2(奥越火山地)上小池周辺地区−−5万分の1地形図【越前勝山】−−−−−

〔概 要〕〔地形・地質〕〔植 物〕〔鳥 獣〕〔昆 虫〕〔爬虫類等〕〔陸水生物〕〔景 観〕

2 上小池周辺地区                                   [⇒位置図]                                 

〔概 要〕
 標高1,140m付近に位置する刈込池を中心とする打波川の上流域で、願教寺山
の前面に緩斜地が拡がり台地状を呈するが、谷部は侵食が進行する。周辺には
中生代後期の手取層群が広く分布し、低い部分を鮮新−洪積世の火山岩類が厚
く堆積している。
 植物では、オオバクロモジ−ブナ群集の原生林が広く分布し、その下部の尾
根沿いにブナ−ミズナラ林、沢沿いにジュウモンジシダ−サワグルミ林がひろ
がって、典型的な夏緑樹林帯が形成されている。多雪地帯における日本海地域
固有種の顕著な山地である。
 渓流沿いの原生林地帯では、多くの森林鳥をはじめ高地性の鳥類の繁殖もあ
り、生息密度も高い方である。小池水面には水鳥の姿も見られ、獣類と共に生
息環境は優れている。
 またこの地区は、昆虫類の豊庫で、特に山地性種の多い点では県下第一級で、
全国的にも高いレベルにあり、学術上貴重な昆虫も少なくない。特に刈込池に
は高地性のトンボが多く、分布南限となっているものを含み、刈込池周辺の
ブナ林には山地性甲虫が豊富である。また珍稀な蝶類の多い点では全国的にも
屈指のものである。
 ブナの原生林に囲まれた刈込池は、四季折々の変化に富みすぐれた自然環境
を呈しており、上小池から自然研究路が整備されている。願教寺山を含む刈込
池一帯の台地250haは、自然環境保全のため昭和53年度に買い上げ県有地とな
っている。


〔地形・地質〕
 願教寺山(1,690.9m)を最高峰とする典型的な壮年期山地で、打波川上流部に
当り侵食が著しい。願教寺山の北西側は急斜面を持ち、その前面に緩斜地が拡
がっている。これを開析する願教寺谷、カサノバ谷の侵食が進み、台地上を呈
している。その縁部に位置する刈込池(高原性湖沼)は特異な存在といえよう
。この緩斜面は海抜1,100m前後の高度にある。
 地質的には、ジュラ紀後期〜白亜紀前期の手取層群が広く分布しており、そ
の上位には鮮新世頃の凝灰岩を主とする地層が低い部分を埋積している。これ
を広く願教寺火山岩(安山岩)が被って緩斜面を構成している。


〔植 物〕
 東側によも太郎山(1,581.0m)及び願教寺山、西側には、杉峠から三ノ峰に向
かう両稜線に挟まれた打波川上流域で、刈込池が標高1,140m付近に位置する地
区である。
 この付近一帯の稜線沿いには、標高1,000m付近から上部にかけて、典型的な
オオバクロモジ−ブナ群集が安定した日本海型夏緑極相林を構成している。近
年、標高1,100m付近までの一帯にわたって、伐採が著しく進行し、わずかに稜
線と刈込池周辺部のみに原生林が残存されているに過ぎない状況下におかれて
いる。
 そして、それら伐採跡下部には、ブナ−ミズナラ林帯が分布し、峡谷地形を
中心に、ジュウモンジシダ−サワグルミ林、ヤマハンノキ林、
ミヤマカワラハンノキ林、サワフタギ林及びイタヤカエデ林が分布している。
特に、ジュウモンジシダ−サワグルミ林は、組成的に非常に安定し、林床に
ハクサンカメバヒキオコシが優占し、ハクサンカメバヒキオコシ亜群集として
識別される。
 以上のうち、ブナ林では日本海地域固有要素が多数種分布しており、中でも
ユキツバキ、ヒメモチ、ツルシキミ、アカミノイヌツゲ、イワウチワ、
ハイイヌガヤ、サイゴクミツバツツジ、シラネワラビ、マルバマンサク、
オクノカンスゲ及びミネカエデなどが高頻度に分布している。そして多様な林
床型の分布が見られる。


〔鳥 獣〕
 刈込池の位置する台地上のブナ原生林は、鳥獣類のすぐれた生息環境を呈し
ており、アオゲラ、アカゲラ、コゲラ、メジロ、イカル、ウグイス、カケス、
シジュウカラ、エナガ、ヒガラ、ヤマガラ、キジバト等個体数も全体的に多く
、亜高山針葉樹林帯に多く繁殖するキバシリ、クロシ、コガラの生息や、高地
性のゴジュウカラの繁殖、水面ではオシドリ、カルガモ、夏鳥ではホトトギス
科の全4種、アカショウビン、ヤブサメ、オオルリ、クロツグミ、キビタキ、
コルリ、ブッポウソウ、コサメビタキ等を観察し、個体数も多いほうで繁殖の
可能性はいと思われる。
 また、上小池周辺の開けた渓流沿いには、キセキレイ、ヒヨドリ、ホオジロ
、ミソサザイ、カワガラス等が見られる。
 獣類では、天然記念物のヤマネが記録されたほか、ツキノワグマをはじめ
トウホクノウサギ、ホンドタヌキ、ヒミズの類も生息するなど、刈込池周辺は
鳥獣類にとって優れた生息環境を有し、鳥獣保護区の特別保護地区に指定され
ている。


〔昆 虫〕
 当地区は福井県屈指の昆虫の豊庫で、特に山地性種の珍しい昆虫が多い点で
は県下第一級で、数多くの分布上・学術上貴重な昆虫が生息する。また、環境
や昆虫相の相違から当地区を次の3亜区に分けて見ることができる。第1は下
小池から上小池を経て、白山登山口に至る打波川の西岸に相当し、この地区の
昆虫相を大ざっぱに象徴して、全般的に各昆虫群とも豊富である。しかし、相
当広域に存在したブナを中心とした森林の大がかりな伐採と、白山登山道入口
の駐車場・キャンプ場などを含む開発とで、かつての豊富な昆虫相は著しく低
下した。第2は打波川とはかなり急峻な斜面によって隔てられた、1,000〜
2,000mのブナ林を主とし、場所的には刈込池を中心とした平坦な台地である。
ここは刈込池に生息する昆虫を含む水生動物と、ブナ林を生活圏とする昆虫相
によって特徴づけられる。特に朽木ときのこ類につく甲虫類が豊富である。
第3は相当けわしい山岳地帯である願教寺山からよも太郎山にいたる地域で、
第2の地域と異なった昆虫相を示すと推定されるが、ほとんど調査されていな
い。
 昆虫相は全般的に本州中部の山岳地帯の昆虫相を示す傾向があり、別項に示
す越美県境の山地も同様である。まず、蝶では極めて特異なものは記録されて
いないが、福井県では珍しいものとして、ギンボシヒョウモン、キベリタテハ
、オオミスジ、エルタテハ、オナガアゲハ、ウラミスジシジミ、
ムモンアカシジミ、ツマジロウラジヤノメ等が記録されている。
下小池の小さな池に生息するルリイトトンボの存在はかなり以前から良く知ら
れており、分布南限に近く刈込池にも多い。同じく、県下では小池と刈込池だ
けに生息するカラカネトンボも分布南限で、そのほか、ルリボシヤンマ、
オオルリボシヤンマ、エゾイトトンボ(刈込池)が注目すべきトンボとしてあ
げられるであろう。セミ類では、独特な鳴き声のエゾハルセミや、山地性の
コエゾセミが生息する。
 甲虫類は次に述べる蜂類とともに珍稀種が多数記録されており、日本では山
地性種(例外も少なくない)が多く、深山性環境の指標としても良いと考えら
れるナガクチキムシ科は、福井県から47種が記録され、そのうちの28種が刈込
池周辺で記録され、トケジヒメナガクチキ、ムツモンナガクチキ、
ミスジナガクチキ、トゲムネナガクチキ、ネアカナガクチキ、
ムナクボナガクチキ、アカモンナガクチキ、イツモンナガクチキ、
ヨツモンナガクチキ、クロナガクチキムシなどは全国的にも珍しい。小池で記
録されたヒイロナガクチキムシも極めて稀なものである。全国並びに県下の分
布が比較的良く把握されているカミキリムシ類でも、テツイロハナ、
フタコブルリハナ、ヘリウスハナ、ヌバタマハナ、コヨスジハナ、
オオホソコバネ、タカオメダカ、ジュウジクロ、ソボリンゴカミキリなどが注
目すべきものである。エサキキンヘリタマムシ、シリグロオオケシキスイ、
ウンモンテントウ、クロホシクチキムシ、ムネアカシリブトカッコウ、
アオグロアカハメムシ、クロスジベニボタル、イツホシテントウダマシなど、
その他の甲虫でも貴重なものをあげると枚挙にいとまない。
 蜂類の豊富なことは、記録された種数と、多くの種の模式産地となっている
ことがそれを物語っているが、全国的に僅かな分布地の一つとなっているもの
、分布限界となっているものなどは極めて多い。しかし、他県での調査が不完
全なので正確にはいえないが、アナバチ類では注目すべきものとして、
ハクサンツヤバチ、ヤマトギングチ、ヒゲアシギングチ、ミスジアワフキバチ
、アムールギングチなどがあり、ハナバチ類では Andrena maukensis、
タカネヒメハナバチ、キスケハラアカハナバチ(唯一産地)、
ハネダハラアカハナバチ(模式産地)、ハクサンモモグロキマダラハナバチな
どがあげられる。
 最近、小池山を含む数頭によって日本から初めて記録された
アムールムツボシタマムシは全国的にも稀種である。


〔爬虫類等〕
 この地区では、クロサンショウウオ、ハコネサンショウウオ、
ヒダサンショウウオの三種を確認することができた。特に、
クロサンショウウオは5月の繁殖期に刈込池とその周辺で、多数の卵塊及び数
個の成体を確認できた。
 刈込池はモリアオガエルの一大繁殖池で6月のその時期に岸辺の樹木に作ら
れた白い卵塊の懸垂風景は壮観である。また卵塊から孵化して落下する
オタマジャクシを奪い合って捕食するイモリの活動も活発で、一連の生態が窺
われる。なお、クロサンショウウオが、オタマジャクシを捕食することも確認
できた。
 タゴガエル、ヤマアカガエル等が、池の周辺のブナ林及び願教寺山の北西斜
面で多く見られた。またヤマカガシの生息も多数であった。
 貝類では、ハクサンマイマイ、オオギセル、ハゲギセル、
エチゴキセルモドキの生息が多い。特にキセルガイの種類数、個体数が多い。
陸産貝の宝庫地区と言ってよい。マルタニシの殻が高地のためと貧栄養のため
か非常に薄いことは特記すべき現象である。


〔陸水生物〕
 打波川上流域と刈込池がある。打波川はAa型、Aa−Bb移行型を含み、
水質は清冽である。刈り込み池は標高1,100m、周囲450mで、一帯はブナなどの
原生林でおおわれている。
 (藻類)
 打波川上流の小池での調査では、付着藻として38種確認できた。藍藻で
ホモエオスリックス属、ネンジュモ属、緑藻でカワヒビミドロ属、珪藻で
ディアトマ属、クノジケイソウ属、オビケイソウ属、コッコネイス属、
クチビルケイソウ属、クサビケイソウ属、などがやや目立ったのみで他はいず
れも少ない。
 刈込池の藻類はプランクトンネット採集の資料から藍藻5、珪藻29、緑藻40、
計74種確認できた。藍藻ではユレモ属、珪藻ではヌサガタケイソウ属、
イチモンジケイソウ属、ヒシガタケイソウ、緑藻ではツヅミモ属、ヒアロテカ
属などが多く見られた。また、イチモンジケイソウ属、ヒシガタケイソウ属、
ツヅミモ属など湿原性の藻類が全体の中で大きな比重を占めていた。この池は
周辺からヒルムシロなど水草が繁茂し、沼地、湿原へと移行が進んでいるもの
と思われる。
 (水生昆虫類)
 打波川上小池地点の河川形態はAa−Bb移行型、河床は巨・大礫の浮石が
主体、造網型のトビケラは少なく、現存量は多くはならない。(現存量階級II)
種類構成については特記事項なし。
 (魚類)
 魚類はイワナのみで生息量は少ない。
 (水生植物)
 打波川の谷沿いには、安定した組成を持っているジュウモンジシダ−
サワグルミ林が、狭い群落帯であるが、極めて特徴を持った環境が構成されて
いる。
 また、刈込池の岸辺には、ヒルムシロ群落及びクログワイ群落が優占し、そ
れらの間にミズヒキモやヒシがごくわずかに分布している。
 現在、水域全体が有機質には富んでいないようであるが、早晩池辺部に向か
って富栄養化が進行すると考えられている。


〔景 観〕
 刈込池のある台地は、起伏が少なくブナの原生林に覆われ、背後には火山性
地形の急峻な願教寺山がひかえ、東方には崩壊性の著しい谷地形をもつ高峻な
二ノ峰がそびえ、また、北、西側は打波川が深く谷をつくって流れるなど、変
化に富んだ山岳森林景観を呈し、特に夏緑広葉樹林の新緑、紅葉は一見に値す
る。また刈込池は、周囲をうっ蒼としたブナの原生林に囲まれて神秘的な情景
をかもし出しているほか、初夏の頃モリアオガエルの白い卵塊をつけた木枝が
湖面に乗れる光景は、更に風情と詩的情緒をそえている。
 小池地区には夏季のみであるが、出作が数戸散在している。出作は、かつて
加越国境の海抜の高い山地にのみみられた。特有の農産生活で、この小池の出
作は北美濃地震後、一時廃退したものが、再び行われるようになったものであ
る。人文景観的要素が多分にあるが、その人々の生活風景は自然と融和してい
て、この美しい自然の景観に風土的情緒性も見られるもので、貴重である。
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