49(越美山地)蠅帽子川、屏風山周辺地区−−5万分の1地形図【能郷白山】−

〔概 要〕〔地形・地質〕〔植 物〕〔鳥 獣〕〔昆 虫〕〔陸水生物〕〔景 観〕

49 蝿帽子川、屏風山周辺地区                        [⇒位置図]

〔概 要〕
 県境に沿う壮年期山地内には、しばしばV字谷が発達し、広く中生層から構
成されている。北側は九頭竜川構造帯と秋生断層で境されており、そこは笹生
ダム湖で水没している。
 植物では、ブナ−シロモジ−オクノカンスゲ群落が優占するのは注目される
。渓流沿いにカツラ、シナノキ、ケキブシ、トチノキ、ウラゲエンコウカシデ
など、区系地理学的に貴重な種類が多い。
 夏緑広葉樹の自然林では、ブッポウソウ、アカショウビンの繁殖もあり、
ホオジロ優占地区ながら渓流のカワガラスも多く鳥類の生息状況は比較的良好
である。
 昆虫相は、若干の注目すべき昆虫も見出されているが、全般的にあまり豊富
ではない。
 陸水生物では、真名川の源流域で水質は良好であり、水生昆虫類の現存量が
多いこと、アジメドジョウの分布が注目される点である。
 河川、渓流に沿って、スギの造林地が広範囲に分布する山林景観を主体に、
背稜山地の夏緑広葉樹林等深山の趣きを有する山岳森林景観地である。


〔地形・地質〕
 県境には海抜1200m前後の山稜が連なり、西の蝿帽子川と東の久沢川により
深く刻下され、V字谷が発達する。
 東西性の秋性断層が北端部を走り、それより北側は九頭竜構造帯に属し、緑
色岩からなる野尻層群が分布するのに対して、南側には、主として砂岩からな
る左門岳累層、チャート、頁岩からなる美濃帯中生層が分布する。時代未詳の
左門岳累層は複向斜構造を示し、また根尾層中には赤色チャートを伴い、二畳
紀及びジュラ紀型の放散虫化石を産出する。


〔植 物〕
 左門岳(1223.6m)の北斜面、屏風山(1354.2m)の北斜面、伊勢峠(856
m)の山地形と、蝿帽子川、伊勢川などを主とする渓谷が含まれる多様な地形
に占められる地区である。
 それらの中、山地斜面では、太平洋沿岸要素であるシロモジ、マルバノキや
マルバフユイチゴなどが含まれ、ブナ−シロモジ−オクノカンスゲ群落が識別
されるが、組成的には日本海型ブナ林、特にオオバクロモジ−ブナ群集に属す
るも、それらの変異型として分類される。近年、急速に伐採が進行され、原生
林叢は著しく減少している。
 この地区の大部分の山地は、オオバクロモジ−ブナ群落の標徴種が優占する
ブナ−ミズナラ林の安定した林帯によっておおわれている。
 それらのブナ原生林及びブナ−ミズナラ林の林間には、
ウラゲエンコウカエデ、ヒトツバカエデ、シロモジ、マルバノキ、カツラ、
イタヤカエデ、ケキブシなど、多様な組成を示す。
 また、渓谷沿いにはツノハシバミ、カツラ、シナノキ、ケキブシ、トチノキ
などが典型的な峡谷林相を呈しており、やや湿性の環境では、イワショウブ、
キンコウカ、キソチドリ、キヨタキシダやニッコウキスゲなど、区系地理学的
に貴重な種類が顕著に見られる。


〔鳥 獣〕
 谷沿いの斜面は広範囲に伐採造林地が分布するが、山地上部は夏緑広葉樹林
が占める生息環境である。
 ダム周辺の開けた空間では夏鳥ブッポウソウの繁殖、和可谷では、中部山地
で繁殖する夏鳥アカショウビンが繁殖しており貴重である。ホオジロ優占の環
境も見られるが、亜高山性のキクイタダキの群れもあり、エナガ、キジバト、
ヤマガラ、カケスが次ぎ、ウグイス、イカル、ヒヨドリ、ヒガラ、
シジュウカラ、コゲラ、ヤマドリを見る。渓流のカワガラスも多い方である。
夏鳥についても相当の生息、繁殖があるものと思われ、生息環境は比較的良好
である。


〔昆 虫〕
 この地区は相当広い範囲を包含するが、昆虫の調査が行われたのは蝿帽子川
流域の一部だけで、あとはほとんど調べられていない。かつては、すぐれた自
然度を示す地域であったが、伐採・植林で近年、昆虫相は貧弱になった。しか
し、短期間の調査にもかかわらず、ウスキギングチバチ、オタネギングチバチ
、フタモンアワフキバチ、ジンムプセンバチなどかなり珍しい蜂が採集され、
蜂類相はかなり豊かなものと判断され、また珍種のエゾカギバラバチが非常に
多い。蝶類もかなり多く、スギタニルリシジミが確認された。甲虫では、
ダイミョウコメツキ、タテジマコメツキ、キボシテントウダマシなどが採集さ
れ、渓流沿いの花や朽木・きのこに多数の甲虫が生息する。
 ほかに、屏風山西北麓でアタマギングチバチが記録されている。


〔陸水生物〕
 (藻類)
 真名川の源流域は屏風山をその水源とする中の水谷である。中の水谷は、中
の水沢、東の水沢、西の水沢の3支流をもつ大変に奥の深い谷で、人跡も少な
く、自然度の高い水域である。確認できた付着藻の種類数は、藍藻7、珪藻24
、緑藻1の計32種である。藍藻のホモエオスリックス属、珪藻の
クノケジケイソウ属、ハリケイソウ属、コッコネイス属、アクナンテス属、
クチビルケイソウ属、クサビケイソウ属などが比較的多くみられた。
出現した付着藻は清水性の種類が多く、泥など含まれずきれいに着生している
のが目についた。河床の状態は安定していて、人手がほとんど加わっていない
美しい渓谷である。
 (水生昆虫類)
 河川形態はAa型、急峻な流路の支流(鍋又谷など)もあるが、屏風谷・蝿
帽子川では、勾配がゆるく、おだやかな平瀬が長く続く部分もある。巨・大・
中礫で浮石が多い。現存量は多くならない。ヒゲナガカワトビケラは少なく、
ギフシマトビケラ Hydropsyche gifuanaが比較的多く現れる。ムカシトンボ 
Epiophlebia superstesの生息(鍋又谷)も認められる。その他、山地渓流の
特徴種が多くみられるほか、カワゲラの種も比較的多い。
 (魚類)
 イワナ、ヤマメ、アマゴ、ウグイ、アジメドジョウ、カジカが生息するが、
いずれも量的に少なくなっている。
 (水生植物)
 かなり多重に走る渓谷沿いにシナノキ、カツラ、トチノキ、イタヤカエデ、
ケキグシやサワグルミなど、代表的な峡谷植物が分布して、特有の相観が構成
される。
 また、峡谷周辺の多湿地にはイワショウブ、キンコウカ、キソチドリ、
ニッコウキスゲやキヨタキシダなどが顕著に見られる。


〔景 観〕
 越美国境の脊梁山地で、左門岳、屏風山など海抜1100m〜1300m内外の高さ
を有する亜高山性に近い山地であるが、久沢谷、笹生川沿岸、蝿帽子川の谷沿
いでは、クリ−ミズナラ林、ブナ−ミズナラ林などが伐採されて、スギが植林
されており、ナギ畑農業がが営まれた跡もみられる。これは、近年まで久沢、
伊勢、秋生等の山村集落が近くにあったからである。
 旧久沢集落上流の谷地形では、スギの植林がかなり行われており、荒廃の感
じを残すナギ畑跡も点在している。蝿帽子川左岸の谷地形もスギの植林が広く
なされている。しかし、手入が不充分で、次第に自然林に近い林相を示してい
る。
 けれども大部分の山地は、ブナ−ミズナラ林で、左門岳、屏風山、中・水谷
川左岸の山等ではブナの原生林が広く分布しており、屏風山の山頂付近では、
風衝草原がみられるなど、これらの山は深山の趣が深く、原生自然の姿がみら
れるすぐれた山岳森林景観である。
 蝿帽子川の谷奥に蝿帽子峠があった。この峠を越える道は、古くより奥越と
美濃の郡上地方を結ぶ重要な道で、藩政の頃は、大野郡内に散在していた郡上
藩領の年貢を運上する道として知られ、また、幕末における武田耕雲斎等の水
戸浪士も、この道をたどって越前に入り、上京を果たそうとしたなど、歴史的
事象と種々のかかわりをもっている道である。今は変り果てているが、この道
の景観は、越美両国が自然の困難を越えて交わりをつづけた歴史的自然景観で
もある。
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