14(加越山地)刈安山、剱ヶ岳地区−−−−−5万分の1地形図【大聖寺】−−

〔概 要〕〔地形・地質〕〔植 物〕〔鳥 獣〕〔昆 虫〕〔爬虫類等〕〔陸水生物〕〔景 観〕

14 刈安山・剣ヶ岳地区                [⇒位置図]        

〔概 要〕                                                                
 この地区は、福井、石川両県境に沿う海抜400〜500mの山地部で、中新世前
・中期の酸性の火山岩類から構成される。
 植相は、標高 500mを境にして、その下部にはミズナラ−マルバマンサク群
落が優占し、特にミズナラ林間にマルバマンサクが優占すること、
アカミノイヌツゲが分布すること、更に山頂付近にブナ老令巨木が残存するこ
と、均質で安定した代償林帯で本県丘陵地生態系として貴重である。
 二次林帯は、鳥類の繁殖可能環境で一部で中型夏鳥の営巣も確認されている
が、全般的に伐採・植林が進み、ホオジロカラ類が多い。
 昆虫相は、貧弱で特記すべきものはないが、周辺の低い丘陵地域には貴重な
昆虫の生息地が散在する。
 両生・爬虫類は、比較的豊富であるが特記すべきものはなく、一部で
モリアオガエルが確認されている。
 福井平野から眺望される刈安山(547.7m)、劔ヶ岳(567.8m)を中心に形
成される加越山地は、起伏が少なく変化に乏しい。稜線部には夏緑広葉樹林が
分布し、四季の変化は見られるものの特徴付けるものはない。刈安山は、「い
こいの森」として探鳥路、観察ハウス等が設けられ、野外レクリエーションに
利用されている。


〔地形・地質〕
 この地区は、福井、石川両県境に沿う加越山地に属する。その山稜部はほぼ
海抜400〜500mで、北方に向い漸次高度を下げ、北部の牛ノ谷地区は丘陵地と
なる。
 山地全体は主に中新世前や中期の流紋岩、同質凝灰角礫岩火山礫混灰岩など
から構成され、それらの岩相は複雑に変化するのでくわしい層序は判っていな
い。


〔植 物〕
 刈安山と劔ヶ岳を主峰とする加越山地の北端付近の低山地稜線域で、東側及
び西側に急峻な斜面地形を示す。
 稜線沿いは、登山道を中心に疎生林化しているが、斜面には全体的に階層が
均質に成林した二次林が、むしろ自然的な条件下で更新される好適な植物生態
系が構成されている。
 それらの中、最も顕著な林帯はクリ−コナラ林帯であり、刈安山及び劔ヶ岳
を連ねて、山腹斜面に重厚な林相を呈する。林間にはヤマウルシ、ホツツジ、
ヒサカキ、ナツハゼ、ヤマツツジ、林床にはアクシバ、チゴユリなどが優占し
、全体的にはコナラ−ヤマウルシ群落型を呈し、この群落型は坂井郡にひろが
る丘陵地、台地に代表的なコナラ林相であるが、それらの中の、組成的に安定
した典型的な林相のひとつであると考えられる。それらの上部、標高約 450m
付近から、劔ヶ岳山頂に近い稜線付近に狭少な群落帯であるが、クリ−
ミズナラ林帯が分布している。それらの林間には、アカミノイヌツゲ、
マルバマンサク、オオバクロモジ、ハウチワカエデ、タムシバなどが優占し、
林床では、チシマザサなどが見られずやや不安定であるが、全体的には
ミズナラ−マルバマンサク群落にまとめられ、奥越山地稜線付近に比較すると
やや不安定であるが、オオバクロモジ−ブナ群集の組成に近似し、多雪地にお
けるミズナラ林相を示す典型的な林帯として、生態地理学的に極めて貴重な地
区である。特に、林間にアカミノイヌツゲが分布するのは、本県では、およそ
標高 900m付近を中心にして、その下部にはクロソヨゴ、その上部には
アカミノイヌツゲが分布していることから、区系、生態地理学的に非常に貴重
であるといえるであろう。
 以上のように、この地区ではヤブツバキクラス域代償林としてクリ−コナラ
林、ブナクラス域の代償林として、クリ−ミズナラ林の両林帯が垂直的に明確
にすみわけしていることから、典型的な二次林帯域として生態地理学的に非常
に貴重な自然環境を構成している。
 それら両林帯に対し、主として谷地形あるいは渓谷斜面沿いに、多雪地域に
共通するすぐれたスギ植林帯が分布するが、全体的には組成的に不安定である
。
 また、稜線沿いに狭い面積であるが、加越山地に顕著なアカマツ自然林の典
型的な林叢が分布して、特有な相観を呈する。それらの林間には、ヤマツツジ
、サイゴクミツバツツジ、ヒサカキ、ヒメアオキ、コバノガマズミ、
ヤマウルシ、林床には、アクシバ、チゴユリなどが優占し、全体的には、
ヤマツツジ−アカマツ群集の典型的な組成を示す。
 以上の森林植生の組成から、標高約 500m付近を境界域として、それより上
部に夏緑広葉樹林帯、また、その境界域より下部には、中間林帯、照葉樹林帯
域としての潜在環境を構成していると考えられる。しかし、近年伐採が著しく
不均質になっている。
 刈安山の山頂近く、標高約 500m付近の稜線域で、若令木であるがブナの残
存が一本見つけられており、アカミノイヌツゲが見られることもあり、今後、
刈安山及び劔ヶ岳の山頂から標高 300m付近までの林帯の保全に留意すべきで
あり、特にこの区間の伐採については、充分検討する必要があるであろう。


〔鳥 獣〕
 刈安山は、全般的に植林が進行して幼令林が多く、野鳥の生息環境は次第に
狭められているが、いこいの森として設けられた探鳥路、観察ハウス周辺およ
び広場から南に通じる稜線に残る広葉樹林帯は、野鳥の繁殖可能環境で、中型
夏鳥の営巣が確認されている。
 繁殖鳥では、シジュウカラが優占し、ホオジロ、メジロ、イカル、ウソ、
キジバト、ウグイス、カケス、ヤマガラ、アカゲラ等が生息する。ヒヨドリが
確認されなかったことは、スギ林を含む混交林に住むヒヨドリの生態から、こ
の地域の環境を指標しているとも考えられる。
 また、数少ないオオタカやイヌワシを確認しているが、夏緑広葉樹の繁る冨
士写ヶ岳(石川県)付近で繁殖するものの採餌地域となっているものと思われ
る。アオバトも確認されているが数少ない記録である。
 風谷峠から劔ヶ岳にかけての山腹植林地は、野鳥の生息環境としては低位で
ある。
 アマツバメの南帰、アトリ、ツグミ、カシラダカ、マヒワ等冬鳥の群れ、ま
た、ベニマシコ、ミヤマホオジロが見られ、渡り鳥の径路となっている。
 獣類では、ツキノワグマをはじめタヌキ、キツネ、イタチ等が生息する。56
豪雪の雪解け時には、水路溝にタヌキ3、アナグマ1の死体が見られた。


〔昆 虫〕
 刈安山は、頂上まで林道が開設され植林も進んでおり、また遊歩道が整備さ
れて観光地化がかなり進行している。そのため、昆虫相は貧弱になっている。
蝶類は尾根筋の明るい遊歩道などで、個体数は多く見かけるが、普遍種のみで
特記すべきものはない。甲虫類は森林中の遊歩道沿いで多く、
クロムネキカワヒラタムシは県下で初めて採集されたものであるが、全国的に
は珍しいものではない。ツマグロチビオオキノコムシ、オサシデムシモドキ、
ミノモサビカミキリなどがやや少ない甲虫としてあげられるが、全体的に甲虫
相は単調である。ハチ類も貧弱であるが、ごく一部のハチ類(
ヤマトアシナガマチ、ツルガハキリバチなど)はかなり個体数も多く見られた
。クボズギングチの生息は注目すべきである。
 劔ヶ岳は十分調査が行われていないが、かなり豊かな自然が残されていると
推定される。
 周辺部の低山丘陵地域には、貴重な昆虫の生息域がいくつか知られており、
例えば、清滝のムカシヤンマ、牛ノ谷の ハッチョウトンボ、東山の
エゾイトトンボ、キンイロネクイハムシ、ゴマシジミなどである。特に
ゴマシジミは誤報と思われるものを除けば、県下唯一の確実な生息地で、全国
的レベルでもこの蝶の分布は特記に価する。エゾイトトンボは分布南限に近い
ものである。集落に隣接して開発されやすい地域だけに保全が強く望まれる。


〔爬虫類等〕
 両生類では、ヤマカガシ、トノサマガエル、ツチガエル、モリアオガエル、
シュレーゲルアオガエル、ヤマアカガエル等の一般種が多かったが、
タゴガエルを刈安山の道路わきで鳴き声を聞きつけて捕獲したのが県内初の確
認であった。ヒダサンショウウオの成体がむしろの下から確認されたのも異例
の発見である。爬虫類ではヘビ類の生息状況も一般的であるがシマヘビ、
マムシが山麓に多いのはカエルとの関係であろう。これを当て込んでのヘビ捕
りが毎年巡回するという。
 貝類では、種類が多い。特にミズナラ林に数多くの微小ガイのコマガイ、
ホソオカチョウジガイ、キビガイが生息している。石川県平野部の
ノトマイマイが、飛分布として入り込んでいることに注目したい。


〔陸水生物〕
 (藻類)
 この地区の水域には権世川、清滝川などがある。権世川は刈安山をその源と
し、桑原の対岸で竹田川の本流に合流する延長約10kmの河川である。権世川
源流域での主な付着藻はタルケイソウ、クノジケイソウ、ハリケイソウ、
アクナンティス、フナガタケイソウ等々である。いずれも普通種であるが
クノジケイソウは冷・清水性水域に目立つ種である。
 (水生昆虫類)
 谷は浅く、流水量は不安定で、水生昆虫の生息状況は良くない。貴重種も発
見されていない。


〔景 観〕
 刈安山、劔ヶ岳を主峰とする加越国境の海抜300m〜500mの低山性の山地で
稜線付近のところどころにアカマツの自然林が、また劔ヶ岳の山頂付近に僅か
にクリ、ミズナラ林がみられるが、山腹の大部分は主として、クリ、コナラ林
である。渓流沿いの山地形の斜面は、スギの植林がよくなされている。これら
の林相は原生自然をとどめているとは云えないので自然度は比較的低いが、坂
井郡北部地方の林相にみられる風致を、比較的よくのこしていることは貴重で
ある。また、谷を覆うスギの林叢が各所にみられるが、その景観は、人為的な
要素が多いとは云え自然と和してできたもので、緑豊かな美しい自然の景観で
ある。
 刈安、劔ヶ岳は南北にほぼ同じ高さの稜線を連ね、東西の斜面は急峻で、低
山性の山にしては山容が個性的で美しい。しかも、山中よりの眺望は、加越国
境の変化に富む地形の丘陵地を一望におさめることができるもので、展望性に
すぐれた自然景観をもつ山である。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−end−−-