福井県RDB(植物編)タイトル

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概  説 (維管束植物)

 本県は日本列島の日本海側中央部に位置するため、南西から北上する暖帯性植物と、北東から南下する温帯・亜寒帯性植物の分布の移行帯となっていること、また、沿岸(ヤブツバキクラス域)から標高2000mを超す県境部の亜高山帯(コケモモ−トウヒクラス域)にかけての植生帯も変化に富んでいることから多様な植物が見られる。本県の植物相としては、維管束植物で約2700分類群(変種を含む)が確認されている(渡辺 2003)。しかしながら、近年、人間活動の影響により、これまでに見られなかった速さと規模で種の絶滅や、生態系の消滅など憂慮すべき現象が進んでいる。
 今回の調査結果から維管束植物のレッドリストとして、県域絶滅13種、県域絶滅危惧T類159種、県域絶滅危惧U類130種、県域準絶滅76種、要注目80種、計458種(変種を含む)があげられた。 以下、植生帯別にそれらの種の現状について概観する。
 本県のヤブツバキクラス域の植生は、沿岸域から標高約400mまでの山麓帯に分布している。このうち、最も海岸に近いところには、砂丘植生と断崖植生が成立する。規模が大きな海岸砂丘として三里浜(福井市・三国町)があげられるが、1969年から進められてきた臨海工業地帯の造成工事により、砂丘植物の生育環境の相当部分が消失した。このような沿岸部における開発や護岸工事などにより、減少の一途をたどっている種としては、ハマナデシコ、アナマスミレ、イソスミレ、フナバラソウ、ハマボウフウ、ハマウツボ、ハマナス、ネコノシタ、ハイネズ、ハマハコベなどがあげられる。
 沿岸から内陸部の標高400mにかけては、ヤブツバキクラスの自然植生として常緑広葉樹のタブノキやスダジイ、カシ類の森林が成立する。しかしながら、このような自然植生は長い間、人為的干渉を受けてきたために、ほとんどが代償植生に置き換わっている。タブノキ、スダジイなどの常緑広葉樹林は、若狭湾内に点在する島嶼や若狭湾から越前海岸の沿岸域の一部、さらには、やや内陸部に神社の社叢林などとして僅かに残存しているにすぎない。さらに内陸に入った平野・丘陵・低山地にかけては、かつてカシ類を優占種とする樹林で占められていたと考えられるが、現在ではそのほとんどが住宅地、農耕地、スギ・ヒノキ植林、コナラ林、アカマツ林などになっている。このような常緑広葉樹林の減少・消失によって、絶滅の危険性が高まっている種として、ヒノキバヤドリギ、タマミズキ、アオベンケイ、シロシャクジョウ、ホソバアリドオシ、キミズ、キエビネ、マヤラン、カヤラン、セッコク、フウラン、ムギラン、コクランなどをあげることができる。
 一方、本県のブナクラス域は、標高約400m〜1600mの山岳地帯である。この地域の植生はヤブツバキクラス域に比べると比較的新しい時代まで自然植生に近い状態で存続していたと考えられるが、この100年ぐらいの間の人間の生活圏や産業圏の拡大により、自然林の多くがミズナラ林等の二次林やスギ植林に置き換わっている。残存する自然植生としてのブナ林は、嶺北地方では加越山地と越美山地に比較的規模の大きな林が見られる他、丹生山地や南条山地の一部と嶺南地方の滋賀県境沿いの山地に小規模なものが残されている。ブナクラス域に生育する植物についても、森林伐採や園芸目的の乱獲などの要因により絶滅が危惧される種が増大している。主な種としては、アズマイチゲ、ミヤマツチトリモチ、スハマソウ、ミスミソウ、マルバサンキライ、ショウキラン、サルメンエビネ、ナツエビネ、スズムシソウ、トケンラン、ヒメニラ、サクライソウ、アオベンケイソウ、シモバシラ、ヤマシャクヤク、ササバギンラン、ミノコバイモ、ヤマブキソウ、ヤシャビシャク、カタイノデ、コガネシダなどがあげられる。
 本県の最も高標高のところに分布するコケモモ−トウヒクラス域の植生は、加越山地及び越美山地の高峰の標高約1600m以上、または山頂付近に分布し、その植生は主にダケカンバ林、オオシラビソ林、風衝低木林、高茎草原などによって占められている。
 これらのうち特に樹木の生育が困難となる風衝地や雪田付近に成立する草本群落(お花畑)には本県を分布の南限とするリンネソウ、シナノオトギリ、ヨツバシオガマ、クロユリ、クルマユリ、ハクサンイチゲ、ハクサンコザクラなどの高山植物が多く生育している。この植生域の植物については、里山など標高の低い山地に生育する種に比較して人間活動の影響が少ないと判断されるため、環境省版レッドリストの掲載種と園芸採取の対象になりやすい一部の種以外は本書に掲載していない。しかしながら、これら高山・亜高山性の種は、どれも県内での生育地が極めて限定され、また、増加する登山者の踏みつけなどによる影響も懸念されることから、今後、注意して観察していく必要があろう。
 以上は、主に自然植生とそこに生育する種の現状についてであるが、本書では水生・湿生植物が数多くリストアップされており、県域絶滅種の約7割、県域絶滅危惧T・U類の約3割を占めている。これらの種の生育地は先に維管束植物23述べたような自然度の高い植生域ではなく、そのほとんどが溜池、小川、水田など人為的な影響を強く受けて維持されてきた里地の二次的環境である。このような環境に起こった最近40年間ほどの変化は大きく、都市化にともなう宅地や道路、工業団地等の造成、圃場整備による水田の大規模化、湿田の乾田化、水路改修などは、日本の原風景でもあったかつての里地景観を一変させている。身近な環境で急激に進展したこの変化は、単に水生・湿生植物の生育の場を縮小・消滅させただけでなく、農薬の多用や生活廃水による水質汚濁等、生育条件の悪化をともなって、アサザやマルバオモダカなど、もともと個体数の少なかった種をはじめ、オオアカウキクサ、サンショウモなど水田雑草として普通に見られた種をも存続が危ぶまれるまでにその生育地や個体数を減少させた。 本書では、現時点で絶滅した可能性の高い水生・湿生の種として、オニバス、ガガブタ、マルバオモダカ、リュウノヒゲモ、カワツルモ、サギソウをあげている。また、絶滅が危惧される種としては、イトトリゲモ、ヒロハトリゲモ、ミズニラ、デンジソウ、サンショウモ、オオアカウキクサ、ヤナギヌカボ、ヒメビシ、ミズトラノオ、ミズネコノオ、ミズアオイ、カキツバタ、ミズトンボ、ミズチドリ、サワラン、ミミカキグサ類、スブタ、トチカガミ、イトモなど(以上県域絶滅危惧T類)、その他オオニガナ、ミズワラビ、ミクリ、ナガエミクリ、アギナシ、ミズオオバコ、ヒツジグサ、ミズユキノシタ、オニスゲ、ヤナギトラノオ、トモエソウ、マツモ(以上県域絶滅危惧U類)などをあげた。
 先に発刊された福井県レッドデータブック(動物編)の中でも、これらの種と生息環境を同じくするメダカ、ゲンゴロウ、ドジョウ類などかつて身近な動物の代表であった種が多く掲載されており、本県の生物多様性を維持していく上で、身近な水辺や湿地環境を面積の大小にかかわらず適切に保全していくことが今日急務となっている。
 
選定にあたって
 維管束植物のレッドリスト作成を進めるにあたり、これまでに県内で分布が確認されている種について
  1 現地調査で確認する。
  2 既存の標本情報および文献資料で確認する。
  3 植物研究者や県民からの情報を得る。
 以上のことを基本的な考え方として調査を進め、それぞれの種について分布情報を集約し、ワーキンググループで検討を加えてきた。しかし、ごく限られた期間の中で、全種について最近の状況を確認することは不可能に近く、レッドリスト作成にあたっては、既存文献やそれぞれの作成委員がこれまで蓄積してきた知見によるところが大きかった。その際に、最も参考になったのは本書の監修者でもある渡辺定路氏による福井県植物誌(渡辺定路 1989、2003)と、同じく監修者である若杉孝生氏等による研究グループが県の委託を受けて編集した福井県植物図鑑@〜D(福井県 1997〜2001)であった。これら文献は、両氏らの数十年に及ぶ本県植物相に関する調査研究結果を集大成したものであり、その内容は、近年における本県の植物相の実態をほぼ網羅したものである。
具体的選定にあたっては、それぞれの種の生育環境の開発等による影響の受けやすさを重視して、
  1 県内での既知の生育地が少ない種
  2 県内のどの既知の生育地においても個体数が少ない種
  3 過去に記録はあるが、この数十年間確認されていない種
  4 県内で明らかに生育地や個体数が減少傾向にある種
 以上のことを基本に種の選定を進め、それぞれの種についての分布情報を基に福井県レッドデータブックカテゴリーの定義に従ってカテゴリーを決定した。
 なお、前述のとおり高山・亜高山性の種については、開発等による人為的影響が現時点では少ないと判断して除外し、ラン科植物のように園芸採取の対象になりやすい一部の種についてのみ掲載した。また、環境省版レッドデータブック(2000)に掲載され、本県に生育する種については、一部、本県における絶滅の危険性は低いと思われる種もあったが、全国的に見ると保護の重要性が高いことから原則として掲載し、県のカテゴリーを環境省のカテゴリー以上とした。
 最後に、今回の選定およびカテゴリー評価は、現時点での限られた期間内に収集された情報に基づいたものであり、リストそのものから抜け落ちている種、あるいは妥当なカテゴリーに評価されていない種も多々あると思われる。今後ともこのような調査を継続して個々の種についての分布・生育情報を蓄積し、定期的にレッドリスト及びカテゴリー評価の見直しを図っていく必要がある。
 なお、掲載種の写真については、福井県植物図鑑および福井市自然史博物館所蔵の標本を利用させていただいた。ここに深謝する。

(横山俊一)
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