10(奥越火山地)打波川流域地区−5万分の1地形図【越前勝山】【荒島岳】−

〔概 要〕〔地形・地質〕〔植 物〕〔鳥 獣〕〔昆 虫〕〔爬虫類等〕〔陸水生物〕〔景 観〕

10 打波川流域地区                      [⇒位置図]
 

〔概 要〕
 山地内を南西方向に流れる直線状の打波川には、深い河谷が発達する。この
付近の基盤岩である飛騨変成岩の上位に、手取層群、面谷流紋岩が順にかさな
り、高所には古期安山岩が広く分布している。また、下流部には花崗閃緑岩が
広く露出している。
 植相では、嵐谷を中心としてブナ原生林、ブナ−ミズナラ林、クリ−
ミズナラ林及びジュウモンジシダ−サワグルミ林への垂直方分移行が顕著であ
る。特に峡谷林植生帯がすぐれている。シナノキ、オクモミジハグマ、
タマアジサイ、フツキソウなどが顕著に優占する。
 打波川渓谷では、キセキレイなど渓流の鳥の良い生息地となっているほか、
両岸稜線部付近にはよい樹林が残って繁殖鳥の種類も多く、コノハズク、
ヨタカ等が生息する。
 また、この渓谷は急峻なV字谷をなし、湿潤な森林環境は、特有な昆虫の生
息に好適な条件となり、昆虫類、特に甲虫類と蝶類が極めて豊富で、上小池、
刈込池地区とともに昆虫の豊庫として全国レベルでも他にひけをとらない。特
にオーレン栽培と関連して伐採をまぬがれている谷山川流域、池ヶ原に残され
たブナ林は低標高地にもかかわらず、深山性甲虫が多い。また爬虫類、両生類
の好生息地も多い。
 この地区は、二ノ峰、三ノ峰を源とする打波川によって形成された狭隘な谷
地形で、所々に発達する河岸段丘上には集落が点在し、情緒豊かな山村景観を
呈しているが、近年は離村が目立ち次第に荒廃している。また周辺山地は比較
的急峻で、人工造林地は次第に拡大する傾向にあるものの豊富な夏緑広葉樹林
が四季に変化し、渓谷美をつくりだしている。


〔地形・地質〕
 この地域は奥越火山地に属し、海抜約 1,500m以下の壮年期的山地が拡がっ
ており、その中に南西方向に流れる打波川がある。右岸側では亥向谷、嵐谷が
、また左岸側では美濃又川、谷山川が合流し、深い谷が発達する。一般に山地
斜面は急傾斜で、三ノ峰を見通すことができる。
 海抜 1,000m付近の山腹には緩斜面が発達することが多い。その一つに池ヶ
原があり、一部に(高原性)湿原の跡がみとめられ、刈込池周辺のそれに類似
するものであろう。
 打波川、谷山川は恐らく断層線谷であり、池ヶ原平坦面は上・下2段からな
っている。
 地質的には、鳩ヶ湯付近にみられる飛騨片麻岩を基盤として、その上位に手
取層群がかさなる。さらに上位には流紋岩があり、それを被って山稜部付近に
は鮮新−洪積世の板状節理の発達した輝石安山岩類が分布している。なお、下
打波付近では手取層群の中に貫入したやや大きい花崗閃緑岩体(勝原石)が広
く露れ、手取層群が熱変成(ホルンフェルス化)している。
 池ヶ原の上部は安山岩の崩壊した急崖を示すことが多く、平坦面付近には流
紋岩の巨〜小礫、褐色土などがみられ、土石流〜崩壊堆積物と考えられる。
 手取層群については、谷山川沿いでは粗粒砂岩〜礫岩、一部砂泥互層からな
り、植物化石(Onychiopsis, Padozamites)を産し、また打波川沿いでは、砂
岩頁岩が発達し、シダ植物化石を産する。なお、上打波集落付近では石灰華を
みとめる。


〔植 物〕
 赤兎山の南側山地と打波川の流域に囲まれた山地斜面で、峡谷地形を主とす
る地区である。斜面の上部山地では、ブナ原生林、ブナ−ミズナラ林、クリ−
ミズナラ林及びサワグルミ林の林帯が、かなり顕著な垂直分布を示している。
 それらの中で、嵐谷を中心とした渓谷沿いには、典型的なジュウモンジシダ
−サワグルミ群集による峡谷林が分布し、渓口部付近の谷底には、ネムノキの
ほぼ4m樹高の多密な林叢が見られるのは注目される。山地斜面では、広範囲
にブナ−ミズナラ林が広がり、稜線付近を中心にして安定したブナ原生林帯が
分布している。それらの林相では、シナノキ、オオバクロモジ、ブナ、
マルバマンサク、ハイイヌガヤ、タマアジサイ、オクモミジハグマ、
ヤマソテツ、オクノカンスゲ、クルマバハグマ、イタチシダ、ミヤマイラクサ
やツノハシバミなどが優占し、全体的には、オオバクロモジ−ブナ群集の
マルバマンサク亜群集型の組成としてまとめられる。
 また、下打波集落の背面には、保安林、一部には社叢林として、広大な面積
にわたってトチノキ林が分布している。それらの林相には、イタヤカエデ、
メグスリノキ、ヤマモミジ、チドリノキ、ユキツバキ、ツリバナ、
ハイイヌガヤ、ツノハシバミ、カジカエデ、オオバクロモジ、エゾユズリハ、
チシマザサ、フツキソウ、ジュウモンジシダ、ヤマアイ、ユキザサなどが優占
し、トチノキ−ユキツバキ−フツキソウ群落にまとめられる。組成的には、
オオバクロモジ−ブナ群集の組成に近似している。


〔鳥 獣〕
 鳩ヶ湯東斜面、たんどう谷の稜線、しようつ山、美濃又川南斜面にはよく生
育した夏緑広葉樹林、嵐谷はスギ成林と二次林、池ヶ原は皆伐植林と谷山川に
かけては二次林の生息林相である。
 川筋ではカワガラス、ヤマセミの繁殖と夏鳥のアカショウビン、ホオジロ、
ヒヨドリ優占で キセキレイが見られる。アオバト、ウグイス、イカル、
キジバト、ヤマガラ、シジュウカラ、エナガ、カケス、トラツグミ、アオゲラ
、ヤマドリのヒナ8羽連れの留鳥、夏鳥にオオルリ、キビタキ、ヤブサメ、
クロツグミ、カッコウ、ホトトギス、ジュウイチ、コルリ、コノハズク、
ヨタカを見る。川斜面で ニホンツキノワグマの親子を観察し、一帯は生息域と
なっている。全体的に見て刈込池周辺地区に類似するよい生息環境区域と思わ
れる。


〔昆 虫〕
 白山の南側山麓に位置し、打波川本流並びにその支流渓谷は急峻なV字形地
形をなす部分が多く、湿潤な環境は豊かな森林を形成し、昆虫の生息にも好適
な条件となっている。そのため、森林性の昆虫は極めて豊富で、隣接する小池
−刈込池地区とともに、福井県下における最も多様な昆虫相を示し、数多くの
学術上貴重な珍稀種や生物地理学上興味ある昆虫の生息が認められる。昆虫相
の調査は打波川とその支流渓谷に沿った地域で行われているが、かなりの部分
で開発が進行しているとはいえ、全体的には豊かな自然が残されているといえ
よう。
 鳩ヶ湯付近は白山登山道の入口として、また宿泊に便利な礦泉があるため、
かつては採集の拠点となり多くの昆虫が記録されているが、最近では開発が著
しい。ハネダプセンバチなどの珍しい蜂をはじめ、多くの珍しい昆虫が記録さ
れ、蜂類は河原や民家付近に多い。鳩ヶ湯を入口とするたんどう谷では、
キスケキマダラハナバチ、ウスキギングチバチはじめ多数の蜂類が記録され、
甲虫類も豊富である。
 中洞、桜久保では県下初記録で、日本で3頭目の シモヤマギングチバチが
記録されたところで、ナンブジガバチモドキなどの珍種をはじめ、蜂類の好生
息地となっており、亥向谷では トワダギングチバチ、スギハラギングチバチ
が記録されている。美濃又谷、三ノ又谷は林道がよく整備され、それに沿った
所では広範囲に森林が伐採されて昆虫相は貧弱である。
 嵐谷は伐採が著しく進行しているが、渓谷両側の急傾斜を示す部分では伐採
をまぬがれており昆虫は豊富で、特に蜂類の珍稀種が多い。ニッコウツヤバチ
は県下ではここだけに生息するほか、ハクサンツヤバチ、ヤマトギングチバチ
、ガロアギングチバチ、アラシキマダラハナバチ、エサンキマダラハナバチ、
ハクサンモモグロキマダラハナバチ、コイケアワフキバチ(多産に注目)などが
注目すべき蜂類としてあげられる。オナガシジミ、クジャクチョウ、
エゾハルゼミの生息も確認されている。甲虫類では、ムクゲチビテントウ(県
下唯一で全国でも稀)、ムツモンナガクチキムシ、
フタオビチビオオキノコムシ、イトヒゲニセマキムシ、アオナガタマムシ、
クロモンシデムシモドキ、ヒゲナガヒメヒラタムシなどの記録が目立つ。蟻の
巣に寄生する アリヅカコオロギが発見されたのは県下ではここだけである。
 下打波から真東に伸びる谷山川流域とその北側山地は、一部では伐採が進ん
でいるが、残された森林と古い伐採地に蘇生した低木林、多くの谷川など多様
な環境に恵まれ、昆虫相は極めて豊富である。特にブナ林床を利用した
オーレンの栽培が盛んであるため、ブナ林が温存され、ブナの倒木やそこに発
生した キノコに生息する森林性の甲虫が多い。甲虫では、
オオチャイロハナムグリ、シナノキチビタマムシ、コルリクワガタ、
ルリクワガタ、ヒサゴゴミムシダマシ、イツモンナガクチキムシ、
カタビロハムシ、ツツエンマムシ、ヘリウスハナカミキリ、
ゴイシモモブトカミキリ、コヨツスジハナカミキリ、カタキハナカミキリ、
マルバネコブヒゲカミキリ、クリストフオニケシキスイ、ツブコメツキモドキ
(全国的にも稀)、クロヒラタオオキノコ、アトキツツホソカタムシなど珍稀
種の枚挙にいとまない。蝶ではオナガシジミ、ツマジロウラジャノメが生息す
る。蜂類では、ハネダギングチバチの模式産地になっているほか、
スダアリマキバチ(県下では他に当地区内の上打波)、フタツバギングチバチ
、ツヤエナシエンモンバチ、ヤマトエナシエンモンバチ(県下唯一産地)など
の分布が注目される。谷山川の源流に存在する池ヶ原は高層湿原として知られ
、豊富な昆虫相も期待されていたが、調査に赴いた際にはすでに森林皆伐によ
り完全に乾燥し、ほとんど見るかげもない状態である。しかし、中腹に一部残
されたブナ林はよい自然度を示しており、ムツモンミツギリゾウムシ、
ミヤマメダカゴミムシ、テツイロハナカミキリ、セダカヒメテントウ(県下唯
一記録)などの珍稀種が記録され、テントウダマシ類、ナガクチキムシ類、
ケシキスイムシ類、コメツキダマシ類などの森林性甲虫が豊富である。
 当地区と小池−刈込池地区を合わせて広義打波川流域とするならば、高山性
の珍稀種こそ見られないが山地性昆虫の豊富さは全国レベルでも相当高いもの
で、本州中部山岳地帯の特色を含む西限地帯と見ることが出来る。


〔爬虫類等〕
 両生類では、ナガレヒキガエル、ヒキガエル、カジカガエル、
モリアオガエル、ヤマアカガエル等が多い。
 爬虫類では、イシガメを始めシマヘビ、アオダイショウ、ヤマカガシ、
ジムグリが多く、特にジムグリは全域に、マムシは嵐地区に特に多く奇異であ
る。
 貝類では、ハクサンマイマイ、クロイワマイマイ、ハゲギセル、
エルベルギセルが多く、全般的に個体数も豊富である。下打波神社のトチノキ
(大野市指定の天然記念物)にオオギセル、ハゲギセル、
エチゼンビロードマイマイが高密度に生息していたことを特記する。


〔陸水生物〕
 (藻類)
 打波川流域の調査地点2ヶ所(上打波、中村)合わせて藍藻3、珪藻49、緑
藻7、計59種の付着藻を確認した。藍藻の ホモエオスリックス属、珪藻の
クノジケイソウ属、オビケイソウ属、コッコネイス属、クチビルケイソウ属な
どがわずかに目立ったほかはいずれも非常に少ない。また、付着藻の石表面へ
の着生状態はたいへん悪い。河床状態も転石が多いなど不安定な河川のようで
ある。
 (水生昆虫類)
 河川型態Bb型、大礫。ヒゲナガカワトビケラが優占するようになるが、現
存量階級はU〜Vで多くない。種類構成についても特記事項なし。
 (魚類)
 イワナが、少数確認された程度である。


〔景 観〕
 二ノ峰、三ノ峰を源とする打波川は、両岸に願教寺山、野伏山、赤兎山、経
ヶ岳等、本県でも最も高い海抜 1,600mを超える山々に囲まれた深い谷を流れ
る渓流で、水量が多く水の清い流れである。
 鳩ヶ湯付近、上打波発電所付近には、スギの造林地が広範囲に分布するが、
川の両岸はスギ、ミズナラ、ブナの混合林が多く、上に登るにしたがいブナ、
ミズナラ林が大部分で、更にブナの原生林も分布していて、その自然景観はか
なり自然度が高い。
 これらの樹林をつくる緑陰を流れる打波川の渓流は、水清く澄んでいて非常
に美しい。奥越を代表する渓谷美で、新緑の頃と秋の紅葉の頃は特に美しい。
 池ヶ原は、東北にそびえる急峻な亜高山性の山の中腹、海抜 1,000m位のと
ころにある緩傾斜の高原で、刈込池の高原と似たながめである。この高原の南
側の谷山川上流は、ブナ、ミズナラ林で一部にブナの原生林もみられる。その
所々にオウレンの栽培もなされているが、その自然景観は自然度が高い。打波
川流域のブナ、ミズナラ、スギの混合林には、所々にオウレンの栽培がなされ
ているのが特徴で、これはこの川の流域特有の景観で、風土的情緒性がみられ
る自然景観である。
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