55(越美山地)鉢伏山−栃ノ木峠地区−−−−5万分の1地形図【今庄】−−−

〔概 要〕〔地形・地質〕〔植 物〕〔鳥 獣〕〔昆 虫〕〔爬虫類等〕〔陸水生物〕〔景 観〕

55 鉢伏山−栃ノ木峠地区                        [⇒位置図]

〔概 要〕
 栃ノ木峠を南北方向にのびる谷地形は、柳ヶ瀬断層による構造性の谷と思わ
れ、この断層は栃ノ木峠から二ツ屋の北を通る。
 鉢伏山山頂付近及び栃ノ木峠の東側県境脊稜には、低山地ながら
オオバクロモジ−ブナ群集が優占する夏緑広葉樹林の極相林が分布し、それら
の下部に 組成的に極めて安定したユキツバキ型クリ−ミズナラ林、
マルバマンサク型クリ−コナラ林が優占する典型的な夏緑広葉林の代償林帯が
構成されている。
 鳥獣類では、春秋を通してカラ類やイカル、コゲラが見られ、夏鳥の生息、
渡り鳥の通過、ノウサギ、カモシカの生息等環境はよい方である。
 昆虫類は、地区全般としてそれほど豊かではないが、嶺北・嶺南の境界地域
として生物地理学上重要である。また、記録された昆虫の種類はそれほど多く
ないが、その中に貴重なものをかなり含んでいる。
 爬虫類等の生息環境は、日野川に注ぐ支流と渓流が多く、渓流沿いには水田
と荒地が散在し、良い環境といえる。しかし、渓流では砂防工事の進行により
陸水生物の生息環境は良好とはいえない。
 県土を嶺北と嶺南に分ける鉢伏山は、古くから北陸路の難所とされた山で、
木ノ芽峠など風土的情緒に富んだ自然景観を呈している。


〔地形・地質〕
 上谷山(1196.7m)を最高峰として西北西方向に延びる山稜は、栃ノ木峠(
538.8m)に向って高度が低下しているが、再びそこから北西に向って高度を
増し、鉢伏山では762mに達する。栃ノ木峠を南北方向にのびる谷地形は、有
名な柳ヶ瀬断層による構造性の谷と思われる。この断層は、栃ノ木峠から二ツ
屋の北を通って、大谷付近を通るようである。
 地質的には、この地区は大きく4分できる。1つは宇津尾橋立の日野川沿い
に分布する石灰岩、緑色岩を含む頁岩相である。石炭紀の紡錘虫化石を含む石
灰岩は、最近の考え方によると、その石灰岩層は大きな根なし岩塊であるとみ
なされ、地層の時代は中生代であろう。2つは、上谷山付近に分布する
チャート、砂岩、頁岩からなる地層で、その時代は中生代前半であろう。以上
の地層は共に北西方向の走向を示し、北東に急傾斜している。3つは栃ノ木峠
の東から板取、二ツ屋まで延びる緑色岩を含む頁岩を主とする地層で、その時
代は中生代前半で、おそらくジュラ紀最前期と考えられる。なお、栃ノ木峠の
街道沿いには2の地層に類似したものがみられる。これと3の地層は北北西、
南南東の走向を有し、東北東に急傾斜する。4は鉢伏山を作る花崗岩体である
。この岩体は3の地層とは、柳ヶ瀬断層の延長と推定される断層で夫々接して
いる。その時代は古第三紀と思われる。
 この地区では、地学的に特異なものと判断すべきものは見当らない。


〔植 物〕
 木の芽峠(640m)は北陸路、栃ノ木峠は北国街道の要路に当り、これらを
結ぶ山地群は、本県の嶺北と嶺南の境界域に当る。それらの山地域は低標高で
あり、鉢伏山(761.8m)、木ノ芽峠及び船ヶ洞山(807.5m)を含むのみであ
るが、所々で非常に急峻な断崖状斜面が見られ、越美山地の西端縁にあたると
共に、本県では代表的な多雪地域である。
 この地区は、わずかに鉢伏山の山頂付近に、オオバクロモジ−ブナ群集に優
占されるブナ原生林が分布するのみで、大部分は二次林、即ち、ブナ−
ミズナラ林、クリ−ミズナラ林、クリ−コナラ林、スギ林及びアカマツ林が分
布しているが、全体的に比較的自然条件下で更新が進行されており、基礎自然
度も著しく高い値が全域にひろがる。
 この地区は、正宗線が程示されている通り、白山山系、北東要素の南下、西
南日本要素の北上、温帯要素と暖帯要素の境異域として、植物区系地理学的に
重要な地域であり、種類数も極めて豊富である。
 この地区の林帯中、鉢伏山山頂付近のブナ林は、林間にエゾユズリハ及び
ユキツバキが優占する。その下部のミズナラ林では特に、林間にユキツバキが
著しく優占し、ミズナラ−ユキツバキ−クルマバハグマ群落、また、ミズナラ
−オオバクロモジ−トキワイカリソウ群落が部分的に分布、クリ−コナラ林で
は、林間にマルバマンサクが著しく優占し、林床にヒメカンスゲが優占して、
コナラ−マルバマンサク−ヒメカンスゲ群落が構成される。
 この地区は、組成的にみて夏緑広葉樹林環境の典型的な二次林帯として、本
県において代表的な林相を含むものと考えられるが、近年、伐採が更に顕著に
なり著しく衰退の傾向を示す。
 今後、少くとも、クリ−ミズナラ林帯から上部林帯は、その保全に充分の検
討と具体的な対策が緊急の課題である。


〔鳥 獣〕
 木の芽峠から鉢伏山への稜線北側はスギ植林の若令林でよく開けているが、
南側には林床の明るい夏緑広葉樹林が残る。東部地区の船ヶ洞山は宇津尾谷、
檻尾谷林道で植林がよく進み、稜線付近は夏緑広葉樹林となっている。栃ノ木
峠周辺も、同様な野生鳥獣の生息環境をなしているといえる。
 エナガ、メジロ、ヒガラ、シジュウカラ、イカル、コゲラ、カケスなどの森
林性の鳥が多く、開けた所のホオジロの他、ヒヨドリ、キジバト、
コサメビタキ、ヤマガラ、アオゲラ、ウグイス、ミソサザイ、生息の少なくな
ったヤマドリ、クマタカの生息もあり、夏鳥ではオオルリ、キビタキ、
サンショウクイ、ヤブサメ、ツツドリを見る。オオルリ、キビタキの個体数が
多いのは、渡りの途中と思われる。
 秋にもシジュウカラ、コゲラ、メジロ、ヤマガラ、キジバトが多く、
ヒヨドリ210羽、カケス150羽の渡りは、夏鳥と共に渡りの経路となっている。
冬鳥にツグミ、カシラダカ、シロハラ、シメの訪れを見る。調査密度に比し、
鳥種・個体数ともによい方である。
 ニホンカモシカ、トウホクノウサギの生息を確認する。


〔昆 虫〕
 嶺北・嶺南を分ける稜線を含む地区で、両者は昆虫をはじめ多くの生物で、
やや異なった傾向を示すことが多いので、その境界という意味で生物地理学上
重要な地域である。鉢伏山の北斜面低地は開発が進み、昆虫では見るべきもの
がないが、二ツ屋林道の終点から言奈地蔵堂を経て木ノ芽峠に至る、旧北陸街
道沿いの地域は昆虫相が豊富である。また、木ノ芽峠から鉢伏山山頂に至る稜
線沿いはすぐれた自然が残され、乾燥しているので個体数は少ないが、いくつ
かの注目すべき昆虫が採集されている。ただ、昆虫相は充分に調査されている
とはいえず、記録される昆虫の種数は必ずしも多くなく、今後に期待される。
 蝶類はあまり調べられておらず、注目すべきものはないが、この付近は
ダイミョウセセリの関東亜種と関西亜種との分布境界の移行地帯になっている
ので、今後の調査研究が必要である。トンボでは、ムカシトンボと
ムカシヤンマが記録されており、前者は恐らく絶滅し、現在では生息しないと
思われる。後者は現在でも見られる。
 甲虫類はかなり調査されてはいるが、打波川流域や夜叉ヶ池周辺に比べると
調査精度ははるかに低い。福井県の甲虫の中では、カミキリムシ類は全県的に
よく調べられているにもかかわらず、ムナコブハナカミキリと
ヨツボシヒラタカミキリは木ノ芽峠が県下唯一の産地となっている。また、
ツツヒラタムシは南方系の甲虫で、鉢伏山稜線で採集されたが、これも県下唯
一産地で、かつ分布北限である。ハチノスヤドリキスイムシは全国的には広く
分布するが、福井県で初めての記録である。キウチミジンキスイと
チビネスイムシは、全国的にも僅かな採集記録しかない珍しいもので、県下で
は当地と夜叉ヶ池だけから採れており、前者は分布北限に近い。そのほか、
セボシヒメテントウ、イツホシテントウダマシ、ヒメマルガタテントウダマシ
、ウスグロテントウダマシ、マメヒラタポソカタムシなどが注目すべきもので
ある。このように、それほど多くはない甲虫採集品中に、特記すべきものがあ
ることは、この地区の特質を示すものといえよう。
 蜂類相に目を転じると、これも精度はあまり高くないにもかかわらず、木ノ
芽峠付近ではかなり豊富で、セイボウモドキの1種 Cleptes fudzi は福井県
で初めての採集記録で、ジンムプセンバチ、ニトベギングチバチ、
ソボツチスガリ、エグレギングチバチ、コイケギングチバチ、
ホシツヤセイボウ、オオアワフキバチ、ミスジアワフキバチ、
フタモンアワフキバチ、タカチホヒメハナバチの記録が特記される。アリ類は
21種が確認され、豊富である。
 栃ノ木周辺では、山麓・中腹は植林が進み、峠に至る道路は車の交通量も多
く、昆虫相は貧弱である。県境の稜線沿いには多くの自然林が存在しており、
その地域に豊かな昆虫相を示すと推定されるが、しかし、調査結果は意外と貧
弱である。甲虫類ではカタアカケシジョウカイモドキが福井県初記録として採
集され、クロナガハムシ、モンイネゾウモドキ、マメヒラタホソカタムシあた
りがやや注目すべきものとしてあげられるが、種類数・個体数ともに少ない。
ハチ類も、ヒメドロバチモドキ、オカマルセイボウ、ヨシブエセイボウなどが
特記されるが、全体としては貧弱である。ただ、この地域は調査回数が少ない
ので、時期を変えて再調査する必要がある。
 交通に便利なこと、風光明媚なことに加えて、歴史的由緒をもつ所として近
年訪れる客も多く、林道等の開発も進んでいるが、昆虫相からみても貴重な地
域を含んでいるので、自然環境の保全に留意したい地区である。


〔爬虫類等〕
 両生類・爬虫類では、生息相が単純で普通種が多い。ヒキガエル、
ナガレヒキガエル、カジカガエル、モリアオガエル、ヤマアカガエル等に
シマヘビ、ヤマカガシ、アオダイショウ等が目立つ程度である。
 貝類では、ヤマタカマイマイ、コシダカコベソマイマイなどの山地性
マイマイが多い。


〔陸水生物〕
 主な水域は孫谷川と木の芽川の上流域である。孫谷川は砂防工事が多く、自
然な生息状態を示す所は少ない。木の芽川は、木ノ芽峠から新保付近までは急
勾配を示すが、井川付近では平坦地をゆるやかに流れ、笙の川に合流する。
 (水生及び湿性植物)
 木の芽川の上流域では、河辺にススキ群落が形成されているが、井川付近か
らは、ヨシ群落、ススキ群落、一部ツルヨシ群落などが優占する多様化がみら
れ、笙の川への合流付近では、水生帰化植物であるオオカナダモやハゴロモモ
が沈水分布しているのが観察された。それらの沈水植物の分布からは、木の芽
川の富栄養化が指標されるといえる。河辺にはその他、湿性の帰化草本がかな
り多数種観察された。
 (水生昆虫類)
 栃ノ木峠付近では、砂防工事が各所で行われており、水生昆虫の自然な生息
状況を見出せる場所は少ない。工事の直接の影響を受けない地点では、
イノプスヤマトビケラ、キタガミトビケラなどの山地渓流を特徴づける種類が
みられる。現存量は多くはない。


〔景 観〕
 鉢伏山は、海抜僅か761.8mの低い山であるが、この山を境として、北と南
は、自然環境も人々の生活慣習も、著しく異ったものに分けられている。
 この地区の山地の大部分は、クリ−ミズナラ林、クリ−コナラ林、スギ林等
であるが、鉢伏山の山頂付近にはブナの原生林も分布していて、比較的自然度
の高い林相景観をとどめている地域である。
 鉢伏山は、敦賀湾や越前海岸を一望におさめることができて、頗る眺望性に
富む山である。
 この鉢伏山、木ノ芽峠、栃ノ木峠の山々は、古くより北陸路の難所とされて
きたもので、遠い万葉の頃から、麓の田結、五橋、帰の地には、越路の旅情を
詠んだ秀歌が多くのこされており、中世末には一向宗徒が、この北陸への通路
を扼するこの地形を利用して、鉢伏、木ノ芽、板取等の山々に砦を構築して、
信長の統一政権の相対峙したなど、この地区の山の一木一草に至るまで、その
ながめには、歴史や文学と深いかかわりのある風土的情緒がみられる。観音丸
、西光寺丸等の砦跡、鉢伏山、木ノ芽城跡の土墨、峠の石ダタミ、番所前川家
の建物など、これら歴史的遺構の景観には特にそれを感じられ、ブナの原生林
等自然度の高い林相景観と共に貴重である。
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