5. KCJ004  02/16 15:57  7948  第2部 保全と利用のための基本方針

第2部 生物多様性の保全と持続可能な利用のための基本方針

第1節 基本的考え方

1 生物多様性の定義とその様々な価値

 生物多様性は、「生物多様性条約」第2条において次のとおり定義されてい
る。
 「すべての生物(陸上生態系、海洋その他の水界生態系、それらが複合した
生態系その他生息又は生育の場のいかんを問わない。)の間の変異性をいうも
のとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含む。」
 すなわち、生物多様性とは、生物が遺伝子レベル、種レベル、及び生物の相
互関係の複合体としての生態系レベルで変異性を保ちながら存在していること
である。
 こうした生物多様性は、人類の生存基盤である自然生態系を健全に保持し、
生物資源の持続可能な利用を図っていくための基本的な要素であり、遺伝、科
学、社会、経済、教育、文化、芸術、レクリエーション等様々な観点からその
価値が認識されている。

2 生物多様性の保全及び持続可能な利用の重要性及び必要性

 地球上で最も生物多様性に富んだ地域といわれる熱帯林は、国連食糧農業機
関(FAO)の調査によれば、1981年から1990年までの10年間に毎年15.4万km2(
日本の国土面積の約4割に相当)の割合で減少した。海の熱帯林に例えられる
サンゴ礁についても、近年急激に状況が悪化している。世界のサンゴ礁の10%
がかなり劣化し、それを遥かに超える割合のサンゴ礁が危機的状況にあると推
定され、この状況が続けば、21世紀中に世界のサンゴ礁資源のほとんどは失わ
れると予想される。このように世界の生物多様性の喪失及び減少が急速に進ん
でいる。
 我が国においても、これまでに種や地域個体群が絶滅しており、また、各種
開発行為による生息地の減少や劣化、さらには、移入種による生態系の撹乱等
によって、生物多様性の喪失や減少が進行している。
 また、我が国の国民の重要なタンパク源である水産資源についても、養殖業
を除く海面漁業の生産量が戦後ほぼ一貫して増加していたが、1984年の 1,150
万トンをピークに、マイワシ資源の減少、遠洋漁業の後退等により減少し、19
92年には 800万トンを下回った。また、底魚類を中心に我が国周辺の資源状態
は総じて低水準にある。
 こうした状況下において、現代の大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経
済活動や生活様式のあり方を問い直し、生産と消費のパターンを持続可能なも
のに変えていく必要があるとの基本認識に立って、生物多様性を保全し、その
構成要素の持続可能な利用を図ることは、現在の世代ばかりでなく、将来の世
代の可能性を守るためにも、極めて重要な課題である。
 それぞれの地域の生態系は相互に密接に関係しつつ全体として地球の生態系
を形成しているものであり、生物多様性も地域レベルから全地球レベルまで密
接に関連するものである。したがって、世界の生物多様性の保全のためには、
人類も地球生態系の一員であるとの基本認識に基づき、各国がそれぞれ自国の
生物多様性の保全に努めるとともに、地域的、世界的な協力を通じて、相互に
連携を保ちつつ、各国の保全施策や国際的な保全事業の実施促進を図ることが
重要である。

3 生物多様性の保全及び持続可能な利用に際しての考慮事項

(1) 生物多様性の保全
 生物多様性の保全に際しては、以下の点を考慮する必要がある。
ア 地域の自然特性に応じた保全
 自然性の高い地域においては、人為の排除や適切な人為の働きかけにより、
生物多様性の保全を図ることが必要である。特に、生態系が劣化している場合
には、回復のために適切な働きかけが重要である。なお、開発行為等の人為の
結果として生息・生育種数が増えることがあるが、この場合、生態系のバラン
スが崩れる等、生物多様性保全上の問題とならないように十分に留意すること
が必要である。
 二次的自然が中心の地域においては、地域の自然の現状に応じて、生物多様
性の維持や向上を図ることが重要である。二次的自然の多くは継続的な人為の
働きかけの結果、維持されている。このため、その保全を図るには人為による
働きかけが維持継続されるよう十分な配慮が必要である。
 また、自然を大きく改変して成立している地域においては、地域に残された
生物多様性の維持回復や向上を図ること、さらには、生物多様性の減少した地
域における多様な生物生息空間等の再生・創出を図るために、生態系の再生・
修復及び公園・緑地等の整備を積極的に行うことが重要である。その際、生物
多様性の保全のためには、その地域に本来生息・生育する種が普通に見られる
状況を今後とも維持するよう十分な配慮が必要である。
イ 科学的知見・情報の充実
 動植物の分布、野生動物の生息地として重要な自然生態系の分布及びその保
全の状況についての情報は、生物多様性保全を図る上での基本的な情報である
が、現時点ではわずかしか把握されていない。また、生物間の多様な相互関係
、生物多様性の維持機構等、生物多様性についての現在の科学的知見・情報は
、生物多様性の保全を進めるために十分なものではない。このため、調査研究
の促進、情報の収集整備の促進等を図りつつ、保全対策の充実を図ることが必
要である。

(2) 生物多様性の構成要素の持続可能な利用
 生物多様性の構成要素の持続可能な利用に際しては、以下の点を考慮する必
要がある。
ア 科学的知見の充実
 生物多様性の構成要素に対する利用圧が自然の再生産能力の許容範囲内にあ
ることについて、的確な把握が必要であり、このための調査研究を進める。
イ 予防的対応
 生物多様性の構成要素に対する利用圧が自然の再生産能力の許容範囲内にあ
るか否かにつき、不明の部分がある場合には、十分な余裕を持った対応が必要
である。
ウ 伝統的な利用形態の適正評価
 伝統的な利用形態には持続可能な利用の観点から評価できるものがあるので
、それらを適正に評価するとともに、必要に応じて、その維持や応用の促進を
図ることが重要である。
エ バイオテクノロジー等の新技術の活用
 生物多様性の構成要素の持続可能な利用においてバイオテクノロジー等の新
技術が果たしうる重要な役割を認識し、その環境上適正な活用を推進する。

(3) 施策の検討及び実施
 施策の検討及び実施に際しては、以下の点を考慮する必要がある。
ア 地域特性
 生物多様性の保全と持続可能な利用は、地域の自然的社会的特性を踏まえて
、きめ細かく実施されることが重要である。このため、国土空間の地域類型に
応じた施策を実施するほか、生物多様性の保全と持続可能な利用に関する地域
計画の策定などについての検討が必要である。
イ 総合的計画的な取組
 生物多様性の保全と持続可能な利用に関連する各種施策は、相互に密接に関
連するものであることから、各種施策の有機的連携を図るなどにより総合的か
つ計画的な取組が必要である。
ウ 各主体の積極的自発的な関与
 生物多様性の保全と持続可能な利用は国民の社会経済生活の全般に関わるも
のであり、各主体の積極的自発的な関与が必要である。
エ 国際的な視点
 我が国の経済活動が世界の生物多様性に大きな影響を及ぼしうることに留意
し、悪影響を及ぼさないように努めるとともに、世界の生物多様性の保全と持
続可能な利用のための国際協力を進めることが必要である。

第2節 長期的な目標

1 長期的な目標

 生物多様性の保全と持続可能な利用のために、21世紀の半ばまでに達成すべ
き長期的な目標は、次のとおりとする。
(1) 日本全体として及び代表的な生物地理区分毎にそれぞれ多様な生態系及び
動植物が保全され、持続可能な利用が図られていること。また、都道府県及び
市町村のレベルにおいて、それぞれの地域の自然的、社会経済的特性に応じた
保全と持続可能な利用が図られていること。
(2) 将来の変化の可能性も含めて生物間の多様な相互関係が保全されるととも
に、将来の進化の可能性を含めて生物の再生産、繁殖の過程が保全されるよう
に、まとまりのある比較的大面積の地域が保護地域等として適切に管理され、
相互に有機的な連携が図られていること。

2 当面の政策目標

 上記の長期的目標の達成に向けた当面の政策目標は、次のとおりとする。
(1) 我が国に生息・生育する動植物に絶滅のおそれが生じないこと。
(2) 生物多様性の保全上重要な地域が適切に保全されていること。
(3) 生物多様性の構成要素の利用が持続可能な方法で行われていること。
 このため、特に、動植物の分布・生息状況等の調査・モニタリングの充実、
関連情報の収集整備体制の強化、生物多様性の評価及び維持機構解明、生物多
様性に対する悪影響緩和方策、持続可能な利用のための技術開発等に関する研
究の促進、絶滅のおそれを生じさせないための保護対策(生存を続けられる個
体群レベルの維持、多様な生息環境の確保(修復、再生を含む)等)の充実、
絶滅のおそれが生じている種に対する保護対策の充実、生物多様性の保全に資
する保護地域の拡充及び適正管理、教育・普及啓発の促進等を図るものとする
。

 また、生物多様性の保全とその持続可能な利用は、地球規模で取組むべき人
類共通の課題であることから、国内における取組にとどまらず、各国との国際
的協調の下に我が国の能力を活かし、その国際社会に占める地位にふさわしい
国際的取組を積極的に推進する。
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