について討議が行われた。これを受けて、19
76年には、米国国立衛生研究所(NIH)にて「組換えDNA実験ガイドライン」が
策定され、我が国においても、これを参考に文部省及び科学技術庁が組換えDN
A実験指針を策定した。
 1983年、組換えDNA技術の安全対策の国際的調和を図る観点から、OECD科学
技術政策委員会(CSTP)において検討が開始された。1986年には、「組換え体
の使用を規制する特別の法律を制定する科学的根拠は、現在存在しない」との
OECD理事会勧告及び「組換えDNAの安全性の考察」が公表された。これに基づ
き、我が国では、文部省及び科学技術庁の実験指針に加え、組換えDNA技術の
産業利用の観点から、厚生省、農林水産省及び通商産業省が指針を策定した。
 1988年、組換えDNA技術の野外利用における安全性の検討を主目的として、C
STPにバイオテクノロジー安全性専門家会合(GNE:Group of National Expert 
on Biotechnology)が設置された。1992年には、1986年の「組換えDNAの安全
性の考察」におけるGILSP(前出)について、それまでに蓄積された知見を基
に見直し及び明確化が行われた。同時に、組換え体の野外実験の設計について
、小規模野外実験指針(GDP)が策定された。
 1993年には、微生物及び作物の大規模野外利用の基本原則「プレアンブル」
が策定され、その中で、組換え体を評価する際、既にある知見及び経験を活用
するという「ファミリアリティ」の概念が確立された。また、バイオテクノロ
ジーの安全性確保の問題に関しては、バイオテクノロジーに着目した横断的な
安全性評価ではなく、生産した製品自体の安全性を評価すべき(プロダクトベ
ース)という考え方に基づき、作物、微生物、食品等製品分野別に検討が行わ
れ、まず、作物及びバイオ肥料のそれぞれについて、野外利用における安全性
の考察に関する報告書が公表された。食品分野においては、これまで摂取経験
のある食品と比較して実質的に同等であれば、組換え食品を特段区別する必要
はないという「サブスタンシャル・イクイバレンス(実質的同等性)」の概念
が確立された。
 これらの概念は、各国のバイオテクノロジー施策に大きな影響を与え、バイ
オテクノロジー産業の促進に寄与している。
 以上のように種々の安全性に関する科学的原則を確立してきたGNEは、1994
年にバイオテクノロジー・ワーキング・パーティ(WPB:Working Party on Bio
technology)へと更新され、バイオテクノロジーの安全性の検討に加え、研究
開発の促進のための基盤整備等の検討(具体的には、知的財産権、環境活用及
びヘルスケア)へとその活動範囲を拡大している。
 一方、OECDの他の委員会においてもバイオテクノロジーに関する活動が盛ん
になっている。
 環境政策委員会(EPOC)においては、バイオテクノロジーの環境影響を重視
して1993年 5月からバイオテクノロジーの環境的側面について検討が開始され
、1995年 5月の本会合においてバイオテクノロジーの規制的監督の調和に関す
る専門家会合の設立が合意された。 6月に開催された第1回会合では、データ
の相互受入れ、組換え植物の環境安全、環境政策に対する技術的考慮及びバイ
オテクノロジーの利用と規制に関する国際的データベース(バイオトラック)
に関するプロジェクトの実施が検討された。
 農業委員会では1994年 6月にバイオ農業製品の商業化に関するワークショッ
プをEPOCと合同で開催した。産業委員会においても1995年からバイオテクノロ
ジーの産業的側面に関する検討が開始される予定である。

(2) 今後の展開
 我が国は、今後も、OECDにおけるバイオテクノロジーに関する各種検討、国
際協力に貢献していくとともに、その活動に対し、人的・財政的支援を継続し
ていくこととする。また、その活動成果をOECD加盟国のみならず、OECD非加盟
国も加えた国際的な検討の場に活用していくよう働きかけていくこととする。

5 生物多様性条約締約国会議における検討

 「生物多様性条約」第19条第 3項に規定されたバイオセイフティ議定書の必
要性及び態様の検討のため、第1回締約国会議の決定に基づき、1995年 5月に
カイロでバイオセイフティ専門家パネル会合が、1995年 7月にマドリッドでバ
イオセイフティ専門家グループ会合が開催された。
 マドリッド専門家グループ会合では、カイロパネル会合において科学的知見
に基づいた検討のもとで作成された背景説明資料を材料として、バイオセイフ
ティ議定書の必要性及び態様の検討を行ったが、その結果、モダン・バイオテ
クノロジーによって改変された生物であって生物多様性の保全と持続可能な利
用に悪影響を及ぼすおそれのあるものを対象として、バイオセイフティの国際
的枠組を検討することが合意された。また、その国際移動問題に注意を払う必
要性が強調された。
 我が国は、バイオセイフティ議定書の必要性の検討に際しては、従来より科
学的知見の集積に立脚して行うべきと主張してきたところであり、締約国会議
等における今後の具体的検討に際しても、引き続き、科学的根拠に基づいた合
理的な結論が導かれるよう努力する。
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