58(野坂山地)池ノ河内地区−−−−5万分の1地形図【敦賀】−−−−−−−

〔概 要〕〔地形・地質〕〔植 物〕〔鳥 獣〕〔昆 虫〕〔爬虫類等〕〔陸水生物〕〔景 観〕

58 池ノ河内地区                                   [⇒位置図]

〔概 要〕
 中・古生層山地内で、笙ノ川の源流部に小規模な盆状谷がみられる。一部に洪
積層が残存しており、その発生は洪積世後期以前と考えられる。周辺からの扇状
地性堆積物中の地下水が阿原ヶ池を涵養している。この池を中心にして形成され
た湿原は、オオミズゴケ群落を主要素とし、周囲からのハンノキ群落の侵入が見
られ、最近特に顕著になって陸化が急速に進行している。湿原内には、南限種
ヤナギトラノオをはじめ、ヤチスギラン、ミズドクサ、ドクゼリ、ミツガシワ、
オオニガナ、オニナルコスゲなど本県における区系地理学的に貴重な種が多い。
また、低標高地にかかわらず、高層湿原要素であるイヌノハナヒゲ−
ハリミズゴケ群落が分布しているのは、生態地理学的に極めて貴重である。
 鳥類では、ヒヨドリ、ホオジロが優占しており、水面ではカルガモの繁殖、
オシドリの生息、冬季カモ類の休息地ともなり、社叢林内ではブッポウソウの繁
殖等よい生息環境を呈している。
 昆虫相は湿原特有のものが見られ、ミドリシジミが著しく多産し、
ムナグロチャイロテントウなど県内他地ではいないものが生息し、学術上貴重で
ある。
 また、タカチホヘビなどの稀種を含め爬虫類、両生類等も豊富な生息相を呈し
ている。阿原ヶ池は湧水のため夏季でも15℃前後と水は冷たく、アブラハヤが生
息し南限として注目される。
 池を中心とする湿原一帯は、学術上も貴重な動植物相を呈していることからそ
の保全が肝要である。
 池ノ河内は、標高600m内外の低山性山地に囲まれた谷間の集落で、典型的な
山村景観をとどめている。


〔地形・地質〕
 「池ノ河内」湿原は、敦賀市の東部山地(野坂山地)内で、笙ノ川の最上流部
に位置する。笙ノ川は断層線谷を南北方向に流下し、次に迂回して西流し、敦賀
平野に出て敦賀湾に注いでいる。この源流部は、小規模な構造成の盆状谷を形成
しており、そこに集水した阿原ヶ池と湿原がみられる。
 この東部山地に分布する中・古生層は、一般に褶曲が著しく、柳ケ瀬断層に近
接しているためか多くの断層群がみとめられる。主として粘板岩、砂岩、
チャートから構成されている。
 笙ノ川上流に発達する刀根層は、砂岩、頁岩及び砂岩・頁岩互層からなり、池
ノ河内集落付近ではその無層理塊状の砂岩厚層がみられる。これは笙ノ川上流の
河谷に沿った南北性の池ノ河内断層によって東・西両地塊に分れる。また、池ノ
河内の西側には、厚いチャート層(敦賀層)があり、砂岩層(刀根層)とは断層
関係にある。
 ほぼ並走する2つの断層が池ノ河内の西方で交会し、その部分に盆状谷が出来
ている。湿地性堆積物は中央部よりに、南・北の周辺部から扇状地性堆積物が押
し出し、その中を通った地下水(湧水)が湿地に集水し、阿原ヶ池を涵養してい
る。
 このような盆状谷の形成には、断層の存在、岩相の差などによる選択侵食が大
いに関係していると思われる。池ノ河内集落の北東側の河谷沿いに発生した土石
流による下流部の埋積がかなり関係した湿原とみられる。この盆状谷は、柳ケ瀬
断層の西側に位置する特異な地形として注目される。この盆状谷の発生時代は、
洪積層が残存していることからみて、更新世後期以前と推定できる。


〔植 物〕
 笙ノ川の水源地、阿原ヶ池を中心にして、かなり広い範囲にわたって、典型的
な湿原、池ノ河内湿原が広がっている。
 三方の山からの伏流水及び湧水によって涵養される湿原で、標高わずかに300
mに過ぎない低地であるが、高層湿原性の群落を含み植物生態学的に極めて貴重
である。
 同湿原には、区系地理学的に南限種であるヤナギトラノオをはじめ、
ヤチスギラン、ミズトクサ、ドクゼリ、ミツガシワ、オオニガナ、
オニナルコスゲなど、本県では区系地理学的に極めて重要な種類が多い。
 湿地性草原の中には、マアザミ−ギボウシ群落、カキツバタ−マアザミ−
オオミズゴケ群落、カキツバタ−ミズギボウシ−オオミズゴケ群落、カサスゲ−
ミズギボウシ群落、ミズギボウシ−オオミズゴケ群落、イヌノハナヒゲ−
ヤチスギラン群落、イヌハナヒゲ−ハリミズゴケ群落、カサスゲ−
ヤナギトラノオ群落、ミズオトギリ−オオミズゴケ群落、ヤナギトラノオ群落や
ヨシ群落など、安定した群落型が識別される。
 そして、それらの草原群落の周辺は、ハンノキ−オオミズゴケ群落、
ノリウツギ−ハイイヌツゲ群落によって優占される。
 それらの群落を全体的にまとめると、一応、ハンノキ−オオミズゴケ群落とさ
れるであろう。最近、湿原周辺部からの土砂の流入によって、ハンノキの池心部
への侵入が著しく、陸化への進行が顕著で、遷移が明確になって来た。
 なお、本湿原内のイヌノハナヒゲ−ハリミズゴケ群落は、高層湿原性の組成を
呈することから、生態地理学的に極めて貴重である。
 最近、自然環境保全地域に指定され、保護管理を中心に注目されているが、む
しろ、復元への計画が早急で必要とされる。


〔鳥 獣〕
 湿原水域ではカルガモの繁殖、オシドリ、カワセミの生息のほか、冬の水鳥
マガモ、コガモ、オナガガモも休息する。神社境内には老樹が残りブッポウソウ
の繁殖、ムササビの生息を見る。湿原に連なる南斜面の畑地では適当な叢もあり
キジのよい繁殖地となっている。調査期間中44種を確認する。夏鳥のクロツグミ
、オオルリ、サンコウチョウ、アカショウビン、サンショウクイは周辺環境から
渡りの途中と思われる。冬鳥のマガモ、コガモ、オナガガモなど数百羽が飛来す
るが積雪までの休息、ツグミ、シロハラ、カシラダカ、ジョウビタキ、マヒワな
どの渡りの径路となっている。
 林縁種のヒヨドリ、ホオジロが優占し、シジュウカラ、ヤマガラ、エナガ、
ヒガラ類が次ぐ。


〔昆 虫〕
 湿原が主体であるため、昆虫の構成種数は必ずしも多くないが、他地区では見
られないか、まれな特殊な昆虫の生息が認められ、そのうちの一部は個体数が多
いのが特徴的である。湿原の代表的構成植物であるハンノキを食草とする
ミドリシジミが著しく多産し、当地区ほど個体数の多いところは県下でほかにな
い。ミズイロオナガシジミも多く、そのほか、ホシチャバネセセリ、
ウラキンシジミ、アカシジミ、ウラクロシジミ、ミスジチョウなどの蝶の生息も
注目すべきである。トンボでは、ハッチョウトンボの生息が記録されているが、
近年確認されていない。ルリボシヤンマ、コサナエ、ムカシヤンマ、
ミヤマサナエなどのトンボは注目すべきである。ヨシの湿原に特異的に生息する
ムナグロチャイロテントウが比較的多いが、福井県での既知産地は他には今庄町
大河内だけで全国的にもまれな種である。シロジュウゴホシテントウ、
カッコウメダカカミキリ、ムネアカナカボソタマムシ、
ウシヅラヒゲナガゾウムシ、ツマグロツツカッコウなどが注目すべき甲虫として
あげられる。ジンムプセンバチ、ミカドジガバチは山地性の蜂で、
ソボツチスガリは珍しい蜂である。ムネアカウロコアリの生息が確認されたが、
西南日本では各地に分布するが、日本海側では当地と気比の松原だけが知られて
いる。湿地の単子葉草本には特異な形態のホソミドリウンカが多産するが、県下
で生息するのはここだけである。湿地近くの空き地にはトゲヒシバッタと
カワラバッタが多いのも特徴的である。コカメノコテントウが比較的よく見かけ
られ、特に珍しいものではないが、池ノ河内のような標高の低い所に生息するの
は注目すべきである。
 以上のように当地を特徴づける昆虫の多くが湿原と関連の深いものであるから
、湿原そのものの保全が強く望まれる。


〔爬虫類等〕
 両生類について見ると、まずカエル類では、モリアオガエル、
シュレーゲルアオガエル、カジカガエル、ヒキガエル、ヤマアカガエル等と多種
。爬虫類のヘビ類では、タカチホヘビが確認された。路傍の缶詰の空缶の中から
の偶然の第一号発見であった。その他マムシ、アオダイショウ、ヤマカガシ等が
生息し、ヘビの多産地となっている。
 貝類では、池ノ河内村社のトチノキ社叢林内にコガネマイマイ、ナミコギセル
、キセルモドキガイが高密度に生息する。また、亜高山性のクロイワマイマイも
発見、県内での最大のコガネマイマイの生息地であり保護すべき社叢林である。
狭いところで頗る種類の多いことが特筆される。


〔陸水生物〕
 (藻類)
 この地区では阿原ヶ池の流出口と少し下流の杉林の2地点で調査した。2地点
合わせて藍藻6、珪藻66、緑藻3、計75種の付着藻を確認できた。これらの中で
代表的な種類としては、藍藻でネンジュモ属、ユレモ属、珪藻でオビケイソウ属
、ハリケイソウ属、イチモンジケイソウ属、アクナンティス属、
クチビルケイソウ属、クサビケイソウ属などがあげられる。前記した
イチモンジケイソウ属はミズゴケ湿原に多く見られる種類であり、池ノ河内湿原
との関連性が深い。
 (プランクトン・水生昆虫類)
 阿原ヶ池のプランクトンは、珪藻が主体となる貧栄養池である。なかでも、
イチモンジケイソウ科のものが量的にも、種類数のうえでも多いのが特徴的で、
県内では他に例がみられない。この池から流れ出る小流には若干の水生昆虫がみ
られるが、特筆すべき事項はない。
 (魚類)
 タカハヤ、アブラハヤ、フナ、ドジョウ、シマドジョウ、ホトケドジョウ、
メダカ、スナヤツメが生息する。分布上、アブラハヤの生息が注目される。
 (水生及び湿生植物)
 池ノ河内湿原では、中心部の阿原ヶ池及びそこへの入水溝路沿いには、生態地
理学的に非常に重要で、代表的な水生及び湿生植物が多数種分布して、極めて貴
重である。
 それらの中でも、水生植物ではコウホネ、ミズヒキモ、ヒルムシロ、
ミズドクサ、ドクゼリ、ミツガシワ、ミミカキグサ、カンガレイなどが顕著であ
り、湿生植物として、ヤナギトラノオ、ミズオトギリ、ヌマトラノオ、
エゾアブラガヤ、ヨシ、ウリカワ、コナギ、モウセンゴケ、サワラン、トキソウ
、カキツバタ、イヌノハナヒゲ、オオミズゴケ、ハリミズゴケ、シロネ、
エゾシロネなど代表的な種類が多く見られ、北陸地方においても豊富な植相を持
つ湿水域として極めて貴重である。


〔景 観〕
 池ノ河内湿原は、天筒山の東側にみられる谷地形と同様の盆谷に残存するもの
で、阿原ヶ池の水域とその周辺の湿地よりなり、笙ノ川はこの湿原を源としてい
る。
 湿原には、ハンノキの分布が目立つが、東部より南部にかけて、
ヤナギトラノオ群落があり、阿原ヶ池にはミツガシワの自生群落があるのをはじ
め、この湿原及びその周辺には、ミズドグサなど県内でも、この湿原だけにしか
みられない貴重な水生植物や、ミズゴケ類などが多く自生しているもので、盆谷
の中の湿原と云い、貴重な水生植物が多く自生していることと云い、自然度の高
いこの湿原の自然景観は、極めて貴重である。
 湿原の周囲の山地は、海抜600m内外の低山性の山であるが、クリ−ミズナラ
林を主にする落葉広葉樹林に、アカマツ林が点在し分布しているもので、この様
な林相をもつ山の景観には、比較的よく自然がとどめられている姿がみられる。
池ノ河内は、この様な山々にかこまれた山村で、人々の生活風景は自然とよく融
和している点、典型的な山村集落の景観をとどめている村であると云える。
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(この地区の情報は BEATLES さんに入力を協力していただきました)