53(越美山地)冠山、金草岳地区−−−−5万分の1地形図【冠山】【大野】−

〔概 要〕〔地形・地質〕〔植 物〕〔鳥 獣〕〔昆 虫〕〔爬虫類等〕〔陸水生物〕〔景 観〕

53 冠山、金草岳地区                       [⇒位置図]

〔概 要〕
 冠山(1256.6m)及び金草岳(1227.1m)を主峰とするこの地区の地層は、
北部の芋ヶ平−割谷−河内−田代にかけては、中生代前期と考えられる黒色の
砂岩・頁岩及び緑色岩が、また南部の冠山−金草岳−高倉峠にかけては、
ジュラ紀のチャート及び粗粒砂岩で構成されている。いずれも、東西性の走向
を示している。
 植相では、越美山地の中で代表的な夏緑広葉樹林の極相が、広範囲に残存し
ている。標高800m付近から冠山、金草岳の両山頂に向かって、
オオバクロモジ−ブナ群集の典型的林相及びウラジロヨウラク型、
ウスギョウラク型の亜群集組成が見られる。冠平には、高山植物群落が優占す
るお花畠が分布するなど、多雪温帯林における典型的な生態系が構成されてい
る。
 また、この地域におけるブナの原生林は、カラ類、キツツキ類、
ゴジュウカラ、コノハズクなど、森林性鳥類にすぐれた生息環境となっている
。
 昆虫相は、中部山岳地帯にやや似た様相を示し、北方系、山地性の昆虫が多
く、種類数、個体数ともに豊富で、多くの分布上注目すべき種の生息が記録さ
れている。また爬虫類等の生息環境もすぐれ、特に貝類にとっては、白山山系
に匹敵する豊かさである。
 陸水生物では、藻類は量的には少ないが種類は多い。水生昆虫は、谷が深く
河床が不安定なため種類数、現存量とも少ない。魚類ではアジメドジョウの分
布が注目される。
 冠山、金草岳、高倉峠にかけての県境脊稜山地は、風衝低木林、ブナ、
ミズナラの原生林が分布し、一帯の夏緑広葉樹林は四季折々の変化を見せ、す
ぐれた山岳森林景観を呈している。


〔地形・地質〕
 福井・岐阜県境には、海抜1200m〜1300m内外の山稜が、東側の冠山から金
草岳をへて高倉峠まで続いている。極めて急峻な山地で、その山頂は鋭くそそ
りたっている。この突出した山頂より一段低い約1000m前後には、小規模な侵
食平坦面がみとめられる。この山稜部はかなり開析されており、一部は鋸歯状
を呈する。平坦面から足羽川・田倉川の河床まで、山腹は急傾斜している。全
体的にみると早〜満壮年期の状態にあり、また河床に沿って段丘・谷底低地は
ほとんどみられない。
 次に、旧高倉集落から芋ヶ平を経て割谷にかけ、明瞭な断層地形が発達する
。この断層は金草岳断層と呼ばれ、地形解析の結果からは右横ずれ断層とされ
ている。現在も活動中かどうか不明であるが、比較的新しい地質時代の断層で
あることは疑いない。この断層の北西側と南東側では、山頂〜平坦面の高度は
数100m近く異なっており、南西側が相対的に高い。この様に、教科書的な断層
地形がみられ、芋ヶ平の南方2kmの所では著しい断層破砕帯が露出している
。
 地質学的には、この地区の地層群は大きく2分することができる。北部の芋
ヶ平−割谷−河内−田代にかけて分布する地層は、黒色の砂岩・頁岩および緑
色岩で代表され、東西に分布している。その地質時代は中生代前期と考えられ
る。芋ヶ平などでは、石炭紀から二畳紀までの紡錘虫化石を含む石炭岩体が存
在することがすでに知られている。しかし、これは現在では「根なし岩塊」と
みなされている。また、南部の冠山−金草岳−高倉峠にかけては、チャートお
よび粗粒砂岩が特徴的である。冠山、金草岳の山頂部を構成する岩石は、全て
この厚いチャートである。この南部に分布する地層の地質時代が、ジュラ紀で
あることは最近判明した。南部と北部の地層は、いずれも東西性の走向を示し
、直立した構造をもっており、広域的な構造解析からみると、南部の方が層序
的に下位であると考えられる。
 特異な地形として、金草岳断層があり、旧高倉集落付近ではケルンコル、
ケルンバット、断層に伴う河川争奪の痕跡および現在進行中の河川争奪がみと
められる。この断層は、地質図からみると左横ずれと判断され、古い地質時代
の断層が再動したのかもしれない。また、冠山山頂部は海抜約1000mの侵食平
坦面上に突出し、チャートから構成されている。硬いチャートの残立性の地形
とみられ、その地形景観は素晴らしい。


〔植 物〕
 岐阜県との県境、福井県の南東部、越美山地の脊稜山嶺の一部である冠山、
金草山及び高倉峠を含む山地とそれらの北斜面山地を含む地区である。
 それらの中、冠山の山頂を中心にして、本県における夏緑広葉樹林による温
帯林自然環境の代表的な林帯が分布する。
 冠山の山頂に近い冠平付近には、高山性草原、お花畠がひろがり、特に
オオユメツツジ、ハナヒリノキ、ミヤマシグレやハイイヌツゲなどの小低木に
まじって、オオイワカガミ、チシマザサ、カライトソウ、シモツケソウ、
オニノガリヤス、ハルリンドウ、ミヤマコゴメグサ、ミヤマトウキ、
イブキゼリ、ニッコウキスゲ、ヒトツバヨモギやハクサンイチゲなどが優占す
る。それらから、シモツケソウ−ヒトツバヨモギ群落、キンコウカ−
タテヤマスゲ群落及びチシマザサ−オクノカンスゲ−オニノガリヤス群落が識
別される。
 標高800m付近から1000m付近までの尾根沿いを中心に、ブナ−
ウラジロヨウラク−イワウチワ群落、ブナ−オオバクロモジ−ツルアリドウシ
群落及びブナ−ウスギョウラク−チシマザサ群落が優占するブナ極相林が分布
し、それらの基礎自然度は極めて高い。組成的にはオオバクロモジ−ブナ群集
に属する。
 この群落型は、金草岳、高倉峠に到る尾根沿いにひろがる。
 このブナ極相林の下部には、組成的に安定した代償林であるブナ−ミズナラ
林、クリ−ミズナラ林、クリ−コナラ林、スギ林、アカマツ林などの林帯が、
かなり明確な垂直分布帯を構成する。また、山頂を中心に、広い範囲にわたっ
て風衝低木林及び風衝草原が特徴のある相観を呈する。
 ブナ−ミズナラ林ではマルバマンサク型、エゾユズリハ型、クリ−ミズナラ
林ではエゾユズリハ型、ネジキ型また、風衝低木林には、マルバマンサク林、
ヤハズハンノキ林、ナナカマド林、ツクシシャクナゲ林、局部的に分布する林
相としてヒメコマツ林、ヤマグルミ林、オオイタヤメイゲツ林、更に風衝草原
のチシマザサ草原には、オクノカンスゲ−オニノガリヤス型が優占し、
マルバマンサク型、ミヤマシグレ型やイワウチワ型などやや多様化する。
 また、財山の標高1100m付近に北東限種としてシマイヌワラビ、また同標高
地に西限種モミジカラマツが分布し、日本海地域固有種の多くが見られる。更
に、ヤマグルマ、マルバノキ、ボタンネコノメ、ミヤマビャクシンなど本県の
植相の上で、区系地理学的に 非常に貴重な種類が多く分布している。
 昭和30年頃から、ブナ林の伐採が進行され、近年、田代林道及び峰越林道沿
い共に、著しく原生林の破壊が進み、昭和52年頃からは、夏緑広葉樹林帯とし
ての基礎自然度の低下が顕著になってきた。
 この地区の自然環境保全については、標高800m付近から上部山頂までと、
標高600m付近のクリ−コナラ林の上部付近から山頂までといった、二段階の
林帯保全の検討と、具体的な計画、対処が必要である。


〔鳥 獣〕
 冠山国道沿いの一部と登山道稜線、金草岳から高倉峠までの斜面にはブナ原
生林が残っている。特に金草岳から高倉峠間のブナ林は樹令、残存面積ともに
優れた野鳥生息の林相を示している。
 広くて深い山間渓流ではミソサザイ、カワガラス、数の少ないヤマセミの生
息および繁殖があり、ヒガラ、シジュウカラ、ヤマガラ、アカゲラ、アオゲラ
、コゲラ、イカル、ウソが見られる。お花畑周辺の低木叢ではウグイスの繁殖
とホトトギスの生息がある。深山性のゴジュウカラ、夏鳥のオオルリ、
サンショウクイ、マミジロ、夜間にはトラツグミ、声の仏法僧コノハズクの声
も聞かれる。
 ワシタカ類の繁殖地区であったが、その数、種類ともに激滅し、オオタカを
認めた程度である。冠山頂上の岩場は高山鳥イワヒバリの繁殖の可能性があり
確認が急がれる。
 全域にわたり保全されるべき環境を有している。


〔昆 虫〕
 この地区全般をみると、ブナを主とした自然植生が一部で保たれているが、
かなり広範な地域で伐採が進行している。相当広範な地域を包含するので、そ
れぞれの場所で昆虫相はやや異なった特色を示す。田代から冠山山頂に至る冠
山(狭義)は、中部山岳地帯にやや似た傾向を示し、北方系・山地性の昆虫が
多く、多くの分布上貴重な種が記録されている。しかし、林道や尾根筋の登山
道周辺では乾燥が著しく、蝶などの移動性の強いものを除けば、昆虫の個体数
はあまり多くはない。それに対して、楢俣などの谷沿いでは、山地性の珍稀種
の種数は減るが個体数は豊富である。金草山周辺では、どちらかといえば冠山
よりも暖地性要素がいくぶん強くなり、また頂上付近では急斜面が多く、調査
不充分のせいもあるが昆虫相の種構成は単調となっている。芋ヶ平から高倉峠
にいたる地域は、新しい道路の建設で自然環境の悪化が目立ち、道路わきは両
側とも裸地が多く、また、植林作業が進行していて、昆虫は単調となっている
。以下に分布上注目すべき昆虫を中心に、当地区の昆虫相を概観する。
 蝶類は63種が記録されており、種類数・個体数ともに豊富であるが、特記す
べきものはあまり多くない。その中で、ウラキンシジミ、ウラミスジシジミ、
フジミドリシジミ、エゾミドリシジミ、ギンボシヒョウモン、
オオウラギンヒョウモンなどが注目すべきものとしてあげられる。セミ類では
、山地性のエゾハルゼミ、コエゾゼミ、エゾゼミが生息し、コエゾゼミは県下
では奥越加越高地、冠山、夜叉ヶ池周辺に分布するもので、エゾゼミは個体数
が多い。トンボ類ではとりあげるべきものは全くない。
 甲虫類は、おびただしい数の種が採集されているが、一般的な傾向として、
カミキリムシ、ハムシオトシブミ、テントウムシなどの明るい葉上で生活する
ものが多く、オオキノコムシ、ゴミムシダマシ、ナガクチキなどの朽木や菌類
に生息する甲虫は貧弱で、打波川流域や夜叉ヶ池周辺地区と対照的である。
フチグロヤツボシカミキリ、クロケシタマムシ、オオダイセマダラコガネ、
マグソクワガタ、トケジヒメナガクチキムシは福井県ではこの地区だけから記
録された珍しい甲虫で、そのうち、オオダイセマダラコガネは分布が局限され
、北限を示すもので、マグソクワガタは分布南限となっている。また、
トケジヒメナガクチキは全国における既知産地は5ヶ所にすぎない。
ホソヒメクロオサムシは、最近白山から記載された亜種で、県下では小原峠に
次ぐ2番目の記録である。そのほか、当地区で採集された稀な甲虫として、
ホソヒゲケブカカミキリ、ヨコヤマヒゲナガカミキリ、
ヤマトヨスジハナカミキリ、ドウイロチビタマムシ、セボシヒメテントウ、
アイヌテントウ、オニクワガタ、ヒメオオクワガタ、
カタベニチビオオキノコムシ、ユヤマゼダカコクヌスト、オオキノコムシなど
があげられ、いずれも県下からの記録は少ないものである。暖地性の
ムネアカチビナカボソタマムシは、当地区内では芋ヶ平付近に限って生息する
。
 ハチ類も多くの種の生息が確認されており、スギハラギングチバチ、
コシジロギングチバチは、県下では奥越の一部でしか記録のない極めて珍しい
ものである。チャイロスズメバチが採集されたが、これは北海道・本州中部以
北の山地に分布するもので分布南限に近い。ヤマプセンバチ、キバネアナバチ
、タカチホヒメハナバチは高地性の種である。南方系のキヌゲハキリバチが採
れたのは特記すべきである。そのほか、比較的珍しいものとして、
アムールギングチバチ、フタモンアワフキバチ、コブプセンバチ、
ハクサンプセンバチ、コドロバチモドキ、コイケアワフキバチ、
カゲロウギングチバチ、フタツバギングチバチ、コマチセイボウなどが記録さ
れる。芋ヶ平で暖地性のミドリセイボウが採集されている。アリ類では山地性
のツノアカヤマアリが生息する。
 直翅類では、ヤマキリ、ハダカササキリモドキ、キンキフキバッタ、
ハネナガフキバッタ、ヤマクダマキモドキ、クチキウマなどがあげられる。


〔爬虫類等〕
 両生類爬虫類では、ハコネサンショウウオ、ヒダサンショウウオが山頂近い
渓流に生息し、タゴガエル、ナガレヒキガエル、モリアオガエル等の生息も多
い。マムシ、ヤマカガシも高山共通の生息状況である。
 陸産貝では、奥越の白山山系に匹敵する宝庫である。種類数、生息密度共に
高い。わけてもクロイワマイマイ、ココロマイマイ、ビロウドマイマイ類が多
い。カンムリケマイマイ、カンムリレンズガイの新種が近年に当区で発見され
たことは注目に価する。今後の調査と研究が一層に期待される。


〔陸水生物〕
 冠山は足羽川の水源、金草岳は楢俣川の水源になっており、この地区では最
上流域の深い峡谷になっている。アジメドジョウの分布以外、特記すべき点は
少ない。
 (藻類)
 付着藻は量的には少ないが、種類数では比較的多く、清水性の種類を主に数
十種がみられた。ネンジュモ、ホメオスリックス、コメツブケイソウ、
クノジケイソウ、アクナンティス、フナガタケイソウ、クチビルケイソウ、
スティゲオクロニウムなどである。
 (水生昆虫類)
 田代より上手の足羽川源流域では、谷は深く、河床の安定度が悪く、水生昆
虫は種類数、現存量ともに少ない。
 (魚類)
 イワナ、ヤマメ、カジカ、タカハヤ、アジメドジョウなど渓流に普通にみら
れる魚種が生息する。その中で、アジメドジョウの分布が注目される。
 (水生及び湿生植物)
 山地側のブナの原生林に対して、谷筋のジュウモンジシダ群集による水辺林
相及び水辺から一部水中に侵入しているヤナギ高木林叢が、極めて特色のある
相観を呈する。
 近年、林道改修の過程において、かなりの量の土砂が落下することによる、
それらの林相の損失が生じている。両山地を含む自然景観の構造上も、峡谷生
態系が非常に重要な役割を果していると考えられ、今後の検討が必要であろう
。


〔景 観〕
 冠山、金草岳、高倉峠を結ぶ県境の脊稜山地で、山麓の楢俣の谷、割谷木谷
の谷、藤倉谷、高倉谷等の谷地形では、スギの植林がかなりすすんでいるが、
この山地の一帯の斜面はブナ、ミズナラ林が分布しており、冠山、金草岳を連
ねる山地では、中腹から上はブナの原生林が、恰かも樹海の如き林相のもとに
分布し、冠山の山頂付近は高山性の草原(お花畠)、風衝低木林もみられるも
ので、海抜の割には深い林相をもつ景観の山であるといえる。
 高倉峠は海抜964mで、高い標高とは云えないが、山頂には風衝草原があり、
一帯の樹木もブナ、ミズナラ林の群落で、貴重な自然景観の峠である。
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