36(丹生山地)越知山、武周ヶ池地区−−-5万分の1地形図【福井】【鯖江】-

〔概 要〕〔地形・地質〕〔植 物〕〔鳥 獣〕〔昆 虫〕〔爬虫類等〕〔陸水生物〕〔景 観〕

36 越知山・武周ヶ池地区                     [⇒位置図]

〔概 要〕
 六所山(698.3m)、越知山(612.8m)などを含む丹生山地中部には、大味
川の上流に武周ヶ池がある。山腹下部には層灰岩が、また上部には安山岩溶岩
が広く分布している。これらの地層は、すべて中新世の糸生累層に属している
。
 植生では、武周ヶ池の岸部付近のタチヤナギの分布、アカマツ林、クリ−
コナラ林及びクリ−ミズナラ林の密な分布による高い基礎自然度が注目される
。特に、クリ−ミズナラ林のミズナラ−オオバクロモジ群落の林相はブナ林要
素が多く、夏緑広葉樹林の自然環境が構成されている。
 この地区は、冬鳥のカシラダカ、シロハラ、マミジロなどの渡来経路として
重要な位置を示していたが、広範囲な伐採によって、生息、渡来ともにその環
境が損なわれている。なお、昆虫相は、自然度が低下している割に、かなり豊
かである。
 両生、爬虫、貝類の生息環境は、複雑な地形と豊富な植相の自然条件で、好
環境となっている。
 越知山は、中世における山岳仏教の霊山として知られ、山頂にある越知神社
の社叢林はかなり伐採されているが、歴史的自然景観としての名ごりをとどめ
ている。また、周囲の山蔭を湖面に写す武周ヶ池は、神秘な感じをただよわせ
ている。


〔地形・地質〕
 武周ヶ池周辺の丹生山地中部は、海抜500〜600m程度の六所山、越知山など
の山稜が連なっており、この池は大味川の上流にある河谷に沿ってできた「せ
き止め湖」である。
 この付近は、すべての中新世前期の糸生累層からなり、越知山の山稜部付近
は広く安山岩溶岩が分布する。大味川の河谷斜面下部には、著しく層理が発達
した凝灰質岩(層灰岩)が発達しており、中新世前期に一時淡水湖が存在した
ことを物語る。コイ化石、昆虫化石などがすでに知られている。この層灰岩は
、崩れやすい岩石で、これが地すべり性崩壊を起こし、河谷を一部埋没したた
めに武周ヶ池が形成されたものと推定する。


〔植 物〕
 越知山、高尾山(563.3m)及び 武周ヶ池を中心とする丹生山地の中央部付
近に当たり、地形的に多様な条件を含む地区である。
 それらの中で、武周ヶ池の比較的冠水が少ない茗苛よりの湖底に、幅50m、
長さ200〜300mにわたってタチヤナギの純林叢が見られ、本県ではこの地区だ
けで見られるもので、生態地理学的に極めて貴重である。
 この地区では、伐採、植林がかなり著しいが、標高200m付近からは、
ヤブツバキクラス域及びブナクラス域の代償林及び一部ブナ萌芽林の残存があ
って、顕著な垂直林帯が分布しており、豊富な植相からも、好適な自然環境が
構成されている。
 標高200m付近から 400m付近までには、典型的なクリ−コナラ林帯が分布
するが、それらの林間には、ヤマツツジ、コツクバネ、ヒサカキ、クリ、
コバノガマズミ、ナツハゼ、ナナカマド、コブシ、ウラジロノキ、ウツギなど
が優占し、林床ではトキワイカリソウ、ツルアリドウシ、シシガシラ、
シハイスミレ、サルトリイバラ等が顕著で、全体的にはヤマツツジ−コナラ群
集にまとめられる。
 標高400m付近から上部には、クリ−ミズナラ林が分布し、それらの林間に
は、オオバクロモジ、イタヤカエデ、リョウブ、アズキナシ、マルバマンサク
、ツノハシバミ、ヒメアオキなど、林床ではオクノカンスゲ、スミレサイシン
、ヤマジノホトトギス、チゴユリなどが優占して、全体的には、ミズナラ−
オオバクロモジ群落にまとめられる。
 越知山の山頂付近には、ブナ植相林の一部が残存分布し、それらの組成から
は、オオバクロモジ−ブナ群集に属すると考えられる。
 谷筋は、丹生山地の中では、代表的なスギ植林帯が形成されている地区で、
林間、林床ともに、人為的な影響があまりなくて、比較的自然な条件下での更
新が進行しているようである。
 近年、この地区において、伐採が著しく進行し、自然環境の変動が非常に顕
著になっているので、早急に代償林を含め、今後、人為的な影響をできるだけ
少なくして、自然条件下におかれることが必要である。


〔鳥 獣〕
 越知山頂に達する林道周辺は、伐採されて頂上付近にわずかに夏緑広葉樹が
残るのみで、花立峠から高尾山にかけて、林道工事が進み伐採が進んでいる。
武周ヶ池周辺に、わずかな二次林をみる生息環境である。
 56年調査では、クマタカの繁殖、キジバト、アオバト、ヤマセミ、アオゲラ
、アカゲラ、コゲラ、トラツグミ、カワガラス、ウグイス、ウソ、イカル、
メジロ、エナガ、ヒヨドリ、ホオジロ、夏鳥にサシバ、ツツドリ、ホトトギス
、アカショウビン、サンショウクイ、クロツグミ、ヤブサメ、メボソ、
センダイムシクイ、キビタキ、オオルリ、サンコウチョウを認め、水面を含め
て山深い感じの観察であった。冬鳥のカシラダカ、シロハラ、マミジロ、
アオジ、ツグミの渡来経路として重要な位置を示していたが、調査後の広範囲
な伐採によって、生息、渡来ともにその環境が危ぶまれる。六所山観測ステー
ションにおけるカシラダカのバンディング数の急減が伐採によるものか、他の
要因なのかは今後の観測に待たれる。


〔昆 虫〕
 全面的な伐採はまぬがれているものの、林道開発や植林が進んでおり、自然
度は低下しつつある。しかし、昆虫相かなり豊富で、相当数の注目すべき種の
生息が認められる。蝶類は、40種が記録されており、そのうち、県下では記録
の少ないジャコウアゲハ、暖地性のツマグロキチョウ、山地性のシータテハの
ほか、オオミドリシジミ、ミドリシジミなどが注目すべきものである。トンボ
類は以外と貧弱であるが、風見−武周間の渓流にはオオカワトンボが生息する
。セミではクマゼミ(暖地性)の記録は特記すべきものである。甲虫類では
シラホシナガタマムシ、マルカブトゴミムシダマシ(県下唯一)、
ホソナガニジゴミムシダマシ、タイワンメダカカミキリ、クロナガオサムシ、
ケマダラムクゲキスイなどが県下では珍しい種である。ハチ類では、海岸に近
いにもかかわらず、県下では奥越山地にしか見られなかった深山性の
アイヌギングチバチやコイケギングチバチが採集されており、
サッポロジガバチモドキ、ニッポンドロバチモドキが分布し、さらに調査が進
めば、珍しいハチ類が見出されるかもしれない。


〔爬虫類等〕
 両生類中モリアオガエル、シュレーゲルアオガエルは 他に例を見ないほど
の広範囲、高密度の生息地である。繁殖期の渓流沿い水田地帯における夥しい
卵塊の光景は壮観である。そのすぐ上手の武周ヶ池の池畔では、一個の卵塊も
確認できなかった。見たところ、池水の全く流れを感じさせない水面であるが
、止水池でないことを感じ取って卵塊を池上に作らないものと思われる。海岸
にほど近い足見滝の渓流で、ヒダサンショウウオが確認されていることは興味
深い。
 爬虫類のヘビでは、普通種のシマヘビ、ヤマカガシ等に交ってマムシが多い
。カエル類の多産地であるためであろう。ヘビ捕りは種を選ばず、見つけ次第
捕獲して持ち帰る年2回の巡回があるという。越廼村居倉では、海がめの
タイマイ(1970)、アカウミガメ(1979)の確認記録がある。
 貝類では、植生の自然条件が良いためか、種類数が非常に多い。大型の
オカノニシキマイマイ、クロイワマイマイ、その他キビガイ等の微小ガイが多
いことを特筆する。また、北方系で清流冷水中に生息するカワシンジュガイが
絶滅した。


〔陸水生物〕
 主な水域として、武周ヶ池、大味川などがある。武周ヶ池はせき止湖で、
ヤナギ類の群落があり注目される。上流の茗荷にある田畑からの排水が注入し
、かなり富栄養化が進んでいる。
 (藻類)
 大味川上流域の調査で、50種余りの付着藻が確認できた。コメツブケイソウ
、ロイコスフェニアが目立った他はいずれも少ない。
 (水生昆虫とプランクトン)
 武周ヶ池は山間のダム湖であるが、上流の茗苛にある田畑からの排水が流入
するため、かなり富栄養化がすすんでいる。このことはプランクトンに
Anabaenaなどの藍藻類が多いこと、動物では輪虫類が種類数、量ともに多いこ
と、ツリガネムシの群体が多く見られることからもうかがえる。秋には珪藻の
Asterionella,Melosiraなどの大発生が見られることもある。
 武周ヶ池を通って流れる大味川は、規模としては小さいが、流水量は比較的
安定しており、イノプスヤマトビケラ、クロツツトビケラなど山地渓流の特徴
種を含んだ水生昆虫の良好な生息状況が見られる。
 (魚類)
 ヤマメ、タカハマ、ヨシノボリなどが生息するが、特記すべきことは見られ
ない。
 (水生及び湿生植物)
 武周ヶ池の比較的冠水しない茗荷よりの湖岸に、幅50m、長さ200〜300mに
わたって、タチヤナギの純林が分布する。せき止湖である武周ヶ池に、このよ
うにヤナギ類の群落が安定した状態で形成されていることは、非常に稀少な現
象で、生態地理学的に極めて貴重である。保全されるように今後ともよく調査
、検討することが必要であろう。


〔景 観〕
 一部にスギも混るが、クリ、ミズナラ林を主とする広葉樹林に覆われた湖岸
の山を、静かに水に写している武周ヶ池の景観は、深山の中の池の様で、神秘
な感じがただよう。池は大味川の水が地すべりのために、堰き止められて出来
たものである。
 越知山、高尾山などの池の周囲の山々は、海抜600m内外の中山性の山で、
高くはないが林相は、クリ−ミズナラ林にブナ林も混じるもので、恰かも亜高
山性に近い山の如き林相をもち、その景観は、丹生山地の中でも最も深山の感
じの深い特色のあるものである。ことに、急峻にそびえる越知山上より、眼下
に山々を見おろす眺めは、かつては深山の感じが特に深く、六所山等へと山波
の続く山岳景観は、丹生山中では比類のないものであったが、現在は広範囲に
伐採造林が進み、見るかげもないのは悔まれる。
 越知山は、海抜612m、奈良朝の頃、白山禅定で知られる泰澄が開いたと伝
えられる山で、古代、中世の頃は、大谷寺に僧坊をもつ修験者達が、この山を
修業場として登拝した山岳信仰における霊山である。
 今も山頂には、室堂、閼伽井、奥ノ院などの当時の遺構があり、石塔、石仏
なども遺存していて、当時の面影をとどめている。近時、山頂にある越知神社
の社叢が、かなり伐採されているが、この山の景観は、山岳仏教における歴史
的自然景観としても貴重である。
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